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【17】相思相愛の成立条件

 食事を終えたあたし達は、ヘタレ格闘家の見舞いの為に医務室にやって来た。

 医務室に入ると、ヘタレ格闘家がベッドから起き上がってぼーっとしているのが見えた。


「(なんか暇そうにしてるね)」

 イシェルは、後ろに居るあたし達の方に振り返ると小声で言った。


「あらぁ? 元気そうじゃなーい?」

 スフェーンは、いつもの様に気にする事もなく、ヘタレ格闘家に声をかけた。

『あーッ! まだ起き上がっちゃダメだよ! 重傷だったんだからッ!』

 ヘタレ格闘家は、あたし達の声に顔を半分だけこちらに向けると、どういう訳か大きなため息をついた。

『何ため息付いてるの? 奇跡的に取り留めた命だよッ! 命を大切にッ!』

 そう言って励ますあたしにヘタレ格闘家は……。

「キズ……、完全に治ってるんだな」


 やはり腑抜けた様な声のまま言った。

 ヘタレ格闘家と来たら、せっかく取り留めた命なのに何で素直に喜ばないんだろ。


『うんッ! 完全に治ってるよ。

 スフェーンにちゃんとお礼を言うんだよッ!?

 子供じゃないんだからできるよねッ!?』

「あ……あぁ、そうだったな。

 まずはお礼を言わせてもらわないといけないな、助けてくれてありがとうな」

「アハハッ! お安い御用だよ、あたしの魔力が役に立ってよかったわぁ」

 あの時は本当にダメかと思ったよ。スフェーンが魔力を送ってくれた事にはあたしも感謝してる。


『そうそう、イシェルにもお礼言ってあげて。

 イシェルが適切な指示をしてくれなかったら、多分助けられなかったと思う』

「そんな……お礼なんていいからね?

 ボクは治療とかできないから、その位しか……」


 イシェルはヘタレ格闘家に見つめられ、慌てた表情で両手を手前で小さく振った。

 その様子からすると、イシェルって男の人が苦手なのかもしれない。

 さっきは「ボクに任せて」とか言っていた当人とは思えなかった。


「ありがとうな、イシェル」

「あ、うん……」


 ヘタレ格闘家にお礼を言われると、イシェルは恥ずかしそうに照れていた。

 あたしはその様子に、イシェルって別に男の人に全く興味がないって訳でもないんだとも思った。

 当のヘタレ格闘家は、今でもイシェルを男だと思ってるんだろうけど。


「でだなぁ」

『ん、どうかした?』

「オレの頬のキズがなくなってるんだけど、どこに行ったか知らないか?

 一応オレのトレードマークだったんだが」


 ヘタレ格闘家は十字のキズの消えた頬を撫でながら、若干ワイルドさが失せた顔で不満げな表情を作った。


『あー、十字のキズ? ついでだから治しといてあげたよッ!

 全然似合ってなかったし、消えてよかったでしょッ?』

「クッ……そ、そうだな……やっぱ似合わないよな……ふぅ」


 せっかくサービスで顔のキズまで治してあげたのに、ヘタレと来たらイマイチ喜びがパワー不足だ。

 嬉しいなら嬉しそうにすればいいのに、男の人って嬉しくても感情を余りオープンにはしないもんらしいけど。


「さて、寝てる必要もない事だし、オレも腹減ったから食事でもして来るかな?

 お前達はもう済ましたんだろ? 何かカレーっぽい匂いもするし……」


 そう言って、何やらクンクン匂いを嗅ぐヘタレ格闘家。

 その瞬間、あたしとイシェルはハッとして口を押さえた。

 ゲゲッ! カレーの恐るべしパワーッ! ちゃんと歯磨きしたのにまだカレーが暴れてたのか。


 ヘタレ格闘家は立ち上がり、あたしの顔を見て言った。


「そういやお前、魔力随分使っちゃったんじゃないのか?」

『うん、使ったねー。

 でもスフェーンの魔力もらったから今は満タンになってるよッ!』

「そか、なら本選は心配ないな。

 じゃぁオレもちょっとメシに行ってくるわ。また後でな」


 そう言い残し、ヘタレ格闘家は入り口を出て食堂の方へと歩いて行った。

 残されたあたし達は、目の前の空いたベッドを見つめた。

 余り横幅の広くはないそのベッドの両端には、落下防止の為の柵が付いていた。


「そうだ、ベッドも空いた事だし少しお昼寝でもしてかなーい?」


 スフェーンのこの提案に、あたし達は満場一致で賛成した。

 素晴らしい事にこのベッドにはカーテンも付いている。しかも狭いベッドだから、寄り固まっても不自然じゃなさそうだ。

 ただし、並び方に問題が発生した。あたしはスフェーンの隣がいいし、スフェーンはイシェルの隣がいいだろう。

 そのイシェルはあたしの隣がいいと言う、誰かしらが残念な結果になると言う事だ。

 いつもはあたしが残念係になるんだけど、スフェーンが誰かに何かするのを黙認出来そうもない。

 だから、あえてあたしはこう主張してみた。


『スフェーンがイシェルにイタズラしない様に、あたしが真ん中になるからねッ!

 だからもし何かしたくなったらあたしにするんだよッ!? するんだよッ!?』

「アハッ! シンナバーったら心配性なんだからッ!

 あなたの大事な人に何かする訳ないでしょぉ?」

「ボクの事心配してくれてるの? うれしい……」


 ゴメンよイシェル、もしスフェーンがイシェルの隣になんてなったら、絶対に何かしらすると思うんだよ。

 それを防ぐ為に多少の誤解があろうとも、やらねばならないのだ。

 と、言う事であたしが真ん中で、イシェルが左、そして右にスフェーン様と言う並びになった。


 三人がベッドに横になると隙間は殆どなく、自然と左右の二人と手が触れた。

 イシェルはもちろんギュッとあたしの手を握って来たけど、スフェーンはあたしの手が触れてても全く気にする様子もなかった。

 あたしが思い切ってスフェーンの手を掴んでみたら、スフェーンがくすっと笑った。

 その笑いはあたしが「イシェルには手を出すな」と注意したのだと思った様な笑いの様に思えた。


 左右の手の温もりの心地よさを感じ、あたしはじきに眠りに落ちて行った。



          ***


 次に目が覚めるまでは、ほぼ一瞬の様だった。

 あたし達はハンドベルを持った係員が、本選開始10分前に医務室を巡回した事で目が覚めたのだ。


「なんだ、巡回の人ってちゃんと来るんだね。

 二人ともお目覚めかな?」


 そう言ったイシェルは、あたしを抱き枕の様にしてはいたけど、寝てはいなかった様だ。

 試合開始を寝過ごさない為、起きていてくれたのかな? それとも、あたしの寝顔を見る為になのかな?

 こんなにイシェルがあたしに執着する理由って何なんだろう? 一回ちゃんと聞いてみたいな。

 イシェルはずっと年上だけど本当にかわいいと思う。だから好意を持たれるのは嬉しいけど、あたしが心の奥底で想ってるのはスフェーンなんだ。


 この先いずれはハッキリ言わないといけない時が来るだろう。その時になって、イシェルがどんな顔をするか考えると少し思い悩んでしまう。

 多分、イシェルはあたしと相思相愛が成立している思っているだろうから。


 そう思っていたら、するりとあたしの体に手を滑らせたイシェルが目を輝かせて微笑んだ。


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