【16】あなたみたいな子
あたし達三人はすっかり話し込んでしまった為、遅れて食堂に到着した時にはすっかり混みあっていた。
それにしても食堂の匂いって、大体どこに行っても同じような匂いなのが不思議だな。
多分おいしそうな匂い達が混ざり合って「これぞ食堂の匂い」と言った感じの匂いになるんだろうけど、不思議な事にレストランでは絶対にそうはならない。
その匂い達の中でも一際強烈に主張してるのがカレーの香り。もし自分の目の前の人がカレーだったりすると、自分も高確率でカレーにしてしまうって程の圧倒的パワーを持っていると思う。
その次に麺類のスープが湯気でぶわーっと巻き上がる感じの香りや、どういう訳か必ず冷めてる哀愁すら感じる揚げ物の油ぎった香り。
それらがミックスされた匂いに加えて、ガヤガヤとしたどことなく落ち着かない雰囲気の中で、鳴り響く安っぽい椅子が床に擦れる音がしている状況。
そういうのが全部合わさってこそ出せる食堂の匂いなんだと思う、高級なレストランでは決して味わえない独特の雰囲気が食堂にはある。
『さーて、何を食べようかなー? オラぁ何だかワクワクして来っぞっ!?』
「アハ! シンナバーはいつものカレーでしょぉ? ほらッ! カレーあるよッ! カツカレーもッ!」
『えーッ!? そんな事言われると、カレーの誘惑に引き込まれるじゃないッ!』
「ボクはシンナバーと同じのが食べたいなー」
「ほらほら、かわいいイシェルがあんたが選ぶのを待ってるよーッ!」
結局あたしはまんまとカレースパイスの呪縛にかかり、カツカレーをお盆に乗せてしまっていた。
イシェルもカツカレーをお盆に載せて、あたしを見てニコニコしている。
スフェーンは、食堂に必ずある真っ赤なケチャップのかかったオムライスを選んだ。
そして、デザートコーナーのイチゴケーキの甘い誘惑に負けて取ると、イシェルもすかさずお盆に同じケーキを乗せていた。
スフェーンはと言うと、チーズケーキをじーっと見つめた後、何度か手を出したり引っこめたりしたものの、結局お盆に乗せていた。
その様子には、何かしらの心の葛藤があったのかもしれない。
空いている席を探し、イシェルとあたしが対面で座り、あたしの左にスフェーンが座った。
しかし……このカツカレー。カツかと思っていたものが実は揚げたハムだって事が分かったんだけど、案外ガッカリするもんだね。
しかも、食堂って揚げ物の衣を分厚く作れる技術が求められるらしい。そのハムは薄っぺらかった。すっかり騙されたけど値段相応と思えばそれまでだ。
食堂のメニューってリーズナブルだけあって、カツみたいな高級素材が使われる可能性は低いんだ。
「あのさ、二人ってずっと旅してるの?」
あたしが分厚い衣の切り口の真ん中に、申し訳なさそうに見える薄いハムの断面とにらめっこしていると、イシェルが話しかけてきた。
「うん、そうよー? 行き先は行き当たりバッタリで、もうかれこれ三年になるかなぁ?
ちょくちょく家には帰ってるけどぉ」
「んと……、行き当たりばったりならボクも一緒に行ってもいいよね?」
『え……?』
「ダメ……かな?」
イシェルは困った様な顔で少し俯くと、こちらを見上げる様にその丸い目であたし達を見つめて来た。それを見たスフェーンは、身震いして卒倒しそうになっていた。
「そりゃー、もちろんオッケーだよね? だって一緒に行かないとあたし達って仲良くできないでしょー?
ねぇ? シンナバー」
『う……うん』
「本当に!? うれしいなぁーッ! 今日からずっと一緒なんだぁ」
やっぱこの状況じゃ、ここでさよならなんて訳には行かないよねぇ。
それにしても流石スフェーンだ……。仲良くするメンバーに自分自身も強引に含めてるよ。ヤバイよ……。スフェーンったらまだ諦めてないかもしれない。
きっと、あくまで本命はおチビのままで、イシェルもつまみ食いする気は満点なんだよ。スフェーン、恐ろしい子……。
「この次はどこに行くの?」
「んー、実はまだ次を決めてないんだけど、運河もあるし船に乗ってみようか?」
『ほらね? こんな感じで行き当たりばったりなんだよッ! 無計画とはこの事だよッ!』
「あらぁ? 一応この旅には大目的があるの覚えてるでしょー?」
「大目的って?」
イシェルは丸い目をさらに見開いて、スフェーンを見つめた。
『この旅の目的はね、失踪したあたし達のクラスメートを探す旅なんだ』
「そう、人探しの旅なの」
「へぇー、見つかるといいね!
それで、探してるクラスメートってどんな人なの?」
「知りたい!? 知りたい!? 知りたいよねぇー!?」
スフェーンは想い人の事を聞かれて物凄く嬉しそうだ。
「探してるのはねぇ。
とってもちっちゃくて、キュートでかわいい子なの。
例えるならあなたみたいな子ね」
「ちっちゃい……そうなんだ。
ボクってやっぱちっちゃいかな……」
イシェルは5つも年上なのに「あなたみたいな子」とかスフェーンもよく言うなぁ。
「ちっちゃい事は、とてもいい個性だから自信を持って!
あなたってとってもかわいいし、あたしは凄く魅力的だと思うよ」
凄い……殆ど告白みたいな事までサラリと言ってるよ……。
「そうなんだ、そう言われるとボクも少し自信がわいて来た気がするよ。ありがとうスフェーン!」
「どういたしましてー」
これって思惑が成功したのかな?
やっぱアピールってこうもあからさまにすべきもんなのか。
あたしもスフェーンの魅力を称えるべきなのかな?
「だって。ボクってシンナバーから見ても魅力的かな?」
イシェルはスフェーンに言われた事そのままあたしに振って来たよ。
困るなぁ……何て言って返したらいいんだろ……。
『そ……それは……』
「……やっぱ……魅力……ないのかな……」
ガッカリした様な顔で俯いたイシェルに、「あぁもうッ!」とばかりに
『もちろん魅力的だよッ! キュートだよッ!』
「そう!? シンナバーに言われるとやっぱうれしいなぁーッ!」
「アハ! よかったぁ」
あたしが肯定すると、イシェルはまた満面の笑みに戻った。
うはぅ……、どんどんと深みへとはまって行く気がするよ……。やっぱ何でも最初が肝心なんだね。
「ところで、イシェルは今日の宿取ってある?」
「え? まだだけど?」
「そう? ならあたし達の所に来ない?
二人部屋だけど三人でも大丈夫だから」
「えぇーッ! もちろん行く!」
スフェーンは昨日の宿の事を言ってるみたいだけど、本当は今日の宿ってまだ取ってないんだよなぁ。
ふとイシェルの後ろのテーブルを見ると、左手で不器用にカレーを食べている元武道王に気が付いた。
右手を包帯でぐるぐる巻きにして肩から吊っている、左手でスプーンを持って食べてるだけど、今一つうまく食べれてない様だ。
『あ……』
あたしはヘタレ格闘家の事件のせいで、元武道王に試合で負わせた怪我を治す事をすっかり忘れていた様だ。