【15】恋の三角定規
予選が終わった所で、昼休みの時間になった。
昼休みはたっぷり二時間ある。あたしはお腹がペコペコだったから、かなり待ち遠しかった。
『お昼ごはん、ここの食堂で食べれるんだって』
「あらぁ? 今さっき泣いてたのはどこのだれぇ?」
『何言ってるのッ!? 食事と泣くのは別腹だってよく言うじゃないッ! 別腹だよッ!』
「ブッ! そりゃスィーツだろッ!」
スフェーンはいつもの様に痛快に笑った。
「ところでー」
『うん?』
「そこにいるかわいい子はだぁれぇ?」
スフェーンがイシェルをチラッと見る。
早速来たーッ! 男っぽい格好してても一目で見破るこの眼力! イシェルはやっぱりスフェーンのストライクゾーンなのかッ!?
壁に背中をつけ、チラチラこちらを見ていたイシェルは、スフェーンと目が合った瞬間に目を逸らしていた。
だめだ……そんな仕草なんかしたら余計気に入られるよ。
『イシェルの事? 対戦して知り合ったんだよ』
困った……。どうしたらいいか考えてたけど、さっぱりいい案が浮かばない。
「へぇー、あなたイシェルって言うんだぁー。
シンナバーとはお友達になったのぉ?」
「違う……、友達じゃない」
「あら違ったのぉ? じゃぁ何でさっきからこっちを見てたのかしら?」
「そんなのボクの勝手だろッ!」
イシェルがそう言った瞬間、スフェーンの目が輝やいた。
「そうねぇ、確かにあなたの自由ね……ごめんなさい」
「あ……。ボクも……ゴメン」
かかっちゃった……。スフェーンが鼻っ柱の強い相手に急速接近する為に使う、いつもの手口だよ。
「あたしの名前はスフェーン・アウイン。よろしくねぇ、イシェル」
「ボ、ボクはイシェル・プレナ……よろしく」
スフェーンは満面の笑みを浮かべ、無理やりイシェルと握手をしている。
イシェルは強引に手を掴まれて、少し戸惑う表情をしていた。
『あのさ、スフェーン』
「なぁに? シンナバー」
『一応言っておくけど、イシェルはあたし達よりずっとお姉さんなんだよ? 21歳なんだからねッ!』
「そうなんだぁ。あたしは全然平気だよぉ?」
何が「平気」なんだとか、分かりきった事はあえて聞きはしない。
でも悔しいなぁ、「もしあたしがイシェルみたいだったら」と思ってならなかった。
イシェルにあからさまな意思表示をするスフェーンを見ると、あたしはどうしてもイシェルに嫉妬心が沸き起こって来る。
安心なのが、イシェルとスフェーンの間には相思相愛が成立していない。あたしを含めた三角関係って事だけど。
「あのさ、スフェーンってシンナバーとはどういう関係なの?」
イシェルは少し言いにくそうにしつつ、スフェーンに聞いた。多分ずっと気になっていたはずだ。
「あぁ、あたし達はねぇ……」
こういう時、無駄にその次の言葉に期待してしまうのは何だろうね。
「そだッ! イシェルは何だとおもぅー?」
にんまりして次の作戦を実行し始めるスフェーン。火の気がないなら作ってしまえ、と言うのが彼女の基本らしい。
「お友達?」
それに疑問系で答えるイシェルの表情は少し不安そうだ。
「ブブーッ! ハズレー!」
イシェルはそう言われ、少し心配そうにあたしを見つめた。
まぁ相手が何と答えても、ここはハズレって言うんだけどさ。
「シンナバーとあたしは幼馴染なの。だからお友達よりは信頼関係が強いんだよー?」
イシェルはそう言われると、一層不安そうな顔であたしとスフェーンの顔を交互に見つめた。
イシェルがあたしとスフェーンの関係に、もしやと考えていたのはその表情からしてよく分かる。
「あのね、さっきボクとシンナバーは友達じゃないって言ったのは」
「うんうん? 言ったのは?」
「シンナバーはボクの大切な人だから……」
ギャァァァ!? 時が止まった……! イシェルと来たら何て事を言ってくれるんだッ!?
スフェーンなんて完全に思考が止まってしまってるよ。10秒経過しても微動だにしない。
30秒程経過した後、スフェーンの硬直がやっと解けた。
「う、うそでしょぉーッ!? ねぇシンナバー?
あんたってそういうのと違うと思ってたんだけど……」
そういうのと来たか。これは早めに誤解と解かないと、あたしの幸せな人生計画が根底が揺らぐ事になってしまうかもしれない。
『えとねッ! あのねッ!』
うわぁぁ……。気が動転しちゃってうまく言葉が出てこないよ。
「だってシンナバーのファーストキスもボクがもらっちゃったし、仲良くだってしちゃったんだから……」
「ファーストキ……」
終わったァァァーーーッ!
スフェーンは信じられないって顔であたしを見つめていた。
あたしは首をふるふるして否定しようとしたけど、紛れもない事実だからか出来なかった。
『イシェルったら何言ってんのッ! 真昼間からッ!』
「恥ずかしがらなくてもいいよ、後で続きしようね? 真夜中に……」
「続き……真夜中……」
違ーうッ! これじゃ余計墓穴掘ってる様なもんだよッ!
「ふぅ……わかったわぁ。
シンナバーにはちょっと驚いたけど、幼馴染の大切な人ならあたしも全面的に協力してあげるっ!」
『ちょ……違うのッ!』
「心配しなくて大丈夫だよ、全てボクに任せておけば」
もうどう繕っても誤解は解けないかもしれない。あたしが本当に好きなのはスフェーンなのに。