【14】脅威の魔力
ヘタレ格闘家は、あの「ガハハ」と笑っていた腹のデカい男に勝利した。
カエルの様に地面にうつ伏せになって倒れている。腹のデカいその男は、ピクリとも動かなかった。
あの腹のデカい男はあたし達が昨日コウソにやって来た時、あたしにわざとぶつかって来たんだ。
ヘタレ格闘家は、後で調子に乗らない程度に褒めてあげよう。
『どうやらヘタレが勝ったみたいだねッ!』
折角イシェルに話題を振ったのに、彼女は何も言わなかった。不思議に思ってイシェルの顔を見ると、じっと倒れている腹のデカい男を見つめていた。
『あれ? あの男がどうかした? 知り合いだった?』
「あ、ゴメン! んーん? 知らないよ」
イシェルの顔に屈託のない笑顔が戻った。
『まさか、ヘタレ格闘家が予選を勝ち残るなんてね。今までのヘタレ発言からすると予想すら出来なかったよ』
「うーん、ボクが見た感じだと、あの人って結構強いのかも。それでもシンナバー程じゃないだろうけど」
『えーッ!? それは戦ってみなきゃ分かんないよーッ!
あのヘタレ格闘家って、今まで全然本気出してる感じしないし。あたしは一度は本気で戦ってみたいと思ってるんだ』
「ふーん、シンナバーってポジティブなんだ。でも、本当に戦えたらいいよね」
ヘタレ格闘家の格闘場では決着が付いた為、ヘタレ格闘家が格闘場から出て行こうとしている所だった。
ところが、今まで倒れていた腹のデカい男が突然起き上がり、大きな腹をヘタレ格闘家に向けると、横っ腹辺りに少し出ている太い紐を思い切り引いた。
次の瞬間、デカい腹の一部が小さく破裂して、辺りに火薬が爆発する様な炸裂音が鳴り響いた。
デカい腹の男のおかしな様子に気が付き、振り返りかけたヘタレ格闘家だったが、何かの衝撃を受けた様にその場に倒れてしまった。
『え……?』
「ガハハハハ! ウガハハハハハ!」
腹のデカい男は大きな腹から白い煙を出しながら、倒れたヘタレ格闘家を見下した顔で下品に笑っていた。
「あの男……、お腹に大砲を隠し持ってたんだ」
人間にしては腹がデカ過ぎるとは思ってたけど、あんなものを隠し持っていたのか。
そもそも銃がダメなんだから、大砲なんて当然ルール違反じゃないのだろうか。
ヘタレ格闘家はその大砲の弾が腹部を貫通した様で、腹部からだけでなく背中からも真っ赤な血が染み出ていた。
魔法禁止の反面、武器であるなら銃以外は何でも持ち込むのは許される。
よってあの男の大砲はルール上問題がない事になるのだけど、勝負が決した後の使用はルール違反なんじゃないだろうか。
倒れたヘタレ格闘家は見た感じ出血が激しい、なるべく早めに手当てをしないと命の危険もありそうに思えた。
しかしヘタレ格闘家は何を思ったか、腹を押さえながら立ち上がると、
「やってくれるな、今のは流石に効いたぜ」
と、恐らくヘタレ名言集から抜粋しただろう言葉を言った。
こんな時にまで何格好付けてるんだろうね? しょうがないな、今あたしが治療してあげるよ。
「ガハッ!? もっと食らいたいって? ンガハハハハハ! ……死ね」
腹のデカい男はさらに笑ってまた紐を引くと、その直後また炸裂音が響き渡った。
そして少し後に、遠くの壁に何か物体が当たる音がしていた。
――そしてヘタレ格闘家は
二発目の大砲の直撃を食らい、その場にゆっくりと崩れ落ちてしまった。
ヘタレ格闘家の周りには物凄い量の血だまりが出来ていた。その量からするともう助かるかどうか分からない程だ。
この時突然、その一部始終を見ていたあたしの体に、物凄い熱いものが沸き起こった。それは今までに感じた事のない感情だった。
『アイツ……! 許せない……許せないよ……』
そんな言葉があたしの体を震わせて出てきたんだ。
もうあたしは後の試合の事なんて考えていなかった。それはただあの男を絶対許さないと言う憎しみの感情が溢れ、その感情があたしを突き動かし始めたのだ。
ゆらゆらと闘技場に近寄るあたしの手を、誰かが思い切り引っ張って止めてくれた。
「ダメ! 治療が先だよ! じゃないと本当に間に合わなくなるよ!」
暴走しかけたあたしを止めてくれたのは、イシェルの必死な声だった。
そのイシェルの声に、あたしはハッと我に返る事が出来た。そうだ、今すぐ治療しないと間に合わなくなる。
あたしは急いで、闘技場に倒れているヘタレ格闘家の側へと走り寄った。
「なんだあんたは!? 重傷人に近寄っちゃいかん! すぐに担架が来るからどいてなさい!」
『それじゃ間に合わないんだよッ!』
係員の制止を振り切って闘技場に上がり込むと、あたしはヘタレ格闘家に手をかざし、両手から最大限の聖なる光を発した。
あの腹のデカい男が放った大砲の弾は、二発ともヘタレ格闘家を貫通していたのだけど、大砲の弾の形状が組織を破壊する様に出来ている様で、特に背中の辺りの組織が想像以上にメチャクチャに破壊されていて、血液がほぼ垂れ流し状態になっていた。
それはまるで、体の中央から背中方面に向けて爆発したかの有様だった。
まずは、血液の流出を最優先に止めて、その後で破壊された血管と組織を修復していこう。あたしはヘタレ格闘家に再生魔法を施していた。
ヘタレ格闘家の体が聖なる光に包まれる。その光は辺り一面が真っ白になる程に照らした。
全ての精神力を集中させ、体の内部の状況を探りながら優先順位を付けて、次々に血液の流出を止めて行くとても細かい作業だ。
「あんた、魔法治療士なのか?」
「シッ! 気が散るから黙って!」
イシェルが係員を注意してくれた。
しかし、ヘタレ格闘家は血液の流出が多すぎる為、ショック状態に陥ってしまった。
――ダメだ……間に合わない……
損傷面積が広すぎた……血が止まらない……。
ヘタレ格闘家の顔の血色が失われてゆく、どんどん体が冷たくなってゆく……。
『ヘタレ! 死ぬな!』
そう叫んだ時、ヘタレ格闘家がうっすらと目を開けてこう言ったんだ。
「さっさと降参しとけばよかったぜ。
だからお前は気にするな」
ってさ。
あたしはいつしか自分の力の足りなさに、悔し涙を流していた。
正直プリーストとしても、人一倍の能力を持っていると慢心していた。
例えどんな状態でも治せると思っていた。
でも、今それら全てが思い違いだっと分かった。とんだ最凶のプリーストだよね。
あたしはこれから戒めの為に、その肩書きを背負う事にするよ。
救えなかったヘタレの為に……。
まさに諦めかけていたその時、あたしの肩に誰かがそっと手を触れた。
「諦めちゃダメでしょー?」
その聞き覚えのある声がした瞬間、あたしの肩にドンと言う衝撃が走り、肩に触れているその手から強大な魔力が雪崩れ込んで来た。
え……!? 何だこれ!? あたしの想像を絶する量の魔力だよッ!
山の一つや二つなんて軽く粉々にできるんじゃないかって程の、脅威の大魔力があたしに注がれている。
――こんなバカげた魔力を持ってる人間なんて、あたしは一人しか知らない!
*
脅威の魔力のおかげによって、奇跡的にヘタレ格闘家は命を取り留めた。
残念な事は、腹のデカいあの男の行為に、なぜかお咎めもなく勝者として本選へ勝ち進んでしまったって事。
銃がアウトなのに、何で大砲がセーフなのだろう。全くもって納得がいかない。
「遅くなってゴメンねぇー。でもギリギリ間に合ってよかったわぁ」
あたしはスフェーンの胸で思い切り泣いた。今まで出した事がない位の声を出して泣いたんだ。
その様子を、少し離れた所でイシェルがじっと見ていた様な気がした。