【12】予選決勝は元武道王…ちゃんこ?
あたしはイシェルの誤解を解く事が出来なかったどころか、さらに親密な関係を築いてしまった。
ともかく早めに誤解を解かないといけないけど、今はとりあえず置いておこう。
そして、いよいよ予選最終戦だけど、相手が誰か確認してなかったな。
「次の相手だけどな。チャルコって言って、過去の大会で優勝した事があるやつらしいぞ。
今度ばかりは相手が悪かったな」
『ちゃんこ? 変わった名前……してどんな選手?』
「去年まで武道王を名乗ってたやつでな、旋棍を使う近接型だ」
『去年まで? って事は去年は負けちゃったんだ』
「まぁな……。それでも去年は順々決勝までは進んだ実力の持ち主らしいからな。
相手にとって全く不足はないと思うぞ?」
旋棍と言うのは、棒きれの横に短い持ち手の棒を継ぎ足した鈍器と同じ打撃系の武器だ。トンファーとも呼ばれる。
ある程度の重量の武器なら受けられるので防御に優れ、そこから攻撃に転じる速度も速い。
応用力とスピードに優れるが、近接の特徴として間合いが短いデメリットもある。
『そっか、そんな凄い相手ならなお更楽しみだよ』
そう言ったら、イシェルに袖をついついとひっぱられた。
「シンナバー……無理はしないでね?」
まん丸い目に大きな黒い瞳のイシェルが、うるうるした目をして言った。
うーん、この顔を見ると毎回ドキッとしてしまうな。
イシェルってまるでアリ地獄の様だ。
『う……うん』
次の試合はヘタレ格闘家も参加するはずなんだけどな、自分の事って全く言わないんだね。
『で、ヘタレ格闘家は大丈夫な訳? 次の試合も出るんでしょ?』
「んー……どうだろな。
ダメそうなら早々に降参するさ」
しかし見事な程に終始ヘタレに徹するやつだ。
たまに本当は実力があるのに過小評価して言う人っているけど、この試合に勝ったらその類に入れてやろう。
呼び名も「ヘタレ格闘家」から「遠慮がちな格闘家」とかに変える必要があるかもしれない。語呂が悪いから変えないけど。
やがて休憩時間が終わり、係員がハンドベルを鳴らして予選決勝の始まりを告げた。
「えー、時間になりましたので、予選決勝を行いたいと思います。
この試合の勝者五人が、本選へと進むことになります。
では、選手の方はそれぞれのブロックの闘技場に移動をお願いします」
予選最後の試合だ、ハリキって行ってみよう。
『さぁ、行ってくるよーッ!』
あたしとヘタレ格闘家は、一人でベンチに残るイシェルに手を振って格闘場へ向かった。
格闘場に集まる他の選手達は、みなピリピリした雰囲気を纏っている者ばかりだ。
そしてもうあの量産型の筋肉男は一人も残っていない。
やっぱ普段戦ってない連中だけに予想通りの結果だったね。
「シンナバーガンバってぇーーーーッ!」
う……ピンクのドレスのおばさんの声が……ずっと元気な人だね。
あたしは声のする方向は決して見ず、急ぎ足で格闘場へと向かった。
格闘場の上に立つと、対戦相手の元武道王ちゃんこを真っ直ぐに見つめた。
その男は大柄な体格に格闘用の軽装備を付け、両手には旋棍を握っていた。
一応武道王と名乗っただけはあって、その目からは強い気迫が感じられた。
一つだけ気になる事は、全く似合っていない貧弱で細いヒゲを左右に長く伸ばしている事。それがちょっと気に入らなかったけど、それはこの試合とは全く関係ない事だ。
あたしはいつ始まってもいい様に、いつもの片手棍をクロスする構えをした。
中央のドラが鳴った瞬間、ちゃんこが凄い勢いで向かって来た。
そして、あたしも全力でちゃんこに向かって走った。
格闘場の中央で、お互いの間合いがクロスすると、激しい打ち合いが始まった。
ちゃんこの右腕が突き出した鋼の旋棍の先に、あたしの左手の片手棍が激しく衝突して金属的な音を立てる。
すると武道王は武器同士が当たった状態から、腕を無理やり振り抜いくと、さらに肘をてこの原理を利用して、あたしの棍棒を弾き飛ばしにかかった。
そうされると体格の差が著しい事から、力での押し合いをしてもまず勝ち目はなく不利だ。
――ならばこれだ
あたしは左手の棍棒が押し出され、飛ばされかけた状態から、もち手の弱そうな方向へ連撃を放ってみた。
激しい火花が散り、案の定旋棍が肘から外れたじゃないか。
しめしめとばかりに、追加の連撃を撃ち込もうかと思った時、ちゃんこの足元が動く気配を感じた。
右手の棍棒で、気配を感じた方向に連撃を撃ち込むと、確かな手応えを感じる事が出来た。
この手応えの位置からすると動いたのは左膝だ。
つまり、ちゃんこは右手の旋棍を撃ちこみ、さらに左膝蹴りを仕掛けてきた事になる。
その膝を連撃で止めたとは言えこの感じは……!
硬質な金属を叩いた手応えがした……。これは装備の下に鋼の膝当てを付けているな。
この鋼の膝当ては防御に使えて尚、攻撃にも使える様に出来ているのだろう。
恐らく膝だけでなく、体中にこんな金属が当てられていると考えた方が良さそうだ。
つまりちゃんこの体は、至るところで防御が可能で、そこをそのまま武器としても使える様にしているに違いない。
そう思っていると、今度は左側面に気配を感じた。
既に両手とも攻撃を受けてしまっているし、あたしには左側面からの攻撃を防ぐ手段がもうなかった。
なら体勢を変えて避けるしかないだろう。
そう判断して体勢を変えようとしたその時、連撃で止めたちゃんこの左足が急激に下がり始めた。
――これは!
あたしはとっさに右足を引っ込めると同時に後ろへと飛ぶ。直後にちゃんこの左足が地面に落ちて重い音を立てた。
『うっわぁーッ! 危なかったよ』
あたしがそう言うと、ちゃんこは眼光鋭いままニヤリとした。
元武道王だけあって、なかなか楽しませてくれるね。
何しろ今ちゃんこがしようとした事って、多分あたしの右足を踏み砕いて逃げれない様にしようとしたんだから。やはり一瞬たりとも油断ができない男だ。
もし、今右足を踏んづけられたとしたら逃げる事が出来ず、左手の旋棍を食って、その後はひたすら食らい続けるだけだったろう。
避けて正解だった。この状況だと、右手がフリーになっていても確実には防御が出来なかっただろうから。
「今のは賢明な判断だったな、もっとも……そうでなければつまらんか」
元武道王ちゃんこは、自分の方が優位にあるかごとくの言葉を言った。
それに対し、今あたしが考えている事は「すっごい楽しい!」だ。
予選の決勝の相手。それは過去に武道王と名乗った事のある、攻守揃った実力の持ち主だった。