【11】道具部屋でボクな子と二人
ここで突然、ナイフ使いのボクことイシェルに懐かれてしまうと言う、異例のイベントが発生してしまった。
イシェルはベンチにあたしと並んで座り、あたしの手を握って大人しく軽く寄りかかっている。
うーん……困ったなぁ。どういうつもりかわかんないけど、絶対誤解してるよね。
背中さわったのがいけなかったのかな。
「しっかし、すっかり懐いた様だが……なんともな」
ヘタレ格闘家は、変なものを見る様な顔であたし達を見て言った。
『あ、あのさ……、イシェル。ちょっとあっちに』
「うん、行こっか!」
あたしはイシェルに、どうしてこうなったのかをまず聞きたかった。とりあえず、落ち着いて話せる誰も居ない所へと誘った。
次の予選決勝まで、まだ20分程度の時間がある。それだけあれば十分だろう。
あたしはスフェーンが好きと伝えて、早いとここの誤解を晴らさなければと思った。
建物内の小さな部屋に、人気がない事を確認すると、あたし達は中に入った。
その部屋は、幅三メートル程度、奥行き五メートル程の小部屋だった。
カーテンが閉められて薄暗い室内には、机や椅子、そして色んな道具が置かれている事から、倉庫として使われている部屋の様だ。
イシェルは部屋に入るなり、人目がない為か、一層大胆な行動に出た。
あたしを押して、そのまま壁際に積まれた机や椅子の所に追いやった。
やがてあたしの足が、椅子にガタンとぶつかって音を立てると、イシェルはあたしにその椅子を座れと肩を押した。
イシェルは椅子に座ったあたしに覆いかぶさり、少し微笑んでその大きくて丸い目でじっとあたしを見つめていた。
『えーと……』
「大丈夫だよ」
イシェルはそう言うと、あたしの体をぎゅっと抱きしめ、躊躇わずにやさしくキスをした。
やわらかくて暖かい、イシェルの唇の感触はとても心地がよかった。
それは確かによかったんだけど。
「あれ? もしかしてシンナバーって初めてだったの? 少し……震えてるね」
イシェルはあたしの目から涙が落ちた事に気が付いて聞いた。それに対してあたしは……。
『うん……』
とだけ答えた。
いきなりイシェルに先制攻撃を受けたせいで、何をしにこの部屋に来たのかなどどこかへすっ飛んでしまった。
イシェルはあたしの首筋に唇を這わし、そのまま耳たぶへ進路を進めて軽くくわえる。
その瞬間あたしは体に電気の様な感覚が走り、少し声をもらすと共に全身の力が抜けてしまった。
その様子を見て、イシェルはとても満足そうな顔をしていた。
そして、椅子に座ったあたしと向き合った状態で、あたしの膝にまたがると、両手の指先の腹であたしの体を確かめ始めた。
どういう訳か、あたしは目をつむってイシェルを受け入れてしまった。
気が付いた時には、あたしもイシェルの体を両手の指の腹で確かめていた。
「ちぇっ、そろそろ予選の決勝の時間だね。
ボクはずっとこうしてたいけどシンナバーはそうは行かないもんね。
予選会場に戻ろっか?」
『あ、うん……あ。あれれ?』
「え? どうしたの?」
『何か立てないや……足が……』
どういう訳か、あたしは足に力が入らなくなっていた。
「フフッ、腰が抜けちゃったかな? ボクがそんなに良かったんだ。うれしいな」
『くッ……、なぜか屈辱を感じる!』
恥ずかしい気持ちと、いい様にされた悔しさと、不思議な嬉しさ全てが混ざった様な気持ちが溢れていた。
「ほらッ! 手を出しな。ボクが支えになってあげるから」
イシェルに支えられて立ち上がったあたしは、震える足で予選会場へと戻って行った。
――その途中
「そうだ。まだ聞いてなかったけどシンナバーって歳いくつ?」
『え? 16歳だよーッ? イシェルも同じ位なんでしょ?』
「そっか、16なんだ……。ボクは……」
『もしかして14歳位かな?』
「21……」
イシェルは少し言いにくそうに答えた。
『えーッ!? 年上だったんだーッ! ずっと年下だと思ってたよッ!』
イシェルは背が低いのもあるけど、顔立ちが丸っこくて幼く感じるから年下だと思ってたよ。
言われてみれば体に触れた感じは大人っぽく、一人称がボクという少年チックなキャラの割に、体は実年齢相応の成長を遂げていた事を、指先の記憶から思い出した。
「年上は……嫌かな?」
そう言って、ちょっと困った様な目であたしを見上げてるイシェルの顔に、あたしは思わずうずっとしてしまった。
『ん……、そんな事ないよ』
ヤバイなぁイシェルのこの感じ……。なぜってね、多分スフェーンもストライクだよ。
おチビへの情熱から、簡単にターゲットを切り替えるなんて事はないだろうけど、スルーするとも思えない。一抹の不安を感じる。
イシェルの肩を借りていたあたしは、予選会場の入り口手前で立ち止まった。
「どうかした?」
『肩貸してくれてありがとう。
ここまででいいよ。だって、ヘタレ格闘家には見られたくないからね』
「ふーん、あの人ってシンナバーの彼だったりしないよね?
シンナバーって男に興味ないんでしょ?
ボクには分かるんだ」
『ギャハハハハハッ!』
イシェルの発言がおかしかったので、思わず大爆笑してしまった。
笑ったせいだろうか、足の震えはすっかり消えていた。
『よしッ! 間に合ったねッ!』
「ずいぶん遅かったな、そろそろ試合が始まるぞ?」
ヘタレ格闘家が時間を気にして待っていた。
「ところで、今凄い笑い声が聞こえた様な気がするんだが、もしかしてお前か?」
『えッ!? さぁね?』
「ね?」
イシェルに相づちを求めると、気持ちよく合わせてくれた。