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【1】とんだ肩書き

 劣化しかけた様な映像が眼前に揺らめいて映る。

 そこはどこか大きな部屋の中の様だ。コントラストが強く、所々白く抜けたその部分に焦点をあてようとするとやけに眩しく感じた。

 部屋の奥の古く大きく重厚そうな扉には、立派な装飾が施されている。

 厳かな空気の中、その扉がきしむ音をさせて開かれると、王国の重鎮ですら緊張した面持ちとなる。

 全ての目の焦点が交差する場所を、白い独特な形の衣をまとった幼い少女が静かに歩く。

 その少女はまだ幼く、表情のない顔に、壁に点々と並ぶ小さな窓からそそがれる光が横切り、明と暗を作っている。その様子は見る者に神秘的な印象を与えた。

 幼い少女は、神託と呼ばれる神の声を聞く事のできる、マトラ王国唯一の存在「神の子」と呼ばれていた。

 人々は、神の子を敬い尊び、それと同時に崇拝していた。

 映像では、神の子の周囲に靄の様な光が現れはじめ、今まさに信託が開始されようとしていた。


『ワレワレハ、ウチュウジンダ』

 幼い少女が妙な声で謎の言葉を発した瞬間、それまで見えていたものが一瞬で消えた。

 そして、あたしは目を覚ました。

 この時なぜか、あたしは喉の辺りに手を当てていた。何だこれ。何やってんだろ。

 むくりと起き上がり周囲を見渡す。

 見慣れない部屋で、知らないベッドに寝ていた。

 どこだここは?


「んーぅ……、ウチュウジンってなぁにぃ?」

 隣のベッドで寝言を言っているスフェーンが、かわいい寝顔を見せている。

 次第にあたしの寝ぼけた頭が思い出す。

 知らない部屋の正体は、昨日泊った宿屋だった。

 そしてまたあの夢を見た。

 あの夢。あれ、あの夢? どんな夢だったっけ……。

 何度も見ているはずの夢のはずだけど、目が覚めると決まって全く思い出せなかった。


          ***


 あたしの名前はシンナバー・アメシス。クラスはプリーストで、魔戦士組合のランクは10ある内の6だ。

 あたし達は今、魔戦士組合のとある討伐依頼を受けて、人里離れた山奥にある古びた屋敷の前に来ている。

 この屋敷は、古くは変わり者の貴族が住んでいたらしいのだけど、かなり前から空き家になっていたらしい。

 その空き家に、少し前から変なものが住み着いたらしく、今回の依頼はそれを退治して欲しいって言うもの。変なものって言う位だから、当然どんな相手かも分からないって訳。最悪オバケって事だってありえるのかもしれない。

 面白いものに俄然興味のあるあたしは、この相手がハッキリしない辺りに興味を惹いていた。それともう一つ、あたしの相方の都合にも合致する。

 ただ不満点が一つある。あたしはいつも相方のスフェーンとペアで依頼を受けてるんだけど、今回と来たら他に戦士だのモンクだののオマケが三人もいるって事。

 討伐対象の「変なもの」は結構な数がいるらしく、五人以上のパーティーを組まなきゃいけないって条件付きの依頼だったんだ。


「(おい、リーダーはまだ来ないのか?)」

 オマケの一人、戦士っぽいのが細い木の陰で、ビクビクしながらあたしに小声でたずねた。

『リーダー? あー、放っといていいよ。ここはあたしがリーダー代理するからッ!』

 そう言って、あたしは目線の上に手を横にかざし、鼻唄まじりに屋敷の様子をうかがった。

「(あんた、そんな所に居たんじゃ敵に見つかっちまうだろ)」

『え? そうだよ? 見つかる為に居るんじゃない。そんで敵がわらわら出てきたら倒すのッ! おーい、出て来ーいッ!』

「(あんたバカか!? 無茶言うなよ。敵の数は相当なもんらしいじゃないか。しかも正体すら分からないってのに)」

 初対面なのにバカとか言われたよ。そしたら別のモンクっぽいのも便乗してきた。

「(いいから早く隠れろよッ! バカッ!)」

 モンクっぽいだけに文句言ってら。みんな基本アビリティーが内弁慶だよ。ところで「内弁慶」ってなぜかおいしそうな気がするんだけど何でだろね。

『しょうがないなぁー。ほら、木に隠れたよッ! これで満足かい? さぁ、いつでもいいよッ!』

 あたしはしょうがなく、オマケ達を真似て細い木の陰に隠れた。こんな細い枝じゃ無意味だと思うけど、みんながそうしろって言うんだから仕方ない。

 ちなみに、屋敷の周囲に隠れるものは全くなかった。細い庭木がいくつか生えてるだけ。

 花壇はあるけど、肝心の草花は枯れちゃってんの。ワラみたいなのしかない。つまりはどっから見ても丸見え状態。

「(シーーーッ! 大声出すなバカッ!)」

 三人目の剣士っぽいのにも怒られた。やったぁ、バカコンプリートだ。全員にバカ呼ばわりされたよ。だが、うれしくはない……。

「(幸いにしてリーダー代理は後衛でヒーラーだ、三人でリーダー代理を取り囲む隊形を取ろう)」 戦士っぽいのが仕切り出し、他の二人もその案に頷いている。


『コラーッ! 何勝手に作戦脚色しようとしてるの!? 出てきたら倒す作戦だってさっき言ったでしょッ!? 作戦なんてアバウトな方が面白いんだよッ!?』

「(だから大声出すな……。大体出てきたら倒すなんて作戦でも何でもないんだよ)」

『そうかなぁー? あたし達はいつもそれでやってるんだけど。でさッ、後衛って誰の事?』

「「「(あんただろうが!)」」」

『えーーーッ!? 後ろに居ると退屈なんだよッ!? 寝落ちしそうになるんだよッ!?』

「(ネオチ? それは魔法か何かなのか? とにかく頼むから後ろに居てサポートしててくれ……。あんたがやられたら多分オレ達は終わる)」

『分かった分かった! じゃぁ攻めに行くから付いて来るんだよ?』

「「「(分かってない……)」」」

 何かさっきから台詞が揃ってるね。この三人ってよっぽど気が合うんだろうか。

「そこで何やっている!?」

 声のした方向を見ると、そこにはなんと化け物の集団が集まっていた。

 モグラみたいな顔した化け物だ。と言っても、ぬいぐるみみたいで全然迫力がない。身長は人間より少し小さいけど、横幅があって全体的なシルエットは丸く、指の先には長くて鋭い爪が生えていた。そんなモグラと完全一致な顔が30匹以上。これはちょっとしたモグラパラダイスだ。一日にこんなにたくさんのモグラを見ることなんて、そうそうないかもしれないね。

「しまった! バカに気を取られてたせいで、化け物の接近に気が付かなかったかッ!」

 戦士っぽいやつめ、とうとう「リーダー代理」とすら言わなくなったよ。

『バカバカ言うなッ! バカって言うのがバカなんだよッ!』

 あたし猛反撃。昔からバカと言われたら言い返す台詞の候補ナンバーワンがコレだ。

「ははーん、わかったぞ? さてはお前たち、俺達を討伐しに来たんだろう?」

 ご名答。モグラのくせに理解力はあるんだね。

「あ……。いや、ちが」

 なぜか戦士っぽいやつが口篭る。せっかくモグラが知恵を振り絞って当てたってのに、不正解にしようとするなんて。学校の試験でバレたら大問題だよ。

 もう「戦士っぽいやつ」から「戦死っぽいやつ」に呼び名を変更してやろうか。

「ん? なんだ、違うのか。だったらさっさとどっか行け!」

 そんなのを真に受けるモグラ。やっぱ所詮モグラか……。

『違うよ! モグラ叩きに来たんだよ!』

 あたしはモグラでも分かる様に、ハンマーでピコピコ叩く仕草をして説明してあげた。

「「「(バッッ!)」」」

 三人が一斉に叫び、顔に手を当てた。

「モグラだとぉーッ!? きッさまァー! 一番言ってはならない事を!!」

 みるみる真っ赤な顔になって、頭から湯気を吹き出すモグラ達。何故か笛の様な音もする。

 凄い。怒って頭から湯気が出てるのを初めて見た。

「仕方ない……。さっきの通りにやるぞ」

「「だな……」」

 完全に戦士っぽいやつが仕切ってる。本当はあたしがリーダー代理なのに……。

「モグラ達! こいつらやっちまいなッ!」

 自分でモグラ言ってるじゃん。でもやっとモグラのリーダーが部下に命令した。これでやっと戦いが始まるんだ。

 四方八方からモグラ達がモコモコっと襲って来る。それをあたしが迎え撃とうと思ってたのに、オマケの三人があたしを取り囲んで応戦するから手も足もでない。

 仕方ないからモグラの様子を観察する事にした。見たまんまだけど、モグラの武器はあの長いツメらしい。そのツメは剣を受け止められる程硬くて丈夫な様だ。剣士が振った剣を、難なく爪で受け止めている。

 それにしても、後ろに居ろって言われたけど、支援魔法ばっかだと退屈だなぁ。イレギュラーでも起こらないだろうか。

 オマケの三人がヒートアップして戦っているのだけど、あたしは暇で何だか眠くなって来たよ……。うつらうつら。


          ***


 ハッと目が覚めると、あたしはいつの間にか地べたに寝そべっていた。

 知らない内に寝落ちしてたみたいだ。さっきは冗談で言ったつもりだったのだけど。

 周りを見ると、他の三人も地べたに寝そべっていた。最も、うーうー唸っているし寝落ではなさそうだけど。


「そこの少年。やられたフリをしても許さないぞ?」

 そこの少年とはあたしの事かな。少年って言われるのも悪い気はしないから反論はしないけどね。

『ゴメン寝てた!(てへぺろり)』

「「「ガクッ!」」」

 あたしがてへぺろ定番の舌を出して頭をコツンと叩くポーズをすると、倒れていた三人がさらに倒れた。効果音を口で言う人なんて初めて見たよ。思ってたより元気そうで何よりだ。

「フン。大分倒されたがまだ半分はいるぞ。

 もうコイツらは戦えないだろう。オマエもさっさと降参しろ。そうすれば命だけは助けてやらなくもない。

 その代わり、奴隷にしてずっとコキ使ってやるけどなっ!」

『えっ? まだ半分も残ってるんだ! んー、今日はとことんモグラ日和だねっ!』

「あぁーん? モグラだとぉぉぉぉ!?」

 またも顔真っ赤にして、頭から湯気を噴出しはじめるモグラ達。

 あたしはニヤリとし、腰に手を回すと両手に純白の片手棍をつかんで構えた。この片手棍二刀流が、あたしの格闘用スタイルだ。

 楽しく踊る様に。モグラ達をポカスカしとめて行くあたし。だけど……、モグラじゃ全然物足りないや。

 あたしの舞う姿を悪夢を見る様な目で見るオマケ達。彼らはこの時、強烈なトラウマを刻みこまれたそうだ。


          ***


「ごめんごめーん! トイレがどこにもなくってねぇー」

 それから少しして、このパーティーのリーダーである、あたしのスフェーン様がやって来た。

『遅いよッ! もうスフェーンの出る幕なんてないよッ!』

「あらぁ? あたしの分なんて気にしなくていいのよぉー?」

 スフェーンのトイレは用事の為のただの口実。それに突っ込まず、合わせてあげるのが相方の愛ってやつだよね。

 たくさんのモグラが倒れる地面に、そうじゃないのが三匹混ざってる。戦って疲れてるみたいだし、もう少しそっとしておいてあげよう。

 最凶のプリースト。なぜかこの時を境に、あたしは魔戦士組合員からそう呼ばれる様になってしまった。これはそんな悲劇のヒロインの物語なのである。


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