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アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


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8/12

第7話 答えを探してしまう人々

 SNSに、奇妙なアカウントが現れ始めたのは、その週のことだった。




 最初に気づいたのは、美佳ではなかった。カフェのシフト中に、常連客の大学生が「これ見た?」とスマートフォンの画面を見せてきたのが最初だ。美佳はカウンター越しに画面を覗き込んだ。




 アカウント名は「@LAPIS_echo」。プロフィール欄には一行だけ、こう書かれていた。




 『あなたはまだ、答えていない問いを持っていませんか』




 投稿は三件だけで、どれも短い文章だった。最初の投稿は「選択とは何か」、二番目は「あなたが選ばなかった方の未来を、考えたことはありますか」、三番目は「問いのない日々は、自由ですか」。




 「なんか不気味だよね」と大学生は言った。「でもフォロワーが昨日から急に増えてて。何千人かいるんだよ」




 美佳は画面から目を離して、「そうですね」とだけ答えた。




 何も感じていないふりをした。






 シフトを終えてアパートに戻ってから、美佳はすぐにそのアカウントを検索した。




 フォロワーはすでに八千を超えていた。シフト中に見てから、四時間も経っていない。投稿に対するリプライも急増していて、画面をスクロールしていくと、様々な言葉が流れてくる。




 『これ、LAPISと関係ある?』


 『アンケート受けたことある人、集まってるっぽい』


 『なんか懐かしい感じがする。また答えたい』


 『問いのない日々は自由じゃない。ずっとそう思ってた』




 最後のリプライで、美佳の指が止まった。




 ずっとそう思ってた。




 美佳には、その感覚が分からない。問いのない日々は、解放されたはずの日々だ。選ばなくていい、迫られなくていい、答えなくていい。それは自由のはずだった。なのに、答えたいと思っている人がいる。問いを求めている人がいる。




 画面の中の言葉たちは、美佳が想像していたのとは正反対のことを言っていた。




 美佳はアカウントのプロフィールをもう一度見た。『あなたはまだ、答えていない問いを持っていませんか』。




 運営者は誰なのか、プロフィールには何も書かれていない。アイコンは無地の白。アカウントが作られたのは、六日前だった。




 六日前。




 美佳は指を止めた。六日前といえば、空白のメッセージが届いた日の、三日後だ。偶然かもしれない。でも美佳の中で、また何かが繋がろうとしていた。








 翌朝、純から連絡が来た。




 『そのアカウント、知ってる?』




 リンクが添付されていた。「@LAPIS_echo」だった。




 美佳は『昨日見た』と返した。すぐに純から電話がかかってきた。




「フォロワーが今朝で一万五千を超えた」純の声は、いつも通り落ち着いていたが、どこか緊張の色があった。「一週間も経っていないアカウントの数字じゃない」




「作ったのは誰だと思う?」




「分からない。ただ」純は少し間を置いた。「投稿の文体と、LAPISのアンケートで使われていた言い回しが、一部一致している。翔が気づいた」




 美佳は息を飲んだ。




「翔が調べてるの?」




「ああ。ただ、まだ確証はない。意図的に似せた可能性もある。LAPISのアンケートを受けた人間なら、あの言い回しは記憶に残っているはずだから」




 確かに、と美佳は思った。あの問いの言葉は、独特の質感があった。選択を迫るというより、選択そのものを問い直させるような言い方。それを覚えていて、意図的に再現することは、できなくはない。




「リプライを見た?」美佳は聞いた。「また答えたいって言ってる人が、けっこういた」




「見た」純の声のトーンが、わずかに変わった。「それが一番、気になっている」




「なんで?」




「LAPISのアンケートは、強制だった」純はゆっくりと言った。「少なくとも、最初は。でも今、人々は自分から問いを求めている。誰かに強いられなくても、問いを欲しがっている」




 美佳は窓の外を見た。曇り空の下に、藍都の街並みが広がっている。今日もいつも通りに見える街。でもその中に、問いを求めている人間が、何千人もいる。




「それって、LAPISが意図したことだと思う?」




「分からない」純は言った。「でも、もしそうなら──」




 電話の向こうで、純がわずかに言葉を切った。美佳は続きを待った。




「人を動かすのに、強制はいらない。欲しがらせれば、いい」




 美佳はその言葉を、頭の中で繰り返した。




 欲しがらせれば、いい。








 その夜、美佳はもう一度「@LAPIS_echo」のアカウントを開いた。




 フォロワーはすでに二万に迫っていた。新しい投稿が一件、増えていた。




 『近日中に、新しい問いをお届けします』




 たった一行。でもそのリプライ欄は、数百件のコメントで埋め尽くされていた。




 『待ってた』


 『やっと来た』


 『楽しみにしてます』


 『どんな問いですか?』




 美佳はスクロールしながら、奇妙な感覚に捕らわれた。




 これは何だろう。アンケートへの恐怖ではなく、期待。選ばされることへの抵抗ではなく、選ぶことへの渇望。LAPISが終わってから、この人たちはずっと、次の問いを待っていたのだろうか。




 あるいは──LAPISが終わった後の空白が、人々にそういう感覚を植えつけたのか。




 美佳はスマートフォンを置いた。




 自分は、どうだろう。また答えたいと思うか。問いを欲しがっているか。




 正直に考えてみると、答えはNoだった。問いはもういらない。選択癖に苦しんでいて、些細なことで立ち止まって、それでもまだ答えたいとは思わない。




 でも、画面の中の人たちは違う。




 それが、美佳には少し怖かった。強制されなくても、自分から問いの中に入っていこうとしている人たちが、こんなにもいる。そしてその数は、一日ごとに増えていく。




 翌朝、フォロワーは三万を超えていた。




 美佳はその数字を見て、朝倉の言葉を思い出した。




 人を動かすのに、強制はいらない。欲しがらせれば、いい。




 誰かが、そのことを最初から知っていたとしたら。




 美佳はスマートフォンを閉じて、出かける準備を始めた。今日もカフェのシフトがある。いつも通りの一日が、始まろうとしていた。でも何かが、静かに、確実に動き始めている気がした。




 藍都の朝は、今日も曇っていた。





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