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アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


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第44話 三分間

翔のメモは十二枚あった。


手書きで、細かく、時系列順に並んでいた。翔が一晩でここまで整理したことを、美佳は黙って受け取った。褒める言葉が出なかったのは、それが翔にとって当然のことだったからではなく、今はまだその段階ではないと感じたからだった。


四人でメモを読んだ。


サーバーの稼働ログには、三年分のアクセス履歴が残っていた。


最初の一年は、アクセス元が一つだけだった。設計に深く関与した人間──翔はそれを「Aライン」と呼んでいた──が、定期的に接続し、データを書き込み、読み出していた。パターンは規則的で、作業の痕跡だった。


LAPISの運用が始まった頃から、Aラインのアクセス頻度が落ちた。代わりに、別のアクセスが増え始めた。翔はそれを「Bライン」と呼んでいた。Bラインは不規則で、深夜に集中し、読み出しだけで書き込みをしなかった。


「Bラインは」と翔は言った。「ミオさんだと思います」


有栖川が顔を上げた。


「根拠は」


「アクセスのタイミングが、ミオさんがLAPISの設計に関わっていた時期と一致します。それと──」と翔はメモの一枚を示した。「Bラインの最後のアクセスが、LAPISのタイムスタンプ一回目の更新と同じ日時です」


一回目の更新は自動処理だった。しかしその直前に、ミオがここにアクセスしていた。

「ミオさんは」と美佳は言った。「止めようとしていた」


「止めようとして、ここに来た」と翔は言った。「でも止めきれなかった」


Bラインの最後のアクセスは、三分間だけだった。三分間、読み出しをして、それきり接続が途絶えた。


三分間で何を見て、何を思ったのか。美佳には想像できなかった。ただ、三分という時間が、短すぎるとも長すぎるとも感じた。


「Aラインの正体は」と朝倉が言った。


「まだ特定できていない」と翔は言った。


「ただ、一つ分かったことがある」


翔はPCの画面を操作した。ログの一部が拡大された。


「Aラインの最新のアクセスが、昨夜です」


昨夜。翔がここに来た夜。


「時刻は」と有栖川が言った。


「二十三時四十分」と翔は言った。「俺がここに着いたのが二十三時十五分。二十五分後に、Aラインがアクセスしてきた」


朝倉が翔を見た。「気づかれた?」


「分からない」と翔は言った。「Aラインは読み出しだけして、十二分で切れた。俺がここにいることを知った上でのアクセスか、偶然か、判断できない」


美佳はログを見た。二十三時四十分のタイムスタンプが、画面の中に静かにあった。


翔が一人でここにいた夜、Aラインがアクセスしてきた。翔は気づいた。だからモールスで連絡を取ることを選んだ。スマートフォンを使えば、接続を知られる可能性があった。


翔が財布もスマートフォンも置いてきたのは、追跡を避けるためだけではなかった。接続を切った状態でここに来る必要があったからだ。


「翔」と美佳は言った。


「うん」


「昨夜、怖かった?」


翔は少し黙った。朝倉と有栖川が翔を見た。


「怖かった」と翔は言った。「Aラインがアクセスしてきたとき、画面を見ながら、息を止めてた」


誰も笑わなかった。美佳は頷いた。それだけだった。


四人で手分けをした。


翔と有栖川がサーバーのログを掘り下げ、朝倉が建物の他の階を確認した。美佳はテーブルの前に座り、自分のスマートフォンを取り出した。


画面を点けた。


通知はなかった。見た目には、何も届いていなかった。しかしサーバーからの接続は今も続いている。翔がそう言った。


美佳は設定を開き、通信状況を確認した。


バックグラウンドでのデータ通信が、確かに発生していた。アプリの名前はなかった。プロセスIDだけがあった。


翔に画面を見せた。


翔は数字を確認し、PCで照合した。


「LAPISのアプリケーション層と同一のプロセスです」と翔は言った。「アンケートのアプリ、まだ端末に入ってますか」


「入ってる」と美佳は言った。「削除しなかった」


「削除しても、このプロセスは残ります」と翔は言った。「インストール時にシステム層に書き込まれる設計になっていた」


美佳は画面を見た。


LAPISのアンケートに最初に答えたのは、二年以上前だった。あの日から、端末の深層に何かが残り続けていた。選択のログだけではなかった。接続の経路も、ずっとそこにあった。


「何を送ってきているか」と美佳は言った。


「今夜、見る」


翔が頷いた。「俺が補助します」


朝倉が三階から戻ってきた。


「何もなかった」と朝倉は言った。「ただ──」と続けた。「二階に、最近人が使った形跡がある。折り畳みの毛布と、水のペットボトルが数本」


有栖川が立ち上がった。「確認します」


有栖川が部屋を出た。朝倉が美佳の隣に座った。


「大丈夫?」と朝倉は言った。


「大丈夫」と美佳は言った。「今夜、端末に何が来ているか見る」


「見て、どうする」


「どうするかは、見てから決める」


朝倉は何も言わなかった。美佳の隣で、ただそこにいた。それで十分だと美佳は思った。


有栖川が戻ってきた。


表情が変わっていた。


「二階に」と有栖川は言った。「荷物がありました」


「誰の」と翔が言った。


有栖川は答える前に、手に持っていたものをテーブルに置いた。


小さなノートだった。表紙に、細い字で名前が書いてあった。


四人がそれを見た。


美佳は息を止めた。


名前は「宮下ユリ」だった。


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