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アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


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第39話 依存度

翌日の午前中、四人が図書館の小会議室に集まった。


有栖川が場所を指定した。カフェより話しやすい、という理由だった。美佳には、聞かれたくない話がある、という意味に聞こえた。

翔は美佳と朝倉より先に来ていた。ノートパソコンを開いて、何かを確認していた。有栖川が最後に入ってきて、ドアを閉めた。


四人が同じテーブルを囲むのは、第2章の夜以来だった。


有栖川が話し始めた。


「女性について、分かったことをお伝えします」


全員が有栖川を見た。


「名前は、まだ分かりません。ただ、ミオさんから聞いていた断片的な情報を手がかりに調べた結果、一つのことが確認できました」


有栖川は手元の封筒から、一枚の紙を取り出した。


テーブルの中央に置いた。


印刷された画像だった。人物の写真ではなかった。建物の外観だった。古い、四階建てのビル。看板は出ていない。窓に光はない。


「藍都の工業地帯の外れにある建物です」と有栖川は言った。「ミオさんが一度だけ、


『あの人はここにいることがある』と話していた場所です」


美佳は写真を見た。


見覚えはなかった。でも場所の説明には、引っかかるものがあった。


工業地帯の外れ。


翔が第6章で向かうはずの廃サーバーのある場所と、近いかもしれない。まだ確認していないことだったが、頭の中で地図が重なった。


「その建物に、今も人がいると思いますか」と翔が聞いた。


「分かりません」と有栖川は言った。「ただ、ミオさんがその話をしたのは半年以上前です。今も同じ場所にいるかどうかは、確認できていない」


「女性と、LAPISの残存システムに接続している人間が、同一だと思いますか」と翔は続けた。

有栖川は少し間を置いた。


「同一だと思っています」


翔がノートパソコンの画面を全員に向けた。


「昨夜、追加の解析ができました。美佳さんの端末に生成されたファイルの暗号化パターンと、LAPISのサーバーの残存データの暗号化パターンを比較した結果、製作者が同一であることがほぼ確定しました」


「ほぼ、というのは」と朝倉が聞いた。


「完全な一致ではなく、九十二パーセントの一致です。ただ暗号化の手法は人間の癖が出やすい。書き方の癖が一致している、ということは、同じ人間が書いたと見ていいと思います」


「つまり」と美佳は言った。「LAPISの残存システムを動かしている人間と、私の端末にファイルを生成した人間と、彩音さんの技術的な協力者が、全員同じ女性だということ」


「そうなります」と翔は静かに言った。


部屋が、少しの間静かになった。


窓の外で、図書館の中庭の木が風に揺れていた。


美佳はテーブルの上の写真を見た。窓のない、光のない建物。


「翔くん」と美佳は言った。「一つ聞いていい」


「どうぞ」


「LAPISが問いを集めていた本当の目的、翔くんはどう思ってる」

翔は少し間を置いた。


ノートパソコンの画面を閉じた。

画面を閉じてから話す、ということは、データではなく自分の言葉で話す、という意味だと美佳には分かった。


「正直に言います」と翔は言った。「確証はありません。でも、昨夜からずっと考えていて、一つの仮説が頭から離れないんです」


「聞かせて」


翔は全員を一度見てから、言った。


「LAPISは問いを集めていたんじゃないかもしれない」


部屋の空気が、少し変わった。


翔は続けた。


「依存度だ、と思っています」


誰も、すぐには口を開かなかった。

依存度。


その言葉が、部屋の中に置かれたまま、しばらくそこにあった。


「説明してもらえますか」と有栖川が言った。いつもより少し、慎重な声だった。

翔は言葉を選びながら話した。


「LAPISのアンケートは、選択肢を選ばせることで回答者の思考パターンを収集していました。でも本当に収集したかったのは、思考パターンそのものじゃなかったかもしれない。どれだけ問いに頼るようになるか、というデータだったんじゃないかと思っています」


「問いへの依存度」と朝倉が言った。


「そうです。アンケートに答え続けることで、自分で判断する前に問いを求めるようになる。その変化を、LAPISは測っていたんじゃないか」


「そして@LAPIS_echoの共感ボタンは」と美佳は言った。


「同じことを、より大規模にやっている。解消されない不安に共感させ続けることで、答えを外に求めるようになる。その依存を育てている」


有栖川が静かに言った。


「ミオさんが怖くなった理由が、それだとしたら」


翔は頷いた。


「設計した本人が、自分の作ったものが何をしているか気づいた。だから止めようとした。でも止めきれなかった」


「止めきれなかったのは」と美佳は言った。


「すでに依存が始まっていた人間がいたから?」


「それもあると思います。でももう一つ」と翔は言った。「続けようとした人間がいたから、だと思います。ミオさんが止めようとしたのと同時に、誰かが続けようとした。その誰かが、今も動いている女性だと思っています」


また、沈黙が流れた。


今度は少し長かった。


朝倉が口を開いた。


「翔、その仮説、どのくらい確かだと思ってる」


「確証はないです」と翔は繰り返した。「でも、集まった事実を並べたとき、この仮説以外に筋の通る説明が見つからない。昨夜から何度も別の説明を探したけれど、見つからなかった」


「見つからなかった、から、これが正しいとは言えない」と美佳は言った。


「そうです」と翔は素直に認めた。「でも、今持っている仮説の中で、最も多くの事実と整合する」


美佳はテーブルの写真を見た。


工業地帯の外れの建物。窓に光のない、四階建てのビル。


あそこに、その女性がいるかもしれない。


LAPISの残存システムを動かし、彩音の善意を使い、美佳を設計者として位置づけようとしている人間が。


「有栖川さん」と美佳は言った。「その建物に、行くことはできますか」


有栖川は少し考えてから答えた。


「行くことはできます。ただ、今すぐではない方がいいと思っています」


「なぜですか」


「相手は、こちらの動きを見ている可能性があります。美佳さんの端末に昨夜ファイルを生成できたということは、端末を通じてある程度の情報を得ている。焦って動くより、準備してから動いた方がいい」


「準備、というのは」


「相手が次に何をするか、もう少し見極めてから」と有栖川は言った。「そのためにも、翔さんの解析を続けてもらいたい」


翔は「続けます」と短く言った。


会議室を出るとき、翔が美佳に声をかけた。


「一つだけ、言っておきたいことがあります」


「うん」


「依存度、という仮説を話しました。でも」


翔は少し間を置いた。


「美佳さんのログが他の三人より大きかったのは、迷い方が深かったからだと、僕は今も思っています。依存とは、違う」


美佳は翔を見た。


翔はいつも通りの、感情の読みにくい顔をしていた。でもその言葉は、データではなかった。


「ありがとう」と美佳は言った。


翔は小さく頷いて、先に廊下に出た。


図書館を出て、朝倉と並んで歩いた。


「依存度か」と朝倉が言った。


「うん」


「美佳はどう思った、あの仮説」


美佳は少し考えてから答えた。


「怖いと思った。でも、あり得ると思った」


「俺も」と朝倉は言った。「確証はないけど、あり得る。それが一番厄介だな」


「うん」と美佳は言った。


確証のないまま、あり得る、と思い続けることの重さを、二人とも分かっていた。


藍都の午後が、静かに続いていた。


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