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アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


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第22話 不安の共有

 翌朝、朝倉から指定されたのは図書館だった。


 いつもの喫茶店ではなく、図書館。それだけで、美佳は話の重さを少し測った。


 入口を入って、奥の閲覧スペースへ向かう。朝倉はすでにいた。テーブルの上にノートパソコンと、手書きのメモが数枚。顔を上げた朝倉の表情は、いつもより少し固かった。


「来てくれてありがとう」


「ポスター、何枚確認しましたか」


 挨拶より先に、美佳は聞いた。


 朝倉は一瞬だけ目を細めた。それから答えた。


「昨日の時点で、十七枚」


 美佳は椅子を引いて座った。


「一晩で?」


「いや、三日かけて。ただ昨日だけで六枚増えた」


 三日で十七枚。昨日だけで六枚。


 美佳が気づいたのは三枚だった。同じ商店街の、同じ区画の中で。それが藍都全体では十七枚になる。


「エリアは」


「中心部の商店街が多い。ただ、住宅街にも二枚出た。駅前にも一枚」


 朝倉はメモを一枚、美佳の前に置いた。手書きの地図だった。丸印が十七か所。藍都の地図の上に、点が散らばっている。


 美佳は地図を見た。


 無秩序ではなかった。人が集まる場所、目に入りやすい場所、立ち止まりやすい場所──そこに集中していた。貼る場所を、誰かが考えていた。


「許可を取っている?」


「取っている店がほとんどだと思う。断られた形跡がない」


「断りにくい頼み方をしたんでしょうね」


 朝倉は少し間を置いた。「そうだと思う」


 二人はしばらく黙った。


 図書館の静けさが、かえって話の輪郭をくっきりさせた。空調の音。遠くでページをめくる音。それだけ。


「翔さんには連絡しましたか」美佳は聞いた。


「した。@LAPIS_echoの投稿と、ポスターの展開を照合してる。今日中に何か出ると思う」


「一致すると思いますか」


「する」朝倉は即答した。「投稿のペースとポスターが増えるペースが、連動してる。オンラインとオフラインを同時に動かしてる」


 美佳は地図を見たまま、一度目を閉じた。


 オンラインとオフライン。@LAPIS_echoで問いへの渇望を育てながら、街にポスターを貼って実際に問いを集める。二つのルートが、同じ方向を向いている。


「設計されてる」


「うん」


「彩音が一人でやってるとは思えない」


「思えない」朝倉は静かに言った。「ただ、彩音が知らずに動かされてる可能性も、まだある」


 美佳はその言葉を、すぐに返せなかった。


 彩音が知らずに動かされている。あるいは、彩音が中心にいる。どちらも、今の美佳には確かめる手段がなかった。昨日会ったとき、彩音の目は澄んでいた。嘘をついているようには見えなかった。でも澄んだ目が、嘘の証明にはならない。


「有栖川さんには」


「まだ話していない。今日話すつもり」


 図書館を出たのは、一時間後だった。


 外は昨日より風が強かった。美佳はコートの前を閉じた。


 朝倉が並んで歩きながら、ふと言った。


「美佳、昨日のポスター。三枚って送ってきたけど、最初に気づいたのはどこ」


「書店です。一枚目を見たとき、構造が似てると思った」


「LAPISに」


「はい」


 朝倉は少し黙った。「俺が一枚目に気づいたのは、駅前の掲示板だった。最初はイベントの告知かと思った。二枚目を見て、おかしいと思った」


「三枚目で確信した?」


「うん」


 美佳は前を向いたまま言った。「私は一枚目で、なんとなく分かった」


 朝倉は何も言わなかった。


 でも美佳には、その沈黙の意味が少し分かった。朝倉は「なぜ美佳が一枚目で分かったのか」を、今考えている。同じことを、美佳自身も考えていた。


 LAPISのアンケートに、それだけ深く触れていたということなのか。それとも──もともと美佳の中に、あの構造を読み取る何かがあったのか。


 翔の言葉が戻ってきた。


「美佳がアンケートの途中で、問いの構造に無意識に気づいていた可能性がある」


 まだ誰にも言っていない、朝倉の仮説。


 でも今、その仮説の輪郭が、美佳の中でも静かに形を作り始めていた。


 別れ際、朝倉は言った。


「彩音に、もう一度会うつもりはある?」


「あります」美佳は答えた。「ただ、もう少し待ちたい」


「何を待つ?」


「翔さんの分析と、有栖川さんの話。それを聞いてから」


 朝倉は頷いた。「分かった。急かさない」


 その言葉が、彩音の「待ちます」と重なった。


 急かさない人が、二人いる。どちらも、美佳のことを思って言っている。それは分かる。分かるから、かえって美佳は自分の答えを急ぎたくなかった。


 誰かの「待つ」に乗っかった答えを、出したくなかった。


 アパートに帰り着いて、美佳はコートを脱いだ。


 テーブルの上に、昨夜書いたノートが開いたままだった。点と点を書き出したページ。今日、新しい点が増えた。


 ペンを取った。


 「十七枚。三日で。昨日だけで六枚」


 書いて、ペンを置いた。


 地図の上の十七の丸印が、まだ目の裏に残っていた。無秩序ではなかった。人が集まる場所に、集中していた。


 誰かが、街を読んでいる。


 美佳が街を読むように、誰かが藍都を読んで、ポスターを貼っている。


 その「誰か」と美佳は、同じ方法で街を見ている。


 それが一番、気持ち悪かった。

十七枚。まだ増えている。


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