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アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


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2/12

第1話 アンケートのない朝

目覚ましが鳴る前に、三枝美佳(さえぐさみか)は目を覚ました。




 天井の染みを見つめながら、今日の予定を確認する。午後からカフェのシフト。それまでは何もない。特別なことは何もない一日のはずだった。




 はずだった、という言葉が頭に浮かんだことに、美佳は小さく苦笑した。




 ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。藍都の朝は薄曇りで、空の色がどこか煮え切らない灰色をしていた。晴れとも雨ともつかない、答えを保留したような空。




 美佳はしばらくそれを眺めてから、着替えに取りかかった。




 今日は私服でいい。クローゼットを開けると、服がいくつか掛かっている。どれにするか、特に決めていない。手が自然と伸びて──そこで止まった。




 ニットか、パーカーか。




 どちらでもいい。カフェのシフトまで時間があるし、誰かに会う約束もない。それなのに美佳の手は、二着の間でしばらく浮いたままでいた。




 こんなことに迷うなんて、おかしい。




 美佳は強引にパーカーを掴んで、袖を通した。鏡の中の自分が、少し疲れた顔をしていた。








 朝食はトーストと目玉焼きだった。




 フライパンに油を引いて、卵を割る。黄身が真ん中にくるように、と意識した瞬間、美佳は自分の思考に気づいて手を止めた。




 真ん中に、なんてどうでもいい。ただの目玉焼きだ。




 でも気になってしまう。黄身の位置が少しでも偏っていると、落ち着かない気がした。




 出来上がった目玉焼きは、黄身がわずかに右へ寄っていた。美佳はそれを皿に乗せ、眺めて、それからフォークを刺した。




 食べながら、窓の外を見る。向かいのビルの壁が見えて、その隙間に藍都の空が少しだけ覗いている。何も変わっていない。アンケートが消えた後も、街はいつも通りに動いていた。




 もう、選ばれなくていいはずなのに。




 その言葉が浮かんで、美佳はトーストを置いた。




 選ばれなくていい。それは自由のはずだった。誰かに問いを投げつけられることも、答えを迫られることも、もうない。そのはずなのに、美佳の指は朝から何度も止まっている。服を選ぶとき。目玉焼きの黄身の位置を確認するとき。




 選ぶことに、慣れすぎてしまったのだろうか。




 それとも──選ぶことの意味を、考えすぎるようになってしまったのだろうか。




 美佳はもう一度トーストを手に取り、無造作にかじった。バターの味がした。






 シフトまで時間があったので、美佳は近所を少し歩くことにした。




 イヤホンを耳に差して、プレイリストを開く。シャッフル再生か、順番通りか。




 指がシャッフルのアイコンの上で、一秒だけ迷った。




 また。




 美佳は苦笑して、シャッフルを選んだ。流れてきたのは知らない曲で、テンポが速く、歌詞の意味がよく聞き取れなかった。




 歩道の端に、銀杏の葉が落ちていた。踏むか、避けるか。




 美佳は避けた。




 次の葉も、避けた。




 三枚目で、立ち止まった。




 なんで避けてるんだろう。




 特に理由はない。踏んでも何も変わらない。それでも足が自然と避ける経路を選んでいた。いつから、こんなふうになったのだろう。




 後ろから自転車が来て、美佳は慌てて端に寄った。自転車が通り過ぎていく。運転していたのは見知らぬ中年の男性で、美佳のことなど気にも留めずに走り去った。




 当たり前だ。誰も美佳の「選択」など見ていない。




 それでも美佳には、自分のすべての動作が何かを意味しているような感覚が抜けなかった。服も、目玉焼きも、銀杏の葉も。まるでどこかで誰かが、記録しているような。




 ──あなたはどちらを選びますか?




 頭の中で、あの画面が浮かんだ。白地に黒い文字。選択肢がふたつ。どちらを押しても、世界は動いていく。




 美佳は首を振って、歩き出した。




 もうあの画面はない。LAPISのサーバーは止まった。アンケートは終わった。




 終わった、はずだ。




 商店街の入り口まで来たとき、スマートフォンが震えた。朝倉純(あさくらじゅん)からのメッセージだった。




 『今日、時間ある?少し話したいんだけど』




 短い文面。用件は書かれていない。




 美佳は画面を見つめて——返信する前に、一度だけ深呼吸をした。




 『午前中なら。どこかで会う?』




 送信して、スマートフォンをポケットに戻す。




 また選んだ、と思った。ごく当たり前の、小さな選択を。




 でも今は、それでいいと、美佳は思うことにした。





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