表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半身のペンネーム2  作者: マーたん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/13

第七話「交差点」

第七話後半では、物語の空気が大きく変化します。


これまで雄大の中で燻っていた違和感や疎外感が、ついに明確な形として表面化しました。


この場面で描きたかったのは、単純な感情の爆発ではありません。


「立っている世界の違いに気付いてしまった瞬間」


それこそが本質になります。


雄大はこれまで、努力や常識が通用する世界で生きてきました。

しかし、篤・歩・亜紀の三人はすでに別の基準で会話している。


このズレは才能の有無だけの問題ではなく、

環境・価値観・経験の差から生まれるものです。


そして重要なのは、誰も雄大を慰めないこと。


この物語の世界では、優しさよりも現実が先に来ます。


それが今後の展開を決定づける、非常に大きな転換点となります。

月園舎の打ち合わせ室は、妙に静まり返っていた。


原稿。

コーヒー。

無機質な机。


そして、居心地の悪い沈黙。


「……で?」


扉の前で立ち止まった女が言った。


奈那峰亜紀。


その場の空気を一瞬で支配する存在感。


ラフな私服。

無造作な仕草。


だが、視線だけで分かる。


この女は、場慣れしている。


「本当にいた」


小さく笑う。


その視線の先には篤。


「編集者って聞いた時は半信半疑だったけど」


八島歩が椅子に座ったまま答える。


「失礼ですね」


だが声にはどこか親しい響きがあった。


雄大の胸がざわつく。


この距離感。


この空気。


自分だけが完全に部外者の感覚。


「久しぶり」


亜紀が歩へ向けて言う。


「相変わらず真面目そうで安心した」


「そっちは相変わらず自由そうですね」


軽いやり取り。


だがそこには長年の関係性が滲んでいた。


篤が不機嫌そうに呟く。


「なんで来てんだよ」


亜紀は悪びれもせず言った。


「歩から聞いたから」


「面白い話があるって」


雄大の視線が歩へ向く。


歩は平然としていた。


「事実ですから」


「彼氏が持ち込みに来たなんて、なかなか聞きません」


篤が舌打ちする。


「余計なこと言うなよ……」


亜紀が笑う。


その笑い方にはどこか余裕があった。


雄大は気付く。


この女は完全に「こちら側」の人間だ。


業界の空気。

大人の距離感。


全てが自然すぎる。


自分とは決定的に違う。


「で?」


亜紀が原稿へ視線を落とす。


「どうなの」


その瞬間、歩の表情が変わった。


編集者の顔。


私的な空気が完全に消える。


「武器はある」


静かな声。


「でもこのままでは通らない」


篤が即座に反応する。


「だから何直せってんだよ」


歩は迷わず言った。


「全部です」


空気が張り詰める。


雄大の心臓が跳ねる。


亜紀の目が細くなる。


篤の視線が鋭くなる。


「構図が甘い」


「キャラクターの感情線が弱い」


「見せ場の設計が未熟」


容赦のない言葉。


一切の遠慮がない。


「才能で押し切れる段階じゃない」


完全な否定ではない。


だが甘さもない。


篤が机へ肘をつく。


苛立ちが露骨に滲む。


「……あんたさ」


「さっき才能あるって言ったよな」


歩は即答する。


「言いました」


「だからこそ言ってるんです」


視線がぶつかる。


編集者と描き手。


完全な対立構図。


「未完成の才能ほど危険なものはない」


「勘違いが一番の敵です」


雄大の背筋がぞくりとする。


言葉の圧。


空気の緊張。


亜紀が静かに笑う。


「相変わらず容赦ないね」


だがその声にはどこか楽しんでいる響きがあった。


篤が鼻で笑う。


「上等だよ」


「じゃあ具体的に言えよ」


歩の目が鋭くなる。


「言いましょうか」


そこから始まったのは――戦いだった。


コマ割り。

視線誘導。

心理の演出。


専門用語が飛び交う。


理屈。

構造。

設計。


雄大の理解を超える会話。


篤が反論する。


歩が即座に切り返す。


一歩も引かない。


完全な編集バトル。


その光景を前に、雄大の中で何かが崩れ始めていた。


「……なんだよ……これ……」


自分の知らない領域。


自分の入れない世界。


才能を語る人間。

作品を裁く人間。


どちらも異常に見える。


そして気付く。


自分だけが圧倒的に場違いだ。


「……俺は……」


誰にも聞こえない声。


積み重ねてきた努力。

守ってきた優等生の立場。


だが今この場では、何の意味も持たない。


篤がいる。

歩がいる。

亜紀がいる。


全員が同じ言語で会話している。


自分だけが理解できない。


疎外感が一気に膨れ上がる。


「……ふざけんなよ……」


思わず声が漏れた。


室内が静まり返る。


三人の視線が雄大へ向く。


自分でも何を言おうとしているのか分からない。


だが感情だけが溢れていた。


「なんで……」


「なんで当たり前みたいに話してんだよ……」


息が荒くなる。


「才能だの編集だの……」


「俺には……何も分からねえよ……!」


沈黙。


空気が変わる。


亜紀が僅かに目を見開く。


篤が黙り込む。


歩だけが静かに雄大を見る。


その視線は冷静だった。


「……それが普通です」


淡々とした声。


残酷なまでに平然とした言葉。


「この世界の外側にいた人間は、最初は全員そうなります」


雄大の胸へ突き刺さる。


救いではない。


慰めでもない。


ただの事実。


「問題は――」


歩が続ける。


「そこからどうするか、です」


逃げ場のない現実。


雄大の呼吸が乱れる。


そして初めて理解する。


この世界は、想像より遥かに残酷だ。


だが同時に――


決定的に引き返せない場所へ足を踏み入れていることも。


三つの世界が交差する。


才能。

現実。

劣等感。


物語は、完全に新しい局面へ突入していた。


重苦しい沈黙が部屋を満たしていた。


誰もすぐには口を開かなかった。


雄大自身でさえ、今の感情の爆発に戸惑っていた。


言ってしまった。


抑えきれなかった。


喉の奥が焼けるように熱い。


「……はぁ……」


荒い呼吸だけがやけに響く。


視線を感じる。


逃げ場のない圧。


最初に動いたのは篤だった。


「……何キレてんだよ」


低い声。


いつもの軽さがない。


だが怒っている様子でもない。


むしろ、どこか困惑しているような響き。


雄大は思わず睨み返す。


「お前には分かんねえだろ……」


掠れた声。


「最初からそっち側の人間なんだから」


空気が一瞬だけ揺れる。


その言葉に最も強く反応したのは歩だった。


「それは違います」


静かな否定。


だが強い。


「藤堂くんも最初からこの世界の人間ではありません」


篤の眉が僅かに動く。


雄大の胸にまたざわめきが走る。


歩は続ける。


「才能がある人間は、結果的にそう見えるだけです」


「最初から特別だったわけじゃない」


淡々とした理屈。


だが、どこか容赦がない。


雄大の苛立ちが再び燃え上がる。


「じゃあ何だよ……」


「俺が悪いって言いたいのかよ……」


歩の視線は変わらなかった。


「善悪の話ではありません」


「認識の話です」


冷静すぎる声。


感情を一切挟まない編集者の言葉。


「狭間くん」


名前を呼ばれ、雄大の心臓が跳ねる。


「あなたは今、自分が外側にいると感じている」


「それ自体は間違っていません」


胸の奥が冷える。


否定されない。


だが救われもしない。


「ですが」


歩の声が僅かに変わる。


「それは永続的なものではありません」


雄大の思考が一瞬止まる。


意味が理解できない。


「……え……?」


亜紀が静かに口を開く。


「要するにさ」


椅子の背にもたれながら言う。


「今分からないのは当たり前ってこと」


軽い調子。


だが視線は鋭い。


「誰だって最初は素人なんだから」


雄大は言葉を失う。


篤を見る。


歩を見る。


亜紀を見る。


全員の言葉が噛み合っている。


自分だけが理解できないわけではない。


だが――納得できない。


「……簡単に言うなよ……」


小さく漏れる。


亜紀が笑う。


「簡単じゃないよ」


「だから面白いんでしょ」


その一言に、雄大の胸がざわつく。


篤が口を挟む。


「つーか」


気だるそうに言う。


「お前、何もしてねえじゃん」


一瞬、意味が分からなかった。


だが次の瞬間、言葉の刃が突き刺さる。


「分かんねえ分かんねえ言ってるだけで」


「見ようともしてねえ」


空気が凍る。


雄大の視界が揺れる。


「……っ……」


反論が出ない。


図星だった。


理解できない。


だが本気で理解しようともしていなかった。


ただ拒絶していただけ。


歩が静かに頷く。


「厳しいですが、正論です」


容赦のない追撃。


「この世界は待ってくれません」


「分からないなら学ぶしかない」


「嫌なら離れるしかない」


選択肢は二つだけ。


残酷なほど単純。


雄大の拳が震える。


悔しさ。


怒り。


そして強烈な劣等感。


自分が圧倒的に遅れているという事実。


「……クソ……」


誰に向けた言葉か分からない。


だが胸の奥で何かが燃え始めていた。


篤が立ち上がる。


「まあいいだろ」


ぶっきらぼうに言う。


「どうせ巻き込まれてんだから」


歩が僅かに笑う。


「ええ」


「もう無関係ではいられません」


亜紀が面白そうに二人を見る。


「いいじゃん」


「青春っぽくて」


雄大は顔を上げる。


まだ整理はできない。


まだ納得もしていない。


だが、はっきり分かる。


ここは引き返せる場所ではない。


この世界。


この空気。


この異常な交差点。


自分の人生は、すでに確実に逸れ始めていた。

今回の続き部分で意識したのは、「逃げ場の消失」です。


雄大は怒りを爆発させましたが、

物語はそこで彼を救済しません。


代わりに提示されるのは極めて残酷な事実。


分からないなら学ぶしかない。

嫌なら離れるしかない。


創作の世界、そして競争の世界では、

この単純すぎる構造が支配的に存在します。


また、篤の言葉も重要な意味を持ちます。


彼は決して優しい人間ではありません。

だが同時に、最も本質を突く人物でもあります。


「見ようともしてねえ」


この一言は、雄大だけでなく読者にも向けられた問いになります。


才能とは何か。

努力とは何か。

そして、世界を変える覚悟とは何か。


物語はここからさらに加速していきます。


雄大の選択。

歩の本性。

篤の異常性。


三つの要素が、次の章でより激しく衝突することになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ