第三話「理解不能な才能」
第三話では、物語の軸の一つである「才能」という要素をより前面に押し出しました。
第一話は衝突。
第二話は共通点。
そして第三話は――違和感。
狭間雄大にとって藤堂篤は、単なる不良ではなくなりつつあります。
理解できない存在。
認めたくない相手。
しかし無視できない現実。
この段階で重要なのは、友情や協力ではありません。
むしろ逆で、「拒絶と関心が同時に存在する状態」を意識しています。
人間関係において最も物語的に美味しいのは、綺麗な好意よりも、こうした歪んだ引力だったりします。
そして篤の才能の扱い。
努力型ではなく、説明不能なものとして描くことで、雄大の価値観との対立を明確にしました。
積み重ねの人間と、理屈を飛び越える人間。
この構図は今後の物語の重要な燃料になります。
放課後の教室は、どこか現実感が薄い。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、
窓から差し込む夕陽だけが空間を支配している。
狭間雄大は一人、席に座っていた。
机の上にはノート。
だが開かれたページに並ぶのは数式ではなかった。
無意識に描かれた線。
意味のない落書き。
そして、その中心。
一人の人物のラフスケッチ。
「……何やってんだ俺は……」
小さく呟く。
自分でも理解できなかった。
昨日、篤の絵を見てからというもの、
頭の中からあの線が離れない。
あのタッチ。
あのバランス。
あの異常な完成度。
努力の痕跡が見えない絵。
それが雄大の神経をざらつかせていた。
「勉強しろ……」
自分に言い聞かせるようにノートを閉じる。
その瞬間――
「お、優等生」
背後から声がした。
反射的に振り向く。
藤堂篤だった。
いつの間にか教室の入口に立っている。
相変わらず気だるそうな顔。
制服は着崩れたまま。
「……なんでいるんだ」
「教室使っちゃ悪いのかよ」
篤は当然のように歩いてくる。
勝手に椅子へ腰を下ろす。
沈黙。
気まずい空気。
だが篤は気にする様子もなく言った。
「お前さ」
「昨日の顔、面白かったな」
「……何の話だ」
「絵見た時の顔」
雄大の眉が僅かに動く。
図星だった。
篤はニヤリと笑う。
「認めたくないって顔してたぜ」
「……別に」
「は、分かりやす」
苛立ちが募る。
この男の態度は常に癇に障る。
だが、それ以上に気になることがあった。
「……なんで描いてるんだ」
篤の視線がわずかに変わる。
「何が」
「その絵だ」
「暇つぶしじゃないのか」
篤は一瞬だけ黙った。
そして天井を見上げる。
「……まあな」
「暇つぶしっちゃ暇つぶし」
曖昧な答え。
雄大の中で違和感が膨らむ。
「普通じゃないぞ」
「お前の絵」
「は?」
「あれは趣味のレベルじゃない」
篤が小さく笑う。
だがその笑いには、僅かな自嘲が混ざっていた。
「知らねえよ」
「気付いたら描けてたんだし」
その言葉が、妙に重く響いた。
気付いたら。
それだけ。
雄大は言葉を失う。
自分は違う。
積み重ね。
努力。
反復。
全て計算の上にある成果。
だが篤は違う。
理屈の外側にいる。
「……ムカつくな……」
思わず零れる本音。
篤の眉がぴくりと動く。
「あ?」
「いや……」
だが止まらなかった。
「俺は必死でやってるのに」
「お前は適当でそれかよ」
教室の空気が一気に変わる。
篤の視線が鋭くなる。
だが怒りではなかった。
どこか冷めた、奇妙な目。
「……必死ねえ……」
低い声。
「お前は勉強だろ」
「俺は絵」
「それだけの違いじゃねえの」
軽く言う。
だがその言葉には妙な説得力があった。
雄大は反論できなかった。
篤が机に肘をつく。
「才能とか言いたいんだろ?」
挑発的な口調。
「別にどうでもいいけどな」
「描けりゃ」
その無頓着さが、さらに雄大を苛立たせる。
「どうでもいいわけないだろ」
「武器だぞそれは」
篤が一瞬だけ真顔になる。
そして小さく笑う。
「武器ねえ……」
「だったら使うしかねえか」
その言葉に、妙な熱が宿っていた。
雄大は初めて気付く。
この男は本当に軽いだけではない。
どこかに、異様な執着がある。
「……お前……本気なのか」
「漫画家」
篤は即答しなかった。
窓の外を眺めながら、ぽつりと呟く。
「……なれたら面白そうじゃね?」
相変わらず軽い。
だが――
その目は笑っていなかった。
雄大の胸の奥に、説明不能な感情が芽生える。
軽蔑でも怒りでもない。
危機感。
そして――
興味。
理解不能な人間。
理解不能な才能。
だが確信だけはあった。
この男は、自分の人生に関わってはいけない類の存在だ。
そして同時に――
最も無視できない存在でもあった。
夕陽が教室を赤く染める。
二人の影が長く伸びる。
物語はまだ始まったばかりだった。
第三話の核心は、雄大の感情の変化です。
彼はまだ篤を嫌っています。
だが同時に、無意識のうちに強く意識し始めている。
この「認めたくないのに気になる」という状態は、物語において非常に強力です。
特に今回強調したのは、篤の危うさ。
彼は夢を語っているようでいて、決して純粋な夢追いではない。
軽い言葉の裏に、妙な熱や執着が見え隠れする。
この不安定さが、作品全体の緊張感を支えていきます。
また、才能というテーマは単なる羨望や嫉妬では終わりません。
才能は救いにもなり、呪いにもなる。
その二面性を徐々に掘り下げていく予定です。
二人の距離は依然として最悪。
だが心理的な結び付きだけは、確実に強まりつつあります。




