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半身のペンネーム2  作者: マーたん


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第十三話 ― ライバル

ライバルという存在は、時に敵ではなく「鏡」なのかもしれない。

自分に足りないもの、認めたくない現実、逃げ場のない劣等感――

それらを容赦なく突きつけてくるからこそ、厄介で、そして避けられない。


順調に進んでいるはずの持ち込み。

だが、かつて同じ場所にいた男の登場によって、空気は一変する。


才能か、努力か。

勢いか、計算か。


静かで残酷な火花が、今、散る。

月園舎の廊下は、いつもより騒がしかった。


編集者たちがざわつき、電話が鳴りやまず、誰かが小走りで通り過ぎる。

その中心にある名前が、自然と耳に飛び込んでくる。


「今週もアンケート一位だってさ……」


「やっぱり化け物だよな」


「連載三作目でこれって何なんだよ……」


篤は足を止めた。


「……一位?」


隣を歩いていた雄大も顔を上げる。


壁に貼られたポスター。

新刊告知。

派手な煽り文句。


そこに堂々と刻まれた名前。


中直なかなお 修司しゅうじ


「…………」


空気が凍る。


篤の表情が、明確に変わった。


「おい……嘘だろ……」


「知り合いか?」


雄大が尋ねた瞬間、篤は舌打ちした。


「知り合いどころじゃねえ」


低い声。


「元・同じ学校」


「……え?」


「しかも」


篤の目が細くなる。


「あいつ、昔からクソほど嫌いなタイプ」


 



 


編集部内。


八島歩は珍しく真面目な顔で資料をめくっていた。


「説明しておきますね」


机の上に広げられたデータ。


売上推移。

アンケート順位。

重版記録。


どれも異常な数字。


「中直修司先生。現在、週刊ジョップの看板作家」


「先生って歳でもねえだろ……」


篤が吐き捨てる。


歩は無視した。


「デビュー後、即ヒット。以降、外れなし」


「……そんな人間いるのかよ」


雄大の声は乾いていた。


「います」


歩はあっさり断言する。


「そして厄介なことに――」


ページをめくる。


「非常に器用で、非常に計算高い」


「最悪じゃねえか」


「さらに」


歩の視線が篤へ向く。


「あなたと同じ学校出身」


沈黙。


雄大がゆっくり振り向く。


「……お前、何も言ってなかったよな?」


「言う必要ねえだろ」


「必要だろ普通!」


 



 


その日の夕方。


まさに噂の人物は、あっさり現れた。


編集部入口。


どよめき。


「中直先生来たぞ……」


「うわ、本物だ……」


「オーラやべえ……」


篤は振り返る。


そして――固まる。


「………………」


記憶と完全一致。


変わっていない。


柔らかい笑顔。

人当たりの良さそうな目。


だが篤だけは知っている。


「あいつ……」


中直修司は編集部を見渡し、軽く会釈した。


その視線が、篤で止まる。


一瞬の静止。


次の瞬間。


「……あれ?」


穏やかな声。


「もしかして……藤堂?」


空気が張り詰めた。


編集者たちの視線が一斉に集まる。


篤は笑わなかった。


「久しぶりだな」


吐き出すような声。


「売れっ子先生」


中直は少しだけ目を細めた。


「いやいや……そんな大層なもんじゃないよ」


相変わらずの柔らかい口調。


だが。


「まだ描いてたんだな」


その一言。


篤の眉が跳ね上がる。


「……何だと?」


「いや、だってさ」


中直は悪気のない顔で続けた。


「お前、すぐ辞めるタイプだったじゃん」


 


――ブチッ。


 


雄大の背筋に、はっきりと嫌な音が走った。


篤の目が完全に据わる。


編集部の空気が一気に冷える。


八島歩だけが、小さくため息をついた。


「……始まりましたね」


静かに。


戦場の幕が上がった。


 



 


アンケート一位の男。


過去を知るライバル。


最悪の再会。


そして篤の中で、何かが確実に燃え始めていた。


「……絶対に」


誰にも聞こえない声。


「潰す」


その宣言だけが、やけに現実味を帯びていた。


「潰す、ねえ……」


背後から、あまりにも軽い声が落ちた。


振り返る前に分かる。


中直修司だった。


いつの間にかすぐ後ろに立っている。


「相変わらず物騒だな、藤堂」


「……聞こえてたのかよ」


「聞こえるだろ、そんな殺気」


柔らかい笑顔。


だが目だけが笑っていない。


篤の拳がわずかに軋む。


「で?」


中直は編集部を見回しながら言った。


「持ち込み?」


その言い方。


ほんのわずかに含まれた優越感。


篤は即座に察知した。


「悪いかよ」


「悪くないよ」


即答。


「たださ――」


一歩、近づく。


「まだその段階なんだって思っただけ」


 


空気が凍りつく。


 


雄大の表情が強張る。


八島歩の眉間に皺が寄る。


「中直先生」


歩が低く割って入る。


「編集部での挑発は感心しませんね」


「挑発?」


中直は本気で不思議そうな顔をした。


「事実を言っただけですよ」


完全な正論の顔。


これが一番タチが悪い。


篤の怒気が跳ね上がる。


「てめえ……」


「何?」


中直の声は静かだった。


「違うの?」


 


言葉が刺さる。


 


何よりも残酷なのは――


否定できないことだった。


 



 


「……行くぞ」


低く呟いたのは雄大だった。


篤の腕を掴む。


「ここでやり合っても意味ない」


「離せ」


「離さない」


珍しく強い口調。


「今は違うだろ」


篤の歯が鳴る。


だが数秒後。


舌打ち。


「……チッ」


力が抜ける。


「逃げるのか?」


中直の声が背中に刺さる。


「藤堂」


篤の足が止まりかける。


雄大が強く引いた。


「無視しろ」


「……っ」


「今は」


その言葉に、篤はかろうじて耐えた。


 



 


廊下。


重苦しい沈黙。


先に口を開いたのは篤だった。


「クソが……」


壁を殴りかけ、寸前で止める。


「昔からああなんだよ、あいつ」


雄大は黙って聞いていた。


「表面だけいい奴で」


「中身は?」


「ド外道」


即答だった。


「全部計算で動くタイプ」


「……漫画も?」


「間違いなくな」


篤の声には確信があった。


「努力の天才ってやつだ」


 


努力。


才能。


結果。


 


雄大の胸がざわつく。


最も苦手な単語だった。


 


「……勝てるのか?」


思わず漏れる。


篤が睨んだ。


「誰が?」


「俺たちが」


沈黙。


篤の視線が逸れる。


ほんの一瞬だけ。


それが雄大の心を深く刺した。


 



 


編集室。


八島歩は腕を組んでいた。


珍しく苛立った顔。


「最悪のタイミングですね……」


「知り合いだったのか?」


雄大が尋ねる。


「業界では有名ですよ」


歩は吐き捨てるように言った。


「中直先生は――」


一呼吸。


「新人の心を折るのが異常に上手い」


「……は?」


篤と雄大が同時に固まる。


「悪意ではないのが厄介なんです」


「どういう意味だよ」


「本人は本気で正しいと思って言っている」


歩の声は冷えていた。


「だから止めにくい」


 


理屈の暴力。


正論の凶器。


 


雄大の背筋が寒くなる。


「でも」


歩の目が鋭く光る。


「だからこそ」


「……?」


「越えた時、価値がある」


篤の目が細くなる。


「燃料ってわけか」


「ええ」


歩は即答した。


「最高の、ね」


 



 


同じ頃。


別室。


中直修司はコーヒーを飲んでいた。


担当編集が苦笑する。


「またやりましたね」


「何がです?」


「藤堂篤」


中直は少しだけ考える。


そして。


「ああ」


興味なさそうに呟いた。


「まだあの目をしてた」


「目?」


「折れてない奴の目」


静かな笑み。


「……面白くなりそうだ」


 


戦いは、完全に始まっていた。

中直修司という男は、典型的な「悪役」ではありません。

むしろ彼は理屈も正しく、実力もあり、成功者としては真っ当な存在です。


だからこそ恐ろしい。


露骨な敵意よりも、正論の一言の方が深く刺さる。

悪意よりも、事実の方が人を追い詰める。


今回の衝突はまだ序章に過ぎません。

本当の意味でのライバル関係は、ここから歪み、加速し、物語を大きく動かしていきます。


そして何より――

雄大の中で静かに芽生えた感情が、今後の鍵になります。

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