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半身のペンネーム2  作者: マーたん


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第十二話 火花の行方

漫画家志望の戦いは、机の上で静かに始まる――

そう思っていた。


だが現実は違った。

感情、劣等感、意地、才能。


それらがぶつかり合う時、勝負はただの技術比較では終わらない。


この物語は、まだ何者でもない少年たちが、

「自分にしか描けない何か」を探し続ける記録である。


ここから、本当に燃え始める。

月園舎・編集部。


ドアを開けた瞬間から、空気が違った。


ざわつき。

ひそひそ声。

誰かが小さく笑い、誰かが露骨にため息をつく。


「……また来たぞ」


「例の問題児コンビ」


聞こえている。

当然、全部聞こえている。


それでも――


「行くぞ、雄大」


藤堂篤はいつもの調子で歩き出す。


「お前、心臓どうなってんだよ……」


狭間雄大は胃のあたりを押さえながら後に続いた。


視線の中心。


そこに座っているのは、

担当編集――八島歩。


彼女は机に肘をつき、頬杖をついたまま言った。


「遅い」


開口一番、それだった。


「いやいやいや、来てやっただけ感謝しろよ」


「帰っていいわよ?」


「すみませんでした」


即座に折れる篤。


編集部の何人かが吹き出した。


雄大はそっと距離を取る。

この二人のやり取りに巻き込まれるとろくなことがない。


歩は原稿を指で叩いた。


「ネーム、読んだ」


緊張。


どんな空気でも、この瞬間だけは変わらない。


「……で?」


篤が珍しく真顔になる。


歩は一枚めくった。


「悪くない」


沈黙。


編集部の空気まで止まる。


雄大が思わず顔を上げた。


「え……?」


「ただし」


来た。


「面白くなりそうな匂いはある。でも――」


パラ、とページが滑る。


「甘い」


篤の眉が動く。


「全部、逃げてる」


「は?」


「感情も、衝突も、結末も」


歩の視線が突き刺さる。


「安全運転すぎ」


篤の口元が歪んだ。


「……上等じゃねえか」


「あ?」


「要するに、もっと暴れろって話だろ?」


歩の目が細くなる。


「言葉を都合よく解釈しないで」


「でも当たってんだろ」


沈黙。


火花。


編集部の空気がざわめく。


雄大は背中に嫌な汗を感じていた。


この流れはまずい。


確実にまずい。


「藤堂」


歩の声が低くなる。


「あなた、自分の才能を過信しすぎ」


ピシ、と空気が裂ける。


篤の笑みが消えた。


「……は?」


「努力もしない、学校もまともに行かない、理屈も知らない」


容赦がない。


「そのくせ“売れる前提”で描いてる」


「……」


「舐めてるの?」


完全な挑発だった。


編集部が静まり返る。


そして――


篤が笑った。


乾いた、危険な笑い。


「言うじゃん、編集様」


雄大の鼓動が跳ね上がる。


止めろ。


やめろ。


頼むからやめろ。


「じゃあ聞くけどよ」


篤は歩の机に身を乗り出した。


「アンタ、描けんの?」


空気が凍る。


「漫画」


歩の瞳が揺れる。


ほんの一瞬。


「描けねえだろ?」


篤の声は静かだった。


だが、その静けさが余計に刺さる。


「描けねえ人間が、偉そうに語ってんじゃねえよ」


編集部の誰かが息を呑む。


完全な地雷だった。


しかし――


歩は表情を変えなかった。


むしろ、笑った。


「ええ、描けないわね」


篤が一瞬だけ言葉を失う。


「だから何?」


視線がぶつかる。


「私は描けない」


歩の声は揺れない。


「でも、“売れる漫画”は知ってる」


机を指で叩く。


「そして今、あなたのネームは」


一拍。


「売れない」


篤の瞳が鋭く細められる。


雄大は息ができなかった。


だが。


次の瞬間――


「……はは」


篤が笑った。


今度は違う笑い。


「いいね」


完全にスイッチが入った顔だった。


「最高じゃん」


「何が?」


「燃えてきた」


歩が呆れたようにため息をつく。


「子供ね」


「うるせえ」


篤は原稿を掴んだ。


「売れないって言ったな?」


「言ったわ」


「じゃあ――」


篤の目が光る。


「売れる形にしてやるよ」


雄大が驚く。


編集部がざわつく。


歩は静かに言った。


「できるの?」


「やるんだよ」


挑発的な笑み。


「アンタを黙らせるためにな」


歩は少しだけ笑った。


ほんの僅か。


「面白くなってきたわね」


戦争開始。


そんな音が聞こえた気がした。


そしてその横で――


雄大だけが、別の感情に襲われていた。


悔しさ。


焦り。


恐怖。


そして――


羨望。


(……こいつ、なんなんだよ)


問題児。


理解不能。


それでも。


誰よりも前に進もうとしている男。


雄大は拳を握った。


「……俺も描き直す」


篤がちらりと見る。


「は?」


「負けてられるかよ」


低い声。


真剣な目。


編集部の空気がまた変わる。


歩は静かに二人を見つめていた。


その瞳だけが――


ほんの少し、楽しそうだった。


火花は、まだ消えない。


むしろ――


ここからだった。



「描き直すって……今ここでか?」


篤が半ば呆れたように言う。


「今じゃないと意味ないだろ」


雄大の声は低かった。

いつもの優等生の響きではない。


編集部の端で誰かがひそひそと囁く。


「珍しいな、あの真面目君」


「ついにキレたか?」


歩は椅子にもたれ、腕を組んだ。


「いいわよ」


さらり。


「え?」


雄大が顔を上げる。


「スペース、使えば?」


歩は顎で空いた打ち合わせ机を示した。


「ただし――」


鋭い視線。


「逃げの修正は認めない」


雄大の背筋が伸びる。


「……はい」


「藤堂も」


「おう」


篤はもう笑っていた。


完全に戦闘モードだった。


「どっちが先に“売れるネーム”に近づけるか」


歩の声が淡々と落ちる。


「見せて」


編集部がざわめいた。


即席の勝負。


漫画家志望同士の殴り合い。


しかも相手は、よりにもよってあの二人。


「面白くなってきた……」


「仕事しろよお前ら……」


篤と雄大は机を挟んで座った。


同時にペンを握る。


一瞬の静寂。


そして――


カリ。


紙を削る音が重なる。


篤は迷いがない。

線が速い。

思考より先に手が動いている。


雄大は違う。


止まる。


考える。


また描く。


消す。


描く。


額から汗が落ちる。


(違う……こんなんじゃない……)


頭の中の理想と、現実の線が噛み合わない。


横を見る。


篤のページはもう何枚も進んでいた。


(なんでだよ……)


焦燥。


劣等感。


胸の奥がざわつく。


(俺の方が……ちゃんと勉強して……理屈も知ってて……)


なのに。


なぜ。


線の勢いも。


コマの熱量も。


明らかに違う。


「……っ」


雄大の手が震える。


その時だった。


「止まりなさい」


歩の声。


雄大のペンが止まる。


「顔」


「え……?」


「死んでる」


容赦のない一言。


「描いてる人間の顔じゃない」


雄大の喉が詰まる。


「狭間」


歩の視線は冷静だった。


「あなた、“正解”を探してるでしょ」


図星。


「漫画に正解なんてないわよ」


「……」


「あるのは」


一拍。


「熱量だけ」


言葉が刺さる。


雄大の胸の奥に。


深く。


痛いほどに。


「理屈も技術も大事」


歩は続ける。


「でもね」


静かな声。


「それだけじゃ、読者はページをめくらない」


沈黙。


雄大の拳が強く握られる。


「……くそ」


小さく呟く。


そして――


消しゴムを置いた。


描きかけのページを引き抜く。


真っ白な紙を置く。


深く息を吸う。


(正解じゃない)


(理屈でもない)


(じゃあ――)


ペンを握る。


次の線は。


迷いがなかった。


荒い。


未完成。


だが――


生きている。


歩の瞳がわずかに細くなる。


その横で。


「……はは」


篤が笑う。


「いい顔になったじゃん、優等生」


「うるせえ」


だが声に棘はない。


二人のペンの音が加速する。


編集部の誰もが、いつの間にか仕事の手を止めていた。


時間が溶ける。


数十分後。


「……できた」


篤が原稿を置く。


「……っ」


雄大もほぼ同時だった。


歩は立ち上がった。


二つのネーム。


順に手に取る。


編集部が息を呑む。


ページをめくる音だけが響く。


誰も喋らない。


やがて――


歩の指が止まった。


沈黙。


長い沈黙。


そして。


「……なるほど」


小さな呟き。


顔を上げる。


二人を見る。


「どっちも、さっきより遥かに良い」


編集部がどよめく。


篤がニヤリと笑う。


雄大の喉が鳴る。


「でも」


来た。


運命の言葉。


歩は一枚を持ち上げた。


「今回、より“読ませる力”があったのは――」


一瞬の間。


心臓が止まりそうな静寂。


そして。


「狭間」


編集部がざわめく。


雄大の目が見開かれる。


「え……?」


篤が固まる。


歩は淡々と言った。


「荒い。技術的にも未熟」


ページを軽く叩く。


「でも」


視線が鋭く光る。


「感情が前に出てる」


「……」


「ページをめくりたくなる」


雄大の呼吸が止まる。


理解が追いつかない。


篤がゆっくりと歩を見る。


「……マジで言ってんのか?」


「ええ」


即答。


「今回は、ね」


篤の口元が歪む。


悔しさ。


苛立ち。


だが――


次の瞬間。


「……くく」


笑った。


「最高」


「は?」


「面白えじゃん」


篤は雄大を見る。


獰猛な笑み。


「追い抜かれたってことだろ?」


雄大が言葉を失う。


「次は俺だ」


宣戦布告。


歩が小さく笑う。


編集部の空気が震える。


そして雄大は。


震える指で、自分のネームを見下ろしていた。


(……勝った?)


違う。


そんな単純な感情ではない。


胸の奥にあるのは――


熱。


確かな、熱だった。


火花は、確かに燃え広がっていた。


まだ誰も知らない。


この無謀な二人が。


後にどれほど面倒で。


どれほど厄介で。


そして――


どれほど厄介な存在になるのかを…

優等生が理屈を捨てた瞬間。

不良が敗北を笑った瞬間。


この二人の関係性が、ようやく固まり始めました。


才能の形は一つではなく、

評価の基準も決して単純ではない。


だからこそ、創作の世界は残酷で、そして面白い。


物語はまだ序盤。

むしろ、ここがスタート地点です。


次回、さらに面倒な展開へ。

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