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すれ違う関係

作者: San
掲載日:2026/02/10

朝のホームには、いつも同じ風が吹いていた。

人の波が押し寄せては引いて、

その隙間を縫うように、僕は毎日同じ場所に立つ。


彼女がいるのは、

改札を出てすぐの柱の横。


特別な理由はない。

気づけば、そこに彼女が立っていた日があって、

それから当たり前のように、

彼女はその場所にいる存在になった。


目が合うことは、ほとんどない。

でも、同じ時間、同じ場所にいる。

それだけで、なぜか僕は彼女を「知っている気がする」ようになった。


雨の日。

彼女はいつもより少しだけ遅れて現れた。

肩が濡れていて、

人の流れに逆らうみたいに立ち止まっていた。


僕は傘を持っていた。

けれど、差し出す理由はない

声をかける言葉もない。


知らない人に差し出すには、

少し近すぎる距離。

知り合いに差し出すには、

遠すぎる距離。


僕は一度、足を止めた。

傘の柄を握る指に、無駄に力が入る。

声をかけるなら、今しかないのに、

その「今」に踏み込めない。


人の流れが、背中を押す。

立ち止まることすら、ここでは許されないみたいだった。


そのまま、僕は彼女の横を通り過ぎた。

彼女は気づかなかったのか、

気づいていて見ないふりをしたのか、

それは分からない。


別の日。

夕方の交差点で、

僕は彼女を見つけた。


信号待ちの列の、少し後ろ。

スマホの画面を見ていて、

時々、画面から目を離して空を見る。


赤から青に変わる。

人の群れが一斉に歩き出す。


横断歩道の白い線の上で、

一瞬だけ、彼女と同じ速度になった。


影が重なって、

すぐに離れた。


それだけ。


季節が変わっても、

僕たちは同じ街のどこかですれ違い続けた。


朝のコンビニ。

昼の路地。

夜の駅前。


互いに、相手の名前を知らない。

声も聞いたことがない。

それでも、街の風景の中に、

相手の輪郭だけが残っていく。


ある日、

彼女は一輪の花を持って歩いていた。

誰かに会いに行く途中なのかもしれない。

誰かのために買ったのかもしれない。


何故か僕は、その花の色を覚えている。

理由はない。

ただ、忘れる事はできなかった


また別の日、

僕は包帯を巻いた手で改札を抜けた。

階段を下りる途中で、

彼女が一瞬こちらを見た気がした。


気のせいかもしれない。

視線が絡んだようで、

実際には絡んでいない。


それでも、その日は、

なぜか少しだけ胸が温かかった。


やがて、

彼女を見かけない日が増えた。


いつもの柱の横には、

別の誰かが立っている。

改札の前で立ち止まる人の顔は、

毎日違う。


それでも僕は、

無意識に同じ場所を見てしまう。


いない、と分かっているのに。


ある夜、

雨の強い日だった。


駅前の光が、濡れた地面に滲んでいる。

人は足早に通り過ぎていく。


人混みの向こうで、

傘の列が揺れた。


その中に、

見覚えのある横顔が一瞬だけ見えた気がした。


近づく前に、

流れに飲み込まれて消えた。


追わなかった。

追う理由も、追える関係も、

僕たちには最初からなかった。


そのまま、

僕は自分の帰る方向へ歩いた。


翌朝も、

翌週も、

翌年も、

街はいつも通り同じように回っている


きっと彼女も、

どこかで同じように歩いている。


互いの名前も、声も知らないまま。

一度も話すことのないまま。


同じ時間を生き

同じ街のどこかですれ違った二人だった。


何も残らない関係。

最初から最後まで、

「知り合いにすらならなかった」二人の関係は


すれ違った関係として街に残り続けていた

          街に忘れされていた

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