貴方の子ではありません
もし一番欲しいものを問われたとしたら、セリーヌ・コリントは迷わず「家族」と答えるだろう。
セリーヌは天涯孤独の身だった。16歳の時に流行病で両親と弟を失くし、頼れる親戚もいない。幸い身の回りの事は自分で出来る年齢だったこと、また両親の知り合いだった花屋の夫婦がセリーヌを店員として雇ってくれたおかげで、何とか生きていくことはできた。
しかし仕事を終えてガランとした家に帰った時や、仲の良さそうな親子連れを見かけた時――彼女の心はじくじくと痛んだ。
「すいません、店員さん。10リレくらいの予算で花束を作って欲しいのですが」
そんなセリーヌの前に現れたのがクロード・ディーツだった。最初はお金持ちの人かしら?くらいに思っただけだった。着ている服や身のこなしが、どう見てもそこらの町人とは違っている。
クロードは小さな商会の跡取りらしい。頻繁に訪れる彼に店員として対応しているうちに仲良くなり、「付き合ってくれないか」と告白された。
「でも私は親もいないし、ただの花屋の店員で」
「初めて会った時から気になっていた。君が好きなんだ」
「嬉しい……!私も、貴方のことが」
実家は国外から商品を買い付けており、国内有数の大手であるアードラー商会ともやり取りをしているとクロードは話した。結婚しようと言われ、高価そうな指輪も貰った。
両親のように仲の良い夫婦となって子供を持つことが、セリーヌの夢だ。クロードとならばその夢が叶うかもしれない。セリーヌの胸は希望に膨らんだ。だから母の教えに従い結婚までは純潔を守るつもりだったのに、身体も許してしまった。
しかしある時を境に、彼はふっつりと姿を見せなくなった。
ひと月、ふた月……当初は仕事が忙しいのだろう、国外へ買い付けにいっているのかもなどと考えていたセリーヌも徐々に不安になってくる。彼に何かあったのだろうか。もしや事故か、あるいは病気で動けなくなっているのではないかと。
やきもきしているうちに、セリーヌは身体の不調に気付いた。そういえば、月のものがもう2か月も来ていない。
居ても立っても居られなくなり、セリーヌはアードラー商会の門をたたいた。
「当商会の関係者にも取引先にも、そのような人はいません」
店長だという眼鏡の男性は、心底迷惑だという表情だった。
「でも、クロードさんは月に一度はこちらに商談で訪れていると」
「貴方のような女性が訪ねてくるのは初めてじゃないんですよ。こちらは本当に迷惑してるんです」
それでもまだ恋人を信じていたセリーヌは、方々で彼の事を聞きまわった。貴族向けの店舗が立ち並ぶエリアで姿を見かけた事があるという情報を得て、使用人のふりをして貴族街に入り込んだ。
そして何日も張り込んでいたセリーヌは、ついに恋しい人を見つけたのである。
「クロードさん!」
「何だ、お前は」
「近寄るな!この方は我が国で唯一の盟樹者であるアーサー・レッツェル卿だ。平民風情が気安く話しかけて良い相手ではない!」
彼へ駆け寄ろうとしたセリーヌは、護衛らしき騎士たちに阻まれた。
「レッツェル卿……?嘘よ、貴方はクロードさんでしょう?私、貴方の……」
貴方の子がと言いかけたセリーヌだが、アーサーは彼女へ冷たい視線を投げかけ、騎士に命じて彼女を追い払おうとする。
「待って、お願い、話を聞いて!」
「貴族に話しかけるとは無礼にも程がある。お前たち、少々痛めつけて身の程を分からせてやれ」
「はっ!」
暴れるセリーヌを捕まえたものの、騎士たちは路地裏で彼女を丁重に降ろした。
「主の命ではあるが、俺たちは神殿騎士だ。女子供に暴力を振るいたくはない。二度とレッツェル卿の前に姿を現さないと約束するのなら、このまま見逃そう」
「お願いです、彼と話をさせて下さい。私のお腹には彼の子が」
「……今の言葉は聞かなかったことにする。平民が貴族に話しかけるだけでも、その場で斬られてもおかしくない罪だ。分かるだろう?諦めた方が君の身の為だ。子供については気の毒だが、早めに処置したほうがいい」
トボトボと帰路につくセリーヌの頬に涙が零れ落ちる。
騎士の言う通り、堕ろした方がいいのかもしれない。
だけど彼女にとっては待ち望んでいた家族なのだ。その命を、どうしてこの手で消すことができようか。
(この子は私一人で育ててみせる……!)
しかし現実は厳しかった。妊娠したことが知られるにつれ、優しかった近所の人たちはセリーヌを遠巻きにするようになった。男たちの一部が卑猥な言葉を投げてくることもあった。彼らにとって、未婚でありながら身籠ったセリーヌはふしだらな娘でしかないのだ。
花屋の主人にも「すまないが、辞めてくれないか」と言われた。
この店はふしだらな店員を雇っているのか、と言ってくる客がいたらしい。さらに、セリーヌの子の父親は花屋の主人ではないかと噂されているのだ。
この街にはもういられない。
セリーヌは家財を処分したわずかなお金を持って、住み慣れた街を後にした。
◇ ◇ ◇
アーサー・レッツェル子爵にとって、女とは使い捨てるモノである。
彼は特に平民の女を好む。
貴族令嬢のように気位も高くなければ、頭も良くないから騙しやすい。娼婦と違って高い金を支払う必要もなく、安いアクセサリーを渡せば大喜びする。欲を吐き出す相手としては申し分ない。
こんなクズ思考の持ち主であるにも関わらず、アーサーは神官である。
豊穣の神サノアを信仰するサノア教はこのルドベキア王国の国教であり、各地域に神殿が在る。そのトップに君臨するデリア大神殿、その神官長がアーサーの役職だ。
まだ30代になったばかりのアーサーがなぜそのような要職を得られたかと言えば、それは彼が持つ特別な力にあった。
デリア大神殿の中央にそびえる聖樹。それはサノア神からの賜りものとされ、ルドベキア全体を護っている――と、聖書に記載されている。
数百年前にこの地が未曾有の大飢饉に見舞われた際、とある信心深い男がサノア神に全身全霊の祈りを一週間捧げた。サノアは彼の望みを聞き入れ、一本の聖樹を彼へ与えた。「聖樹がある限り、この国は豊穣が約束されるだろう」という言葉を残して。その後ルドベキアの飢饉は嘘のように収まったという。
祈りにより精魂尽き果てた男は身罷ったが、国王は彼が残した息子に爵位を与え、子々孫々まで聖樹を護るよう申し付けた。
そう、レッツェル子爵家こそがその末裔。
レッツェル家の人間は、生まれつき聖樹と繋がる能力――神脈力を持っている。その中でも特に力の強い者が聖樹の護り手「盟樹者」となり、定期的に神脈力を注ぐ役目を受け継ぐのだ。そして当代の「盟樹者」が、アーサーなのである。
週に一度、聖樹の前で祈りと神脈力を捧げる。それだけで終身の地位が約束されるのだから、楽なものだ。
ちなみに先代の盟樹者はアーサーの父だった。
アーサーの上には兄がいたが、父は強い神脈力を持つアーサーを嫡子に定め、長男は辺境に領地を持つ男爵家へ養子に出した。
次代の盟樹者であり、大神殿神官長の地位が約束された令息。周囲が彼を尊重するのは当然であった。そしてそんな扱いを受けた子供が増長するのもまた、当然の成り行きであったろう。
成人となり神官として大神殿に勤め始めたアーサーは、さっそく信者の若い娘に手を出した。
サノア教の神官は妻帯が認められており、それだけならば責められるほどの事ではない。しかし、アーサーには既に婚約者がいた。つまり不貞である。
しかも相手の娘は下位とはいえ貴族のご令嬢だった。当然ながら令嬢の父親は激怒したが、神殿長の説得という名の圧力と、アーサーの父が少なくない金額を支払ったことにより、なんとか揉み消すことができた。
アーサーの内面がどれだけ下衆であろうとも、この国にとって、また神殿にとって「盟樹者」は必要不可欠な存在。聖樹の護り手に瑕疵など一個たりとも付けてはならない、と神殿長は判断したのだ。
「お前は次代の盟樹者なのだぞ。振る舞いには気をつけろ。女遊びなら問題が起きないようにやれ」
そう息子を叱る父も、まあまあクズ思考である。
どうやら神脈力を授ける選択に人格は関係ないらしい。
貴族の令嬢は面倒だと学習したアーサーは、平民の娘を標的にし始めた。アーサーの容姿は悪くないし、貴族だけあって立ち居振る舞いは洗練されている。そんな彼にのぼせ上がる平民娘を手玉に取るのは簡単だった。相手が結婚を仄めかしてきたり、飽きてくると捨てて新しい女を探す。そんなことを繰り返した。
年老いた父が引退しアーサーが正式な盟樹者となり、婚約者であるアルビーナ・ロロット伯爵令嬢と結婚してからも、女遊び癖は治らなかった。
但し以前よりも人目を気を付けるようにはなった。格上の家から迎えた妻を疎かにするほど、アーサーも馬鹿ではない。だから女遊びの際は兄クロードの名を使うようになった。
クロードは辺境の地ルーロの神殿で神官職についているらしい。王都に姿を見せることもないのだから、名を騙ってもバレやしないだろう。
いつものように前の女を捨て、新しいカモを探してふらふらと街を歩いていたアーサーは、花屋の売り子をしている若い娘に目を付けた。目が大きく愛らしい顔立ちと、出るところは出ている所が大変好みだ。
客のフリをして店に通い、セリーヌ・コリントという名の彼女と仲良くなった。プレゼントを渡して口説けば、セリーヌはすぐにアーサーに惚れ込んだ。
しかし彼の思惑に反してセリーヌは貞淑な娘で、恋人となってもなかなか身体を許そうとしない。
(たかが平民の癖に、勿体ぶりやがって)
結婚の約束をしてようやく彼女と寝ることが出来た。
それからしばらくの間、アーサーはセリーヌと付き合った。彼にしては長続きした方だろう。妻が妊娠したせいもある。欲求不満を解消する相手が必要だったのだ。
「男の子か。良くやった、アルビーナ!」
月が満ち、妻アルビーナが男の子を産んだ。元気に良く泣く赤子だ。
自分の子供なのだ、強い神脈力を持っているに決まっている。この子が次代の盟樹者となればレッツェル家も、そして当主であるアーサーの行く末も安泰だ。
そう思えば息子が愛らしいと思えてくる。アーサーは息子をエリアスと名付け、大層可愛がった。
仕事以外の外出はひかえて家にいることが多くなり、アルビーナも喜んだ。傍目には幸せそうな家族に映ったかもしれない。
「クロードさん!」
「何だ、お前は」
ある日、王都の中心街へ妻と共に訪れたアーサーに、みすぼらしい服を着た女が駆け寄ってきた。それは顔すら忘れかけていた元恋人、セリーヌだった。
「おい、この無礼な女をどこかへやってくれ」
「待って、お願い、話を聞いて――」
護衛騎士が暴れるセリーヌを捕まえているうちに、妻を急かして馬車へ乗った。
(よりにもよって、妻と共にいるときに……)
アーサーは舌打ちした。
彼にとってセリーヌは過去の女であり、二度と会うつもりもなかったのだ。偽名を使っていたし身分も平民の商人だと伝えていたのだが、まさか貴族街まで入り込むとは……。
「お知り合いかしら?」
「いいや。どうせまた、兄がひっかけた女だろう。全く迷惑な話だ」
「ああ……クロード様も、相変わらずだこと」
妻には、兄クロードは素行が悪いため除籍されたと説明してある。夫へ疑いの目を向けていた彼女も、クロードの名を出すと納得したようだ。
護衛騎士にはセリーヌを多少痛めつけるよう命じておいた。これに懲りて、あの女は自分に付き纏わなくなるだろう。
そう考えて安心したアーサーは、セリーヌのことなどすっかり忘れ去った。
エリアスが二歳の誕生日を迎え、神脈力を測る儀式へ臨むことになった。
アーサーは息子を抱いた妻と共に聖樹の前に立つ。儀式を行うデリア大神殿の神殿長ピエールの他、王家から派遣された見届け人、そして各神殿の神殿長が自分たちを注視している。
国を守護する聖樹の護り手を選ぶ儀式は、サノア教にとって一大イベントなのだ。
「さあ、盟樹者の血を継ぐものよ。その手を」
アルビーナがエリアスの手を取り、聖樹から伸びた枝へと触れさせる。
……しかし、いつまで待っても聖樹からは何の反応も無かった。
アーサーが何度やり直させても同じだった。
「これは……神脈力を持たないということか?」
「盟樹者の子なのに……」
黙って見守っていた観衆がざわめき始める。その声が自分を嘲るように聞こえて、アーサーは臍を噛んだ。
(クソっ、この子ではなかったのか。ならば、すぐに次の子をもうけないと)
あれだけ愛らしいと思っていた我が子が急に汚らわしいものに見えてくる。神脈力を持たぬ子など、彼にとっては何の意味も無いのだ。
「静粛に」
ピエール神殿長の一喝で、場はぴたりと静まり返った。
「実はもう一人、盟樹者の候補がいる」
「は……?」
一瞬呆然としてしまったアーサーは、すぐに持ち直した。
盟樹者となりうるのはレッツェル家の血筋だけだ。他の候補者などいるはずがない。どうせ盟樹者の栄誉が目的の詐欺師だろう。
そう鼻で笑っていたアーサーの前に現れたのは――ルーロ神殿のアルバン神殿長、兄クロード、そしてセリーヌだった。
(何故、クロード兄上とセリーヌが……!?)
混乱するアーサーを余所に、ピエール神殿長が告げる。
「アルバン神殿長より、神官クロードの息子リュカに神脈力の兆しがあるという申し出があった」
「お待ちください!そこのクロードは神脈力が無いと判定され、他家へ養子に出された者。その子供に神脈力が受け継がれるはずが」
「アーサー神官長、黙りなさい。クロードとて、レッツェル家の血を引く者。隔世で能力が継がれた可能性もあるだろう。何にせよ、聖樹に触れてみれば分かることだ」
クロードと共に聖樹の前に立ったセリーヌが、リュカの手を持ち聖樹に触れされる。
その途端、聖樹がきらきらと光り輝いた。さらにはその細い幹が生きているかのようにシュルシュルと伸び、まるで彼との繋がりを望むかのようにリュカの手へ纏わりつく。
「おお……!これは、間違いなく聖樹の護り手が選ばれた証!」
観衆が歓喜に沸く中、アーサーだけが「こんなはずでは……」と焦っていた。
このままでは次代の盟樹者、そして大神殿の神官長の座は我が子エリアスではなく、あのリュカとかいう子供になる。盟樹者を出す家柄ゆえに尊重されてきたレッツェル家の権威も、堕ちてしまうだろう。
神脈力を持たぬ者として見下していた兄の子が、全ての栄光を奪い取っていく。その事実が受け止められない。
――しかしアーサーは、あることに気付いた。
そもそもセリーヌの子は本当に兄の子なのか?あの子はエリアスと変わらぬ年齢に見える。セリーヌがあの子を宿したのは、自分と付き合っていた時期ではないか?
そう考えれば、あの高い神脈力にも納得がいく。何せ、盟樹者である自分の血を引いているのだから。
「セリーヌ、その赤子は俺の子なんだろう?神脈力の強さが何よりの証だ」
アーサーはセリーヌへ駆け寄ったが、彼女は怯えたようにクロードの背に隠れる。内心苛つきつつも、アーサーは愛想笑いを浮かべながらセリーヌへ手を差し伸べた。
「平民の君に盟樹者の養育は荷が重いだろう。さあ、俺にその子を渡して――」
「ほう?これは異なことを」とクロードがアーサーを見据えた。
「リュカが産まれたのは、昨年の春。この子の父親がレッツェル卿だとするならば……貴方は妻がいる身でありながら、セリーヌと不貞を行ったことになりますが」
「……っ、そ、それは……」
アーサーは自らの失言に気付いた。
この場の全ての人間の視線が自分に向けられている。妻もまた、疑惑の目で自分を見つめていた。
冷や汗がだらだらと流れてシャツが背に張り付くが、アーサーは口を開くことが出来ない。
リュカを我が子だと認めれば、自らの不貞を認めたことになる。
しかし認めなければ――次代の盟樹者という栄誉は「クロードの息子」に奪われるのだ。
◇ ◇ ◇
(……やはり、認めないのね)
押し黙ってしまった元恋人に、セリーヌは昏い視線を向けた。
彼に対する恋心など、とうに無くなっている。けれどせめて子供の父親として、名乗り出るくらいの責任は果たして欲しかった。
王都を出たセリーヌが向かった先は、辺境の地ルーロにある修道院だった。ルーロ修道院は医療所を併設しており、望まぬ妊娠をしてしまった女性を受け入れている。ここの領主は代々信仰に篤く、不遇な女性のためにと私財を投じて医療施設を作らせたらしい。
そしてセリーヌは、ルーロ神殿の神官を努めるクロード・ディーツ男爵令息――本物のクロードと出会ったのだ。
事情を知ったクロードはセリーヌを自分の屋敷へ引き取り、落ち着いて出産できるよう使用人も付けてくれた。
「クロード様はどうしてここまでして下さるのですか?」
「弟の不始末の責任を取るため、もありますが……。セリーヌさん。もしあなたにアーサーを許せないと思う気持ちがあるのなら、私の復讐に協力して欲しいのです」
クロードは神脈力をほとんど持たない。だから両親である元レッツェル子爵夫妻にとって、彼は「要らない子」だった。
両親のそんな態度を見て育ったアーサーもまた、兄を見下すようになった。ある日暴力を振るってきた弟にやり返したクロードは、父親に酷く怒られた。
「アーサーは次代の盟樹者だぞ!お前如き無能が、傷をつけて良い相手ではない!」
それ以来アーサーの暴言暴力は益々酷くなったが、両親は勿論、使用人たちも見て見ぬふりだ。そしてルーロに領地を持つディーツ男爵家へと養子に出され、レッツェル子爵家から籍を抹消された。
幸いディーツ男爵夫妻は良い人たちだったため、クロードはひと時の幸せを得た。信心深い養父母の影響で神官になり、真摯な仕事ぶりは周囲にも認められている。
両親や弟にはもはや会う事もないだろう。彼は辛い過去を忘れようと努めた。
「ぶしつけな事をお伺いしますが……クロード様は最近王都に行かれましたか?」
男爵家へ出入りしている商人が遠慮がちに聞いてきた。
クロード・ディーツと名乗る男が、平民の女性たちを喰い物にしているらしい。男の風体を聞いて、クロードはアーサーだと確信した。
心から追い出そうとしていた深い怒りと恨みが、ふつふつと沸き起こる。何故神脈力を持たないだけで、ここまで虚仮にされなければならないのか……。
クロードは復讐を誓い、商人の助力を得てアーサーの所業を調査した。出るわ出るわの悪行の数々。
しかしどれだけ弟がクズであろうが、盟樹者である以上、神殿が彼を守るだろう。考えあぐねていた所へ現れたのがセリーヌだったのだ。
「彼を恨む気持ちは勿論あります。それに、クロード様は恩人ですもの。私に協力できることなら」
「そう言って頂けるのはありがたい。貴方の気持ちを無視してまで利用しようとは思っていませんでしたから」
「私は何をすれば……」
「恐らくですが、貴方のお腹の子は神脈力を持っている」
盟樹者になれる強い神脈力を持つ子供は、何故か一代に一人しか生まれない。クロード自身の神脈力はアーサーに比べると微弱なものだが、力を持っている人間を感知することくらいは可能だ。胎児の時点でこれほどなら、セリーヌの子は盟樹者に選ばれるだろうとクロードは語った。
そして二人は夫婦となり、お腹の子はクロードの種ということになった。全てはアーサーへの復讐のためだ。
盟樹者がリュカに決まった後も、アーサーは往生際悪く「次代の盟樹者ならば、レッツェル家で養育すべきだ!」と言い張った。しかしピエール神殿長からアーサーの素行に関する調査結果や神官たちからの陳述書を突き付けられ、「このような素行の者が、盟樹者の養父に相応しいとは思えない」と一蹴された。
「クロード神官の敬虔な仕事ぶりはルーロ神殿長から聞き及んでいる。サノア神は、彼こそ盟樹者の父に相応しいと判断したに違いない」
ピエール神殿長の声に参列者からは大きな拍手が上がった。
実際のところ、仕事を他の神官に押し付け女遊びにふけるアーサーにピエール神殿長はほとほと手を焼いていたのだ。そこへクロードが次代の盟樹者を連れて現れたのは、彼にとっても好都合だったのである。
アーサーは神官長の地位をはく奪、クロードが新たに神官長へ就くことがその場で決定。アーサーは平の神官として、リュカが成人するまでは聖樹に神脈力を注ぐ仕事だけを与えられることとなった。
アルビーナにも離縁された。彼女は息子を置いていったので、クロードは王家や神殿長と話し合い、エリアスを養子として引き取ることになった。
セリーヌはクロードの妻として二人の息子を育てている。
復讐のための契約結婚のつもりだったが、「夫となったからには、妻を大切にするのは当然だ」とクロードは誠実にセリーヌへ接してくれている。セリーヌもまた、そんな彼を信頼し、愛するようになった。
一方でアーサーは平神官として白い目で見られながら神殿に居続けている。
爵位はそのままだったが、レッツェル子爵家には領地が無い。神官長や盟樹者としての給与が無くては貴族としての体裁を保つことは出来ず、数年のうちに爵位を返上した。両親の前レッツェル子爵夫妻は、失意のうちに亡くなったらしい。
アーサーのしたことを今でも許すつもりは無い。だがセリーヌが愛する夫や息子たちと出会えたのはアーサーのおかげでもある。だからその点だけは彼に感謝している……と、言えなくもない。
「「お母さま!」」
「二人とも、もうお勉強は終わったの?」
「うん!今日の講義はぜんぶ終わったよ」
「宿題も終わらせたよー」
「まあ、偉いわね。じゃあお茶にしましょう。今日はクッキーを焼きましたからね」
平民の彼女に教養は教えられないので教育は家庭教師に任せるしかないが、それ以外の部分では沢山の愛情を注いでいるためか、二人ともセリーヌによく懐いている。リュカとエリアス、どちらも可愛い我が子だ。
血が繋がってなかろうが、神脈力がなかろうが、セリーヌにとっては些細なことだ。彼女はようやく愛する家族を手に入れられたのだから。




