第9章 矢筒(後編)
ムーランは、湖面から姿を現した瞬間――
モンスターが襲ってくることを知っていた。
そして、予想通り、彼らは襲ってきた。
だが、敏捷21の彼にとって、その攻撃は避けられる範囲だった。
射程に入った途端、周囲の怪物たちが一斉に飛びかかってきた。
遠距離攻撃を放つ者、接近を試みる者――
だが、どれも彼の動きに追いつけなかった。
ムーランは全力で疾走した。
目的地は――桃湖の端。
周囲で、酸の矢が「シュー」と空気を裂いた。
**レベル15の「アシッド・フロッグ」**が吐き出す攻撃だ。
だが、ムーランの画面には、そのレベルは「??」と表示されていた。
――自分より10以上も高いレベルの証だ。
ステータスすら確認できない。
戦うなど、論外だった。
酸の飛沫が足元数センチのところに跳ねるたび、背筋に電流が走った。
一歩踏み外せば、一瞬のためらいさえあれば――
即死。
それどころか、手に入れた魔法の矢筒の設計図を失うかもしれない。
その想像だけで、血の気が引いた。
だから、彼はさらに加速した。
全身の意志を「逃走」に集中させ、限界を超えて走り抜けた。
奇跡的に――
一筋の傷も負わずに、彼は桃湖の縁を抜け出した。
一瞬も無駄にせず、インベントリを開き、
魔法の矢筒設計図を確認する。
静かな笑みが、彼の唇に広がった。
必要な素材は、記憶通りだった。
そして、その入手方法も、彼には三つあった。
モンスターからのドロップ――だが、何時間かかるか分からない。
プレイヤーマーケットでの購入――ゲーム内通貨または現実通貨で取引可能。運営は10%の手数料を徴収する。
特別クエストの報酬――直接素材を手に入れられるが、クエスト自体が極めて稀。
ムーランは即座に街の中心へ向かい、マーケットインターフェースを開いた。
すると――
驚くべき幸運が待っていた。
必要な素材が、すでに出品されていたのだ。
ゲーム開始直後に、こんな貴重なアイテムを手に入れるのは、
ごく一部の“運命の子”だけだ。
もし彼らが「無限矢筒が作れる」ことを知っていたら、
絶対に売らなかっただろう。
ムーランは迷わず、全アイテムを即買いした。
総支出:70,000クレジット
残高:30,000クレジット
これは親の仕送りだった。
だが、彼にとっては力への投資だ。
そして、力には、どんな値段もつけられない。
必要な素材をすべて手に入れたムーランは、
再びアーチャーマスター――隠しクエストを授けたあのNPC――の元へと向かった。
設計図を差し出す。
NPCは慎重に文書を読み、静かに頷いた。
「この矢筒を製作するには、以下の素材が必要だ。」
ディン!
[魔法の矢筒の製作]
必要素材:
革 ×10
魔石 ×2
魔法の矢筒設計図 ×1
ムーランは即座に素材を提出した。
ディン!
魔法の矢筒を製作しますか?
[はい]/[いいえ]
「はい」を選択。
製作開始。完了まで:1時間。
完璧だ。
この1時間、彼にはやるべきことがはっきりしていた。
まもなく無限の矢を手に入れる彼にとって、
最初に支給された100本の矢はもう不要だ。
だが、他のプレイヤーにとっては――命綱となる。
序盤の誰もが、10銅貨を捻出できず、
矢が尽きるたびに絶望しているはずだ。
ムーランは、100本の矢を10,000クレジットでマーケットに出品した。
高額だが、不当ではない。
すぐに売れると、彼は確信していた。
そして、薄く笑いながら、彼はベン・ゼンへのサプライズ準備を始めた。
ベンがこの街に到着した瞬間、
ムーランは彼をパラディンマスターの元へ連れていく。
そこには、隠しクエストが待っている。
そして、その過程で――
良質な盾も手に入れる必要があった。
序盤において、盾の有無は生死を分ける。
それを手にすれば、二人は他のプレイヤーを何光年も引き離せる。
再びマーケットを確認したが、
盾の出品はゼロだった。
当然だ。
今のプレイヤーたちは、まだ「盾の価値」に気づいてすらいない。
だが、ムーランはもっと良い方法を思い出した。
――そうだ。
ベンの隠しクエストの報酬は、
クラフト可能で強化可能な盾だった。
この盾は、
使用者に永久固定
手動で売却しない限り失われない
初期レアアイテムの中でも最高峰
まさに、一生モノの資産。
矢筒と並ぶ、ゲーム人生を変える装備だ。
あとは――ベンを待つだけ。
その間に、彼はもう一つの金脈に手をつけることにした。
錬金術。
序盤のポーションは、超高額で売れる。
そして、どのポーションが需要を爆発させるか――
彼にはすべてわかっていた。
ムーランは錬金術師ギルドへと向かった。
ポーションを調合するには、まず初心者錬金訓練をクリアする必要がある。
錬金術マスターに近づき、クエストを受けた。
ディン!
[訓練クエスト:初心者錬金術師]
錬金術は、誰にでもできるものではない。
だが、誰もが錬金術師になれる――価値を証明しさえすれば。
基本素材を授ける。
成功したポーションを10個調合せよ。
それができれば、お前は錬金の道を歩める。
[報酬]
錬金術師のローブ
称号:初心者錬金術師
ムーランの目が、静かに輝いた。
もう一つの“未来の知識”が、金と力を生み出す。
ゲームは始まったばかり。
だが、彼はすでに――
すべての準備を整えていた。




