第8章 矢筒(前編)
ムー・ランは決意していた。
――無限に矢を生み出す矢筒を作り上げる、と。
だが、まず必要なのは「製作の巻物」。
それを手に入れるには、隠されたクエストを発見しなければならない。
前世の彼は、ほんの一握りのプレイヤーたちがこの秘密のクエストを見つけ出し、名声を得ていくのを見ていた。
彼らはサーバー中の有名人となり、ムー・ランはただ静かに羨望の眼差しで見つめるしかなかった。
だが、今は違う。
今度は他の者たちが、ムー・ランとベン・ゼンを羨む番だ。
この人生に、失敗という言葉は存在しない。
ムー・ランは一瞬の迷いもなく行動を開始した。
どうすればそのクエストが発生するか――彼はすべて知っていたのだ。
【発動条件】
クラス:アーチャー
初心者訓練クエストをすべて完了
敏捷(Agility)20以上
すべての条件は満たしている。
次にすべきことはただひとつ――街の中心にいる「弓術師マスター」に話しかけること。
各クラスにはそれぞれ固有の隠しクエストが存在し、中には伝説級の試練すらある。
だが、このクエストこそ、アーチャーの真なる第一歩だった。
胸の鼓動を抑えながら、ムー・ランは弓術師マスターに話しかけた。
その瞬間、画面に新たな選択肢が現れる。
【隠しクエスト:弓術師の矢筒】
ムー・ランがクリックすると、ウィンドウが目の前に浮かび上がった。
ピン!
【隠しクエスト:弓術師の矢筒】
多くの弓使いは、あまりにも多くの矢を持ち運びすぎている。
そのせいでインベントリを圧迫し、戦闘中の機動力を失ってしまう。
矢が尽きた弓使いなど、戦場ではただの的に過ぎない。
古の弓の達人たちは、その問題を解決するために――
「決して矢が尽きない魔法の矢筒」を作り出した。
彼らはその製法を巻物に記し、代々受け継いできたという。
任務:
タオ湖の地下にある隠し通路に入り、「魔法の矢筒の巻物」を回収せよ。
警告:
内部は極めて危険。常に警戒を怠るな。
難易度:A
報酬:魔法の矢筒の巻物
ムー・ランは微笑んだ。
行くべき場所を、彼はすでに知っている。
前世の彼は、何度もタオ湖の周辺でこの試練を見ていた。
レベル20の弓使いですら苦戦する。
たった一度のミスで即死――そんなクエストだ。
だが、今のムー・ランは違う。
彼はすべての罠、流れ、モンスターの出現位置を完全に記憶していた。
しかも今の彼はレベル0。
つまり、空腹や喉の渇きといったデバフが発動しない。
それらはレベル1から有効になる仕様で、HPが減少し、死ねばレベルダウンやアイテムロストのペナルティを受ける。
だが、レベル0なら死んでもノーペナルティ。
――それだけで十分な勇気を得た。
タオ湖に到着すると、懐かしさが胸に込み上げた。
あたりには誰一人いない。
この場所に来るプレイヤーはいないのだ。
モンスターのレベルは10~20。
一撃食らえば即死。
だが、ムー・ランは影のように動いた。
一匹の魔物も気づかせることなく水中へと潜り――5メートル、10メートル――
そして、見つけた。
隠された通路を。
普通のプレイヤーには決して見えない入口。
前世のコミュニティがそれを発見するまで、丸2年を要した。
だが今のムー・ランにとって、それは数分の出来事だった。
彼の知識は優位性ではない――他者を絶望させるほどの隔絶だった。
ムー・ランは通路を泳ぎ進み、中央に鎮座する石棺を見つけた。
その中に、目的の巻物がある。
だが、それを取った瞬間――罠が作動する。
即座に逃げねばならない。
ムー・ランは慎重に近づき、呼吸を整え、一気に手を伸ばす。
巻物を掴んだ瞬間――
ピン!
【クエスト完了!】
次の瞬間、耳元を掠めるように矢が飛んだ。
壁の奥から自動弩が一斉に発射される。
――シュッ! シュッ! シュッ!
ムー・ランは振り返らず、前だけを見据える。
床には棘の落とし穴。
だが、ここも知っている。
軽やかに跳び越え、巻物をインベントリに収納。
そのまま湖へと飛び込んだ。
水面を破り浮上した瞬間、岸辺の魔物たちが一斉に咆哮した。
まるで古の宝を奪われたことを悟ったかのように。
ムー・ランは迷わず走り出す。
心臓が激しく鼓動する。
――本当の戦いは、これからだ。




