第7章 訓練
ムーランは内心、ため息をついた。
アーチャー最大の初期問題――矢の枯渇。
新米アーチャーの矢筒には、最初から100本の矢しか入っていない。
街で追加購入しようとすれば、1,000本で10銅貨。
初心者には到底手が届かない高値だった。
ほとんどのプレイヤーは数時間で矢を使い切り、
ただの矢を買うために、延々とモンスターを狩り続ける羽目になる。
だが、ムーランにはすでに答えがあった。
――訓練が終わったら、無限に矢を生み出す矢筒を作る。
周囲の賑わいを無視し、彼はまっすぐ最寄りのトレーナーへと向かった。
広場は活気に満ちていた。
基本戦闘からモンスター狩りの戦術まで、数十人のNPCが待機している。
それぞれが独自の試練を提示し、クリアごとに+1のボーナスステータスポイントを授ける。
すべてのスタート都市には、10人の初心者トレーナーが存在した。
上級の達人は主要都市にしかおらず、
さらに、世界中に隠しトレーナーが点在しているという噂も――
だが、その場所を知るのは、伝説のプレイヤーだけだ。
今、ムーランが気にするのは神話ではない。
手に入りうるすべての力を、一欠片も見逃さないことだ。
彼は最初のトレーナーに近づき、丁寧に声をかけた。
「神への挑戦」のNPCは、単なるスクリプトではない。
人間と見分けがつかないほどのAIが搭載されており、
嘘や裏工作は一切通用しない。
試みた者は「悪評」を獲得し、以後、冷たくあしらわれ続ける。
だから、ムーランは正攻法を選んだ。
トレーナーは、厳しい目つきの女性――レイ・レイと名乗った。
「ほう……私の訓練を受ける気か?
甘くはないぞ。だが、やり遂げれば、報酬はちゃんと渡す。」
目の前にクエストウィンドウが開いた。
[訓練クエスト:レイ・レイの試練]
トレーナー・レイ・レイが提供する弓と矢を使い、
1時間連続で訓練用ダミーを射続けよ。
多くのプレイヤーは退屈してモンスター狩りへと走るが、
レイ・レイは君の“根気強さ”をこの目で確かめたい。
覚悟を示せ。
[報酬]
+1 ステータスポイント
ムーランは迷わず弓を手に取り、練習場へと向かった。
数人のプレイヤーがダミーを叩いていたが、
大半はすでに街を出て、経験値を求めてモンスター狩りに走っていた。
彼らにとって、1ポイントのためだけに1時間も退屈な作業を続ける価値などなかった。
だが、ムーランは知っていた。
この過酷なゲームでは、1ポイントが生死を分ける。
そして何より――これは意志の試練だ。
彼は、絶対に通る。
前世ではアサシンだったが、アーチャーの姿を見て、
何度も後悔したことがあった。
「なぜ、アーチャーを選ばなかったのか?」
その優雅さ、正確無比な射撃、戦場を支配する存在感――
すべてが、彼の理想に近かった。
今度こそ、同じ過ちはしない。
矢を番え、弓を引く。
弦を引いた瞬間、矢筒に新たな矢が自動生成された――初心者向けの標準機能だ。
狙いを定め、放つ。
ザンッ!
-2
ダメージはわずか2。
アーチェリー技能は「初心者」レベルで、他の新米プレイヤーと何ら変わらない。
だが、彼の本能は違う。
5年間アサシンとして鍛え抜かれた反射神経と空間把握力は、
すでに弓の扱いを加速させていた。
ただ、弓の腕はまだ未熟だ。
それを、今から磨くだけだ。
射ち続ける。
10分……
20分……
40分……
60分――。
ディン!
[クエスト完了! +1 ステータスポイントを獲得]
即座に、ポイントを敏捷に割り振る。
敏捷:12。
移動速度アップ。回避率アップ。そして――クリティカル率アップ。
ベンという“壊れない盾”がいる今、彼はガラスキャノンの刃として最適化される。
次のトレーナーへと向かう。
二番目の指導者は、痩せた男――ゾウ・ヤルセン。
ムーランを見ると、にやりと笑った。
「ほう! レイ・レイの試練をクリアしたか?
いいだろう。だが、私の試練はもっと厳しい。
お前の覚悟、どこまで続くか見せてみろ。」
[訓練クエスト:ゾウ・ヤルセンの試練]
1時間以内に、100体の動く標的を射抜くこと。
標的の速度は、時間とともに上昇する。
[報酬]
+1 ステータスポイント
ムーランは、思わず微笑んだ。
静止ダミーとの1時間の訓練の後では、これはむしろ歓迎すべき変化だ。
弓への慣れも進み、この訓練は実戦的な射撃感覚を一気に高めてくれる。
射撃場へ駆け込む。
ここにいる“モンスター”は本物ではない。
AI制御された木製のウサギ型ダミーが、
まるで生き物のように不規則に跳ね回っている。
HPもドロップもない――純粋な的当て訓練だ。
弓を引き、狙い、放つ。
ザンッ!
[クエスト進行度:1/100|残り時間:59:40]
最初の1発に20秒。
次は15秒。
その次は10秒――。
リズムが生まれ、感覚が研ぎ澄まされていく。
30分も経たないうちに、100体すべてを射抜いた。
ディン!
[クエスト完了! +1 ステータスポイントを獲得]
再び、敏捷へ。
敏捷:13。
こうして、ムーランは10人の初心者トレーナーの試練を、
一つ残らずクリアしていった。
耐久力、精密射撃、瞬間的反射、状況判断――
試練の内容は次第に難化し、普通のプレイヤーなら途中で心が折れるだろう。
だが、前世の経験と鋼のような精神力があれば、
すべては通過点にすぎない。
その報酬は――
+10 ステータスポイント(すべて敏捷に → 敏捷:21)
名声ポイント:1
都市テレポートチケット(一度だけ、任意のスタート都市へ無料移動可能)
名声ポイントは極めて貴重だ。
通常は世界イベントや英雄的行為でしか得られないもの。
これをゲーム開始直後に手に入れたことで、
ムーランは街のサービス優先利用権、限定商人へのアクセス、
NPCからの好意的評価といった隠し特典を多数獲得した。
他のプレイヤーが最初の名声を得るには、数週間かかるのが普通だ。
すでに、彼は何光年も先を走っていた。
ムーランはウィスパーメニューを開き、ベンにメッセージを送った。
「ベン、訓練どう? 終わったか?」
即座に返信が来た。
「ムー、クエストがどんどんキツくなってるよ……
あと3~4時間はかかりそう。お前は? 終わったの?」
「ああ。街の用事を片付けてる。
お前が来たら、一緒にレベル上げを始める。
それと――お前に特別なプレゼントがある。
急いで終わらせろ。待ってる。」
「了解!」
ベンの返信が途切れ、再び訓練に戻ったのが伝わってきた。
ムーランは次の目標へ意識を切り替えた。
――無限矢筒の製作。
資金ゼロの今、これは単なる便利機能ではない。
生存のための必須アイテムだ。
そして、未来を知る彼には、
レシピの在処も、
誰よりも早く作る方法も、
すべてがわかっていた。
ゲームは、まだ始まったばかりだ。
だがムーランは、すでに伝説を築き始めていた。




