第2章 ベン・ゼン
ムーランの視界がぼやけてきた。
手榴弾が炸裂してから、すでに30分が経過していた。
現代の医療技術なら、生き延びる可能性はあったかもしれない――
だが、彼自身、自分が長くないとわかっていた。
爆発地点に近すぎた。破片が体中を貫き、内臓を引き裂いていた。
「神への挑戦」で長年鍛え抜かれた肉体が、普通の人間よりわずかに頑丈だったおかげで、ここまで持ちこたえられたのだ。
しかし、30分も出血し続けた末――ムーランは静かに息を引き取った。
だがその名は、すでに歴史に刻まれていた。
—
ゼン・ズーの頭を吹き飛ばした直後、ムーランは苦痛と不思議な安堵に包まれながら目を閉じた。
だが、それほど時間が経たないうちに、彼の目は再び開いた。
まるで深い眠りから覚めたかのように――
しかし、目を凝らすと、そこは見覚えのある場所だった。
慌てて周囲を見渡すと、彼は自分が昔の自室にいることに気づいた。
「……ありえない。」
爆発の衝撃。体を引き裂く痛み。ゼン・ズーの血に塗れた遺骸――
すべてが鮮明に記憶に残っている。
なのに、なぜここに?
これは現実か……それとも、死の直前に見る残酷な幻か?
ムーランはベッドから飛び起き、鏡の前に駆け寄った。
鏡に映った姿を見て、彼は言葉を失った。
そこには、15歳にも満たない少年の姿があった。
痩せ細った体は40キロにも満たず、漆黒の髪に、異様なほど鮮やかな赤い瞳が浮かんでいる。
その瞳は、まるで人ならざる存在を思わせた。
まだ混乱したまま、彼はコンピューターに向かい、日付を確認した。
2115年1月28日(日曜日)
一瞬、全身に熱い衝撃が走った。
理解はできなかったが、一つだけ確かな事実があった――
彼は過去に戻っていたのだ。
これは第二のチャンス。
今度こそ、同じ過ちを繰り返さない。
「神への挑戦」のグローバルローンチは、あと2日後。
そして彼には、すべてがわかっていた。
これは単なる幸運ではない。
未来の知識という、何物にも代えがたい贈り物だ。
彼は再び誓った――
今度こそ、家族と友人を傷つけたすべての者に、代償を払わせてやる。
だがその前に、まず“力”が必要だった。
自分があれほど無力だったことを、身をもって知ったからこそ。
20年分の未来を知る今、ムーランは自分を無敵だと感じていた。
迷わず、彼はスマホを手に取り、最も信頼できる友人に電話をかけた。
――まだ生きていることを、心から祈りながら。
…
電話がつながると、懐かしい声が聞こえてきた。
「おう、どうした?」
その瞬間、ムーランの目に涙が浮かんだ。
ベン・ゼンは、生きていた。
「……ベン? いるか?」
「おいおい、ムー? どうした、急に?」
ムーランは素早く涙を拭った。「ああ、ベン。聞いてくれ。“神への挑戦”、あと2日でローンチだ。最新のVR装置、手に入れたか?」
「もちろん! ラッキーだったよ、最後の在庫をかすめ取ったんだ。お前、どのクラスにするか決めた? さっき、5つのメインクラスが正式発表されたぞ。」
「決めたよ」ムーランはきっぱりと言った。「俺はアーチャーにする。お前はパラディンにしろ。二人でなら、誰にも負けない。どうだ?」
「えっ、パラディン? 俺、ウォリアーにしようと思ってたんだけど! 男ならウォリアーだろ!」
「信じてくれ、ベン」ムーランは強く言った。「俺の言う通りにしろ。そうすれば、誰も俺たちを倒せない。俺たちの名前を聞いただけで、敵は道を空けるようになる。頼む、パラディンを作ってくれ。」
「……12年もお前の親友やってるんだ。お前を信じなきゃ、誰を信じりゃいいんだよ?」
ベンは笑いながら言った。「わかったよ。パラディンにする。片手にメイス、もう片方に盾ってやつだろ?」
「その通りだ。俺はアーチャー。二人で無敵になる。今どこにいる? 装置を持ってこい。アカウント設定を済ませなきゃ。今夜だけ、キャラクター作成が先行開放される。本編には入れないけど、ビルドだけは確定できる。」
「実は、ちょうどお前のとこに向かってたところだよ。他に何かいるか?」
「ちょっと待ってくれ」
ムーランは素早くウェブを検索した。
すると、二つのタイトルが目に飛び込んできた。
『古武術』
『一撃万脚』
どちらも高度な格闘術マニュアル――AIによって再構築された古代の技で、価格はそれぞれ3万クレジットと1万クレジット。
彼は電話越しに言った。「ザン・ファンの書店に行ってくれ。『古武術』と『一撃万脚』を買ってきてくれ。」
「わかったよ。でもさ」ベンは面白そうに笑った。「お前、いつから武術に興味持ったんだ? そんなの好きだったっけ?」
「男なら、戦い方くらい知っておけ」ムーランは半分本気、半分冗談で答えた。「いつか、それがお前の命を救うかもしれない。俺がこの技を極めたら、お前にも教える――あるいは、一緒に鍛えよう。二人で強くなってやる。どうだ?」
「はいはい、わかったよ」ベンは笑いながら言った。「切るぞ。今、書店の前だから。すぐ持って行くからな。」
通話が切れた後、ムーランは静かに微笑んだ。
彼はただ種を蒔いただけだったが――
「一緒に強くなる」という言葉に、ベンも心からワクワクしていたことが、はっきりと伝わってきた。
—
30分後。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
ムーランの心臓が高鳴った。
彼の感覚では、何年――いや、何十年ぶりに、最愛の友と再会する瞬間だった。
彼は駆け寄り、ドアを開け放った。
そこに立っていたのは、ベン・ゼンその人だった。
15歳。黒髪に茶色い瞳。少しふっくらした頬と、昔と変わらぬ悪戯っぽい笑み。
再び、涙がこみ上げてきた。
「おいおい、どうしたよ?」ベンは相変わらずの調子でからかう。「そんなに会いたかった? なんで泣いてんだよ?」
「泣いてなんかいない」ムーランは鼻をすすった。「ドア開けたら、ホコリが目に入ったんだよ。」
「はいはい、そう言っておきましょうか」ベンはにやりと笑いながら部屋に入っていった。「なんでもいいよ、強がり野郎。」
二人は一緒にリビングへと歩いた。
ムーランは確信した――ベンは生きている。
そして、もしベンが生きているのなら……
自分の家族も、まだ無事のはずだ。
この時点では、ムーランの両親は海外出張中だった。
高校生の彼は、ベンと一緒にこのアパートを借り、ルームメイトとして暮らしていた。
ムーランは周囲を見渡した。
壁に貼られたポスター。散らかった机。
空気中に漂うインスタントラーメンの匂い。
すべてが、懐かしく、そして――
現実だった。
彼は本当に、過去へと戻っていたのだ。




