第17章 教師・ダム・ビエン
教室のドアが開き、教師・ダム・ビエンが入ってきた。
その瞬間、部屋中のささやきが、一斉に沈黙した。
――その原因は、たった二人だけ。
「……ムーランって、本当に細いのに、あの蹴り、もし俺に当たったら死んでたかもな」
「知らんけど、あいつの隣のデブ、変わったよ。
前はただの無能な太ったやつだったのに、今じゃ自信に満ちた目をしてる。
あの二人、絶対に触るもんじゃない」
教師の耳にも、その噂は自然と届いていた。
彼は腕を組み、声を上げた。
「おい! 何が起きている? 私が入る前、何があった?」
一人の生徒が前に出た。
「先生、授業前、ムーランとヤオ・ラオの対戦がありました。
ルールはすべて守られましたが、ヤオ・ラオが重傷を負い、現在保健室にいます」
ダム・ビエンの目が、一瞬きらめいた。
「……ヤオ・ラオ? 軍事学院の候補生が?
どうやって? ムーラン――お前がやったのか?」
ムーランは、平静なままで肩をすくめた。
「ただ、一撃の蹴りを放っただけです、先生。
それほど大したことではありません」
「大したことではない?」
ダム・ビエンは、薄く笑った。「
ならば――今、お前と私が、ここで一戦しよう。
クラス全員に見せてやる。
何が真の技なのか、学ばせてやる」
ムーランは、軽く頭を下げた。
「ご命令に従います、先生」
二人は――
たった数分前に、ヤオ・ラオが壁に叩きつけられたあのリングへと向かった。
「用意はいいか?」
「はい」
3…
2…
1…
ファイト!
クラス全員が息を吞んだ。
ムーランは、ヤオ・ラオと戦った直後だ。
体力は回復しているのか?
そして、相手はダム・ビエン――
無数の生徒を鍛え上げた、冷酷な格闘の達人。
この少年は、獅子の心臓を朝食に食ったのか?
ダム・ビエンは、一瞬で右フックを放った。
ムーランの顎へ、鋭く、確実に。
だが――
ムーランは、まるで風が枝を揺らすように、頭をわずかに傾けた。
拳は、耳の横をすり抜けて、空気を裂いた。
教師が左の連携を繋ごうとするその瞬間、
ムーランは水のように、側に滑り込んだ。
体の動きは、無駄がなく、重さがなく、完璧に流れていた。
ダム・ビエンにとって、これは訓練相手ではなかった。
ただの――
腕のついた砂袋にすぎなかった。
彼の連続攻撃は、一撃も当たらなかった。
何百人もの生徒を指導してきたが、
この少年の動きは――
数十年の修行を経た達人のそれだった。
これ以上、続けると、自分の恥をクラス全員に晒す。
ダム・ビエンは、突然、手を上げた。
「よし、ここまでにしよう」
ムーランは、即座に後退した。「はい、先生」
教師はクラスを見渡し、声を張った。
「さあ、皆よ――何を学んだ?
自由に話せ。
戦闘技術を高めたい者は、いつでも私に聞け。
どんな小さな疑問でも、構わない」
沈黙。
そして、ためらう声が、次々と上がった。
「……何が起きたか、全然わかりませんでした。
ムーランが、ただ避け続けてただけです」
「……ムーランの強さは、私たちとは次元が違う」
「……」
「……」
議論は、まるで自然な風のように流れた。
ダム・ビエンは、時間が過ぎたことに気づかなかった。
「よし、今日はここまでだ」
彼は、ようやく言い放った。「
次週までに、各自の技を練習してきなさい。
誰が本気で取り組んでいるか、見せてもらおう」
――教室を出た瞬間、噂は炎のように広がった。
「おい、聞いたか? ヤオ・ラオが、枯れ枝みたいな奴にやられたって!
保健室で、今も寝てんだって! 友達が全部見たって!」
「馬鹿言うなよ。ヤオ・ラオは軍事学院のエリートだぞ?
そんなガリガリのやつに負けるわけねえだろ。
見たのか?」
「信じないなら、ついてきな!
保健室に連れて行ってやる。目で見て、確かめろ!」
「……よし。行く。でも、嘘だったら、お前をぶっ飛ばすぞ」
ヤオ・ラオの忠誠心の厚い仲間たちが、保健室へと向かった。
彼らのリーダーが、「枯れ枝」に倒れる――
そんなことが、あり得るはずがなかった。
保健室のドアを勢いよく開けた瞬間――
彼らは、凍りついた。
ベッドの上に、
ヤオ・ラオが横たわっていた。
顔は青黒く腫れ、包帯でぐるぐる巻き。
意識は、まだ戻っていない。
一人が、噂を広めた生徒の襟をつかんだ。
「お前!
こんな状態でヤオ・ラオがここにいるって知ってるなら、
誰がやったか、絶対に知ってるだろ!
『枯れ枝』って呼ぶな!
枯れ枝が、こんな傷を負わせるわけねえだろ!」
生徒は震えた。
「い、いえ、あの……ムーランのことです!
みんな、彼が細いから『枯れ枝』って呼んでるだけです!
文字通りの枯れ枝だと思ってたわけじゃ…!」
「もういい!」
別の男が低く唸った。「
今、彼はどこだ?」
「……多分、食堂へ行ったって、聞きました」
仲間たちは、互いの目を見合わせた。
リーダーが辱められた。
そして、その犯人――
食堂で、普通にご飯を食べている。




