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謁見の間

 ああ美しき、銀の宮


 誉れを謳う、騎士の歌


 君の旅路を見送る母が、天に捧げた祈りの声と


 君の手を引き導く父が、大地に流した血の跡と


 倒れも踏まれも立ち上がる、君が見上げた朝焼けが


 ああこんなにも美しく


 涙無くして見送れぬ


 常世の国も、地の果ても


 この景色には優らぬと


 世界を謳う、君の歌



 ―イルシアの民謡『遥かなる雪原を越えて』―

「息災で何よりだ、シルフィリディア」


 大扉の前にまでやってきたエカテリーナ様は、まずそう言って姫さまの肩に手を置いた。近くに来ると、一層彼女の背の高さは際立つ。女性としても背の低い姫さまと比較すると、優に頭二つほどは大きいのではないだろうか。


「お姉さまも、お元気そうで」


「うむ。此度はお前の晴れ舞台だからな。存分に楽しむといい」


「でも、まさか本当に来るとは思わなかったわぁ〜」


 二人の会話を聞いていたペトラルカ様が、そんなことを言って首をすくめた。エカテリーナ様が首を傾げて、彼女に言葉の意味を尋ねる。


「どういう意味だ、ペトラルカ」


「え〜だってぇ」


「皇位継承……シルフィには、無理ですものね……」


 と、更に割って入るように、今度はアレナ様が血色の悪い顔で皮肉そうに笑った。途端、姫さまの表情が見るからに陰った。


「そうそう! これは私たち皇女が皇位継承権を得たことを表明するための式典でしょう? シルフィが皇位を継承できるわけないもの!」


「なぜそう言い切れるんだ」


「あらあら、あまりおとぼけにならないでくださるかしら、エカテリーナお姉さま?」


 口元に扇を当てたマチルダ様が、何を当たり前のことを聞いているのだとばかりの態度で姫さまを指差した。


「シルフィは正統な皇家の血筋を受け継いでいないのよ。生まれついてよりの下民ですわ。そのようなものに皇位を譲るなど言語道断、お話しならないわよ」


「ただでさえ……序列は一番下。その上、妾腹の子供となれば……誰もシルフィを選ばない」


 集まった皇女達は口々に姫さまの王室での立ち位置を厳しく批評する。それを聞いて、エカテリーナ様も顔をしかめていた。


 だが、きっと肝心の姫さまの方は、グッと堪えて我慢しているに違いない。理不尽にも近い、自身の姉達の勝手な物言いに噛みつくことなく。


「しかもシルフィは、私たちの中で一人だけ辺境の地に飛ばされているような身分だもの。国王陛下もなかなか酷な仕打ちをするよねぇ〜」


「まさか本当に皇位継承の望みがあると思って今回の謁見に赴いたわけではないわよね、シルフィ?」


 ペトラルカ様とマチルダ様の容赦のない追求が続いた。姫さまは瞑目し、眉間にシワを寄せている。スカートの裾を握りしめている辺り、相当に腹の内が温まってきているらしいことが分かった。


 そして、そんな姫さまの我慢の限界を迎えさせたのは、ペトラルカ様の次の一言だった。


「まあ、シルフィに罪はないんだけどさぁ。でも産んだ母親がアレじゃあねぇ。正直、自分の血筋を恨むしか……」


「お母様は関係ない!!」


 張り詰めた糸が弾けたかの如く、突然の事だった。それまで黙って聞いていた姫さまが、ものすごい剣幕で怒鳴り散らしたのだ。


 途端、脇に控えていた各々の近衛騎士達が一斉にピクリと反応した。これは皇女同士の会合である以上、もちろん彼らにも事を荒立てる意図はないようだが、何かあったときはまず、自身の主人を第一に守らねばならないという役割があるからだろう。


 皇女の直属の護衛を任されるだけあって、彼らの誰もが相当な手練れであるようだ。洗練された隙のない眼差しで状況を伺っている。


 かくいう私も、きな臭い雰囲気が漂い始める前に姫さまを止められるよう、細心の注意を払っていた。


 しかし、まさかあの姫さまがこれほど感情を露わにするとは思わなかった。てっきり今回もやんわりと受け流すものかと思っていたのだが。どうやらこの気持ちは、他の皇女達も同じであったようで、皆一様に面食らった表情で姫さまのことを見ていた。


「し、シルフィ……」


「私が第七皇女であることも! 辺境の地で領主をしていることも! 国王陛下の正室の娘でないことも! お母様のせいなんかじゃない!」


 何事か言いかけたペトラルカ様を勢いで押し切って、姫さまは強い口調で続ける。


「私は私! この私の存在は誰のものでもないし、誰のせいでもないわ! 私は一度だって、この産まれを後悔したことも、恥じたこともない! 今回のことも、皇位継承権なんてどうでもいい! 私は……私はただ、私が私であることを確かめにきただけ! それだけです!」


 姫さまからの思わぬ反撃にあい、呆気に取られたペトラルカ様は、目を見開いて言葉を探した。


「え、あと、その……」


 しかし、なおも頬を膨らませた姫さまにすごまれて、何も言えなくなってしまった。


 と、それを見たエカテリーナ様が、腕を組んで大きく頷き、労うように姫さまの肩に手を置いた。


「よく言ったな、シルフィリディア。お前の言う通りだ」


「エカテリーナお姉さま……?」


 ポカンと口を開けて自分を見上げる姫さまに向かって、もう一度力強く頷いて見せてから、エカテリーナ様は他の三人の皇女に向かって言った。


「そもそも、私たちがこうして国王陛下に謁見を行うのは、皇位を欲するがためではない。私たちが敬愛する国王陛下の娘であるという、その事実のためだ。違うか?」


「そ、それは……そうですが」


 エカテリーナ様の言葉に、マチルダ様達はお互いに顔を見合わせながら言い淀む。


「それに、だな。お前たちは忘れてしまったのか? この戦時にいとまのなかった国王陛下と母上に代わり、乳母として幼いお前たちを育ててくださったのは、何を隠そうシルフィリディアのお母様であるレーネ様だ」


 そう告げられるや否や、三人の表情が一気に曇った。特にそれが顕著だったのは、第二皇女のマチルダ様だ。急所をつかれたかのようなあからさまな変化には、その場の誰もが気がついただろう。


 エカテリーナ様は尚も、これ以上誰かが場を荒立てることのないよう、厳格に彼女らを嗜めた。


「幼い頃より甘えた(・・・)なお前たちなら分かるだろう? 産まれてすぐにレーネ様を亡くされ、その胸に抱かれることすら叶わなかったシルフィリディアの気持ちが」


「……」


 アレナ様とペトラルカ様が、視線をそらして押し黙る。そんな中でただ一人、マチルダ様だけが、未だに不服そうに何かを独り言ちていた。


「……そんなこと。私だって」


 だが、すぐにぷいとそっぽを向いてしまわれると、結局それ以上は何も言わなかった。


 その様子に、エカテリーナ様はやれやれ、と肩を落とす。そして、先ほどまでとは打って変わって穏やかに、宥めるような調子で語った。


「何より、こうして我らが妹であるシルフィリディアが十五まで育ったことはとても喜ばしいことではないか。国王陛下は、第五子、第六子を立て続けに病で亡くされていた。病弱だったシルフィリディアがここまで大きくなれたことは、今も我らに星の神の加護がついていることの証左だ」


 エカテリーナ様は凛とした笑顔を姫さまに向ける。姫さまもそれを見て、ようやく落ち着きを取り戻した様子で表情を和らげ、首を縦に振った。


 丁度その時、謁見の間に続く大扉が、荘厳な音を立てて開かれた。


 扉が開ききるや否や、部屋の中からゾロゾロと、大勢の集団が一斉に出てきた。黒いローブで顔までを覆い隠した、明からさまに不審な者たちだ。彼らは、扉の前に佇む私たちに対しては目もくれず、そそくさと廊下を抜けて階段を降りて行った。


 国王陛下は先客との会談をなさっているとの話しだったが、まさかその先客というのがアレだろうか。一国の君主との謁見に臨むにはあまりにも不適切に思える格好だった。どちらかといえば、闇夜に紛れて忍び込んだ匹夫か殺し屋の類にさえ見える。


 その上、仮にも皇女であらせられる姫さま達に挨拶の一つもなしとは、無礼千万な輩だ。一体なぜ国王陛下はあのような者達にお会いになられたのだろうか。


 私がクドクドと、そのような余計な詮索を入れていると、やがて扉の奥から一人の女官が現れた。彼女は恭しく頭を下げると、部屋の中を手で指し示す。


「大変お待たせいたしました。皆さま、どうぞ中へお入りください。国王陛下が御目見えになられます」



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