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皇女と騎士ー2

 -☆-☆-☆-☆-☆-


 その後、ややもして、城の侍従が謁見の時間を告げに来た。私たちは案内を受けて階段を降り、本殿の四階にある謁見の間に続く大扉の前へと案内された。国王陛下は既に、先客との会談の最中であるとのことで、しばらくここで待つように、と言いつけられた。


 一階の大広間から吹き抜けになっている四階は、謁見の間から左右に伸びた降り階段と、それを繋ぐ短い廊下のみからなっている。木製の柵越しに下を覗くと、何やら忙しなく騎士や侍従が歩き回っているのが見えた。このような時に先客が来ているというが、何かあったのだろうか。


 私がぼんやりとそんなことを考えていた時だった。


「あら、そこにいるのはシルフィではなくて?」


 私たちの背後から、不意に何者かが声をかけてきた。


 振り返るとそこには、華やかなドレスで着飾った一人の女性と、その脇に控える騎士がいた。姫さまと同じ黒髪に、対照的な黒い瞳の女性は、扇のようなものを手にして口元を覆い、嘲るような目つきでこちらを見ている。


 姫さまはその女性の姿を確認すると、腰を折って挨拶の言葉を返した。


「お姉さま……お久しぶりです。お元気そうでなにより」


「ふふ、シルフィの方こそめでたく成人を迎えたそうじゃない? お祝いを言わせて頂くわ」


 口ではそう言っているものの、彼女の視線は明らかに姫さまのことを見下しているようだ。お姉さま、と姫さまが言っているということは、彼女もメルクリウス家の皇女の一人だろう。その推測に違わぬ美しい容姿と鮮麗な服装が目を引く女性だ。年齢は姫さまよりもいくぶんか歳上であるようにも見える。


 次いで彼女は私の方にも目を向けて。


「それで、そちらは?」


「こちらはリアス。私の近衛を務める騎士です。リアス、こちらは私のお姉さま、皇国第二皇女であられるマチルダ・ファンシルビア・メルクリウス様よ。ご挨拶して」


「は、リアスと申します。お恥ずかしながら、姫さまのおそば支えをさせて頂いております」


 彼女の目つきに気に入らない部分はあったものの、姫さまの顔に泥を塗るまいと、私は大人しく自己紹介を行った。すると、マチルダ様とやらは、ふんとそれを鼻で笑い。


「ああ、そなたが。アロセリアが騒いでおったわ。宮廷に平民上がりの騎士もどきが紛れ込んだ、と」


 そして、お付きの騎士にぷいと顎を向け、そちらにも挨拶をするよう促した。それを受けて、派手な軍服に胸章をいくつもつけた、若い騎士が一歩進み出る。


 線が細く、まだあどけなさを残す端正な顔立ちをした、かなりの美少年だ。だが、いかにもな金髪碧眼(これについては私も他人のことは言えないが)と成金趣味の装飾品の数々というその容姿は、もはや貴族の様式美とさえいえるだろう。


「お初にお目にかかります、シルフィリディア皇女殿下。私はサカール・ファルア。マチルダ様の近衛を務めております」


 慇懃な口調で、サカールと名乗る騎士は恭しく頭を下げた。それを見て、マチルダ様は得意げに胸を張った。


「どう? こちらは正真正銘騎士の家系の者。それも、大変由緒正しいファルア家の次期当主よ。つまり、メルキセドの騎士の中でも有数の手練れが私の側近を務めているということ。もちろん、国王陛下の御用命でね?」


「大変素晴らしいことですね。それほどの賛辞を頂いて、サカール様もさぞ名誉なことでしょう。でも、マチルダ姉様ほどの方ならば当然ですわ」


 姫さまは、挑発をかけてくるようなマチルダ様の言葉にも取り合わずに落ち着いて返す。すると、マチルダ様の方は相手が乗っかってこなかったことが気に入らなかったらしく、つまらなそうに眉根を寄せた。


「ふん。一方であなたの騎士はどうなの、シルフィ? つまらない市井の出の者をそばに置くなんて、どういうつもり? 皇族としての誇りはないの?」


「お言葉を返すようですが。私は「血筋」という些末なものだけを自分の「誇り」とは思っておりませんので」


「へえ」


 マチルダ様の視線がキッと鋭くなる。一瞬、ムキになって何かを言い返そうとしたようだが、しかしすぐに思い直したように、また表情を和らげた。そして、代わりに精一杯の侮蔑を込めて姫さまに言い放った。


「そう。まあ、確かにあなたにはそれがお似合いかもね。あの薄汚いめかけの血が混じったあなたに、誇れるような「血筋」なんてないものね」


「……っ!」


 聞き捨てならない罵倒の言葉を聞いて、無意識に私の体が動いた。拳を握りしめ、一歩前へと進み出そうになる。


 だが、姫さまがそんな私の手を掴み、無言で制止した。


「あらあら、そちらの騎士様は私に何か言いたいことがあるご様子ね? でも飼い犬のしつけには主人の品格が表れるものよ。ほら、仰ってごらんなさい。あなたのご主人様はどんなお人なのかしら?」


「……っく!」


 勝ち誇ったような顔でマチルダ様がほくそ笑む。だが、私は何も言い返すことができない。


 彼女が言っていることは正しいのだ。私が今、ここで皇族への無礼を働けば、それは即ち姫さまの品位に傷がつくということ。


 姫さまがこらえろと言っている以上、私は大人しく引き下がるしかない。


「申し訳ありません。ご無礼のほど、どうかご容赦頂きたく思います」


 私が頭を下げると、マチルダ様は呆れたように肩をすくめた。


「はっ、つまらぬ女。虚勢の一つも張ってみぬか。サカール、お前は私が侮辱されたとなればどうする?」


「はっ! もちろん、そのような尾籠びろうな振る舞い、看過いたしません!」


「ふふ、当然よな。よいよい。見なさいシルフィ。しつけの良い犬とはこのようなことを言うのよ。主人の器というものは、そこにこそ出るもの」


 全くめちゃくちゃな言い分だ。これでは相手取って論ずるのも無意味というものだろう。恐らく、姫さまはマチルダ様の性格をよく分かっているのだ。だから、無闇に張り合ったりしようとはしないのだろう。


 それを体現するように、姫さまはマチルダ様の無茶な物言いに対しても眉一つ動かすことなく、至って平静と対応して見せる。


「心得ました、お姉さま。ですが私は今日、何も身分の高尚さについてお姉さまと言い争いに来たわけではありません。国王陛下よりのお言付けを頂き、慣例の謁見を勤めにきただけのこと。私とリアスの品格についてのお話は、また後ほどになさいませんか?」


「……ふん」


 姫さまの見事な返しに、さしものマチルダ様も気を削がれたらしい。諦めたように一つ息を吐き、扇をピシャリと閉じた。


「まあ、お好きになさい。くれぐれも、そこの野良犬が国王陛下に対して無礼を働かぬようにだけはすることね」


「ご忠告感謝いたします」


 そうして、ようやっとマチルダ様の厄介ないちゃもんが止んだ。しかし、それに胸を撫で下ろしたのも束の間。


「あ〜っ! マチルダ姉様だぁ〜!」


 続け様に、今度は別の誰かが声を上げながら階段を昇ってくる音が耳に届いてきた。


 闊達な声と共に廊下の先から現れたのは、大きな銀のブローチを頭につけた女性だった。その女性はスカートの裾を掴みながら私たちの元にまで駆けてくると、マチルダ様の腕に抱きついた。


「きゃあっ!」


 驚いて悲鳴を上げるマチルダ様には頓着せずに、女性は自分の頬を彼女の腕に擦り付ける。それから、改めてその場にいる私と姫さまの方にも目をやった。


「あれれ〜シルフィじゃない! それと……誰?」


 そのまま、首を傾げて私のことを見てくる。


「こら、離れなさいペティ! ドレスにシワが寄ってしまうでしょう」


 と、そこでマチルダ様が、その女性をペティと呼んで無理やり引き剥がした。


「ペトラルカ姉様、お久しぶりです。リアス、こちらも私のお姉さまよ。第四皇女のペトラルカ・サライエ・メルクリウス様」


「お、お初にお目にかかります。姫さまの騎士を務めさせて頂いております。リアスと申します」


 私が名乗りを上げると、ペトラルカ様は眉を潜めてズイ〜っとこちらを睨みつけてくる。


「騎士ぃ〜?」


 彼女はいかにも怪訝そうな目つきで、しばしの間私のことを睨め付け続けた。ペトラルカ様は、くりくりとした大きな瞳を持つ愛らしい容姿の女性だった。そして不意に。


「ふーん、騎士かぁ。結構綺麗な方ね。あれ……? そういえば私の騎士は!?」


 先ほどまでの視線はなんだったのかと言いたくなるくらいにあっさりと私への興味を失ったペトラルカ様は、はっとして後ろを振り向く。と、ちょうどその時、息を切らした白髪頭の男がのそのそと階段を上がってきた。


「ちょっと! 何をモタモタしているのよ!」


「ゼェ、ゼェ。ペ、ペトラルカ様、この老体に、階段昇りは応えますぞ、ヒィ〜」


 格式ばった鉄の甲冑から顔だけを覗かせた老騎士は、腰に手を当てて難儀そうに息を吐き出す。しかし、そんな見るも哀れな老体に対して、ペトラルカ様は容赦なく言い放った。


「もう! それでも皇女直属の騎士なの!? 階段くらいさっさと昇りなさいよ!」


 全く相手を労る気のない彼女の物言いからしても、普段から大分振り回されている様子だ。見ていると、中々に気の毒である。


 ペトラルカ様は、荒い呼吸を整えている老騎士のことは捨て置いて、私たちへと向き直った。それからバツが悪そうな調子で、彼のことを紹介する。


「マチルダ姉様はもうご存知だろうけど、シルフィにも一応紹介しておくわね。私の騎士のバッケスよ」


「ば、バッケス・レーグと申します、ゼェ、し、シルフィリディア皇女殿下にも、お祝いのお言葉を……ヒィ〜」


 この調子ではお祝いの言葉を言い終える前にお別れの言葉を告げることにならないだろうかと心配になってくる。そもそも、この年齢で騎士などと、本当に務まるものだろうか。


 ペトラルカ様は苦笑いしながら、膝をつくバッケスについてフォローを入れるように補足した。


「あ〜、い、今はこんなだけど、昔は凄腕の剣士だったらしいわ。国王陛下のお父様の代からの忠臣だから、信頼もあるって! それで私の御付きに任命されたの!」


「ヒィ〜、そのような、もったいなきお言葉、ゼェ〜」


 時間の流れとは残酷なものである。


「お前たち! もう到着していたのか!」


 そんな中、今度は廊下の反対側から更に声がかかった。振り向くと、賑やかなことになんとそちらからも、数人の男女が歩いてくるところだった。


 一人は凛々しい顔つきの背の高い女性、続いて顔色の悪い痩せた女性だ。この二人は煌びやかなドレスローブを纏っている辺り、皇族に違いないだろう。そして、二人に付き従うようにその後ろから、赤毛の女騎士と、ガタイのいい大男がついてくる。


 どうやら、私たちに声をかけてきたのは、先頭を歩く背の高い女性のようだ。彼女の姿を見て、真っ先にマチルダ様がその名を呼んだ。


「エカテリーナお姉さま!」


 エカテリーナと呼ばれた女性は、長い黒髪を揺らして彼女の呼びかけに頷く。


 一方、姫さまは、誰一人として見知らぬ私に対して、小声で彼女らの紹介を始めたのだった。


「先頭を歩いてくる背の高い女性。あちらが、メルキセドの第一皇女、即ち次期皇位継承権の序列第一位にあるお方、エカテリーナ・レノ・メルクリウスお姉さまよ。次いで、その後ろの痩せた方が第三皇女アレナ・サンドラ・メルクリウスお姉さま」


 私は、次々と頭に入ってくる新情報を慌てて整理しながら、ふむふむと彼女の説明に耳を傾ける。


「そして更にその後ろの二人。体の大きな方は確か……ガルタス・ザビオといったはず。私が王城にいた頃は軍の師団長を務めていたわ。それと、もう一人の赤毛……」


 姫さまはそこで一度口籠った。はて、と私が首を傾げると、姫さまは訝しそうな目で先を続ける。


「間違いない。アリス・テンバートね。……いえ、こういえばあなたにも分かると思う。世間では彼女は「エメラルドの騎士」と呼ばれているわ」


「……! そ、それって」


 宝石の名を冠した特別な騎士号。「白銀の大国」においてそれが意味するところは……。


「そう。この国の「三将」の一人。……でも、それがなぜお姉さまの近衛騎士を? 「三将」は本来、国王陛下の直属に置かれるはずなのに……」

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