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さる皇女の追憶ー3

 -☆-☆-☆-☆-☆-


「……とまあ、そんなことがあったのよ。それでその後ね、中庭で眠る私を起こさないように見守っていたアロセリアは、監督不行き届きとして大目玉を食らってしまったの。私を部屋に連れ戻さなかったせいでね。彼女には悪い事をしたわ。以来私も、結局彼女と一緒に外を出歩くことは出来ずじまい。お姫様は深窓の令嬢として大人しく過ごさなければいけませんでした、と」


 私は記憶を探り探りに昔話を語り合えると、はいお終い、と両手を叩いた。


 もっとも、いくつかリアスには意図的に伏せていることもある。私のこの身が、あまり長くは生きられないことなどもその一つだ。彼女はそれを聞いたら、また変に取り乱すだろうからと、そう思ってこのことは未だに伝えていない。無駄な同情を買い、あまつさえ彼女の足枷をまた一つ増やしてしまうのは、私の望むところでもない。所詮誰に話したところで、変えられない未来のことだ。……それならばリアスには、気兼ねなく大きな空へと飛び立って行ってほしい。いつか、私の届かなかった、広い世界へと。


 それに、隠し事はお互い様だ。リアスだって、きっと私に話していないことがある。だから、彼女がそれを話してくれるまでは、私もこの秘密については決して語らないつもりでいるのだ。


「へええ、そうだったのですか。姫さまとアロセリア殿に、そのような話が」


「ええ。でも、なんでかしらね。今更思い出したりして」


 少しおかしくなってきて、私は笑った。


 実を言うと、皇宮にいた頃のことはほとんど覚えていないのだ。物心ついてからのことも、なんだかぼんやりとしていて曖昧で。時折、こういった鮮烈な思い出だけは心に残っているけれど。それ以外の日常は、まるで水にふやけた写し絵のように、茫洋としている。


 理由はおそらく、それが思い出したくない記憶だからだ。無意識に心が蓋をしてしまったのだろう。人生で最も長かったはずの宮廷生活は、あまりにも希薄で色褪せていて、粗末な出来栄えだった。


「アロセリア殿はとても立派な志をお持ちなのですね」


「ん? ……ああ、そうね。彼女は「使命」という言い方に拘るけれど、掲げているのはとても崇高なものよ」


「誰かのために剣を振るう。私が姫さまのためにそうするように、彼女もまた……。とても尊敬します」


「そうね、でも……」


 私はそこで、かつてのアロセリアの姿を思い浮かべて言葉を切る。彼女はとても立派だ。それは確かに間違いのないこと。けれど……。


「あなたの思っているようなものではないのかも」


「え? どう言う意味ですか?」


「ううん、何となくではあるのだけどね」


 剣を振っていた彼女。私に笑いかけていた彼女。やがて騎士団へと入り、遠い存在となってしまった彼女。ラゴンと共に私と過ごしていた、あの頃の彼女。


 それらの姿を重ね合わせると、どうしても。


「彼女はその「使命」というものに縛られているような、そんな気がするの。自分の本当の思いや願いを押し殺して」


「使命に縛られている?」


「そう。心から笑っている時の彼女の姿を、騎士団で見かけたことがなかったから。剣を手にしている時の彼女はいつも固い表情で、どこか思い詰めていて。自分が何をしたいか、ではなく何をすべきか、を常に問いかけているような……」


「詳しいんですね」


「いえ、実はラゴンからも聞いたことでもあるの。彼はずっと、アロセリアの隣にいたみたいだから」


 ラゴンは言っていた。修羅の如く一心に剣を極めて高みに昇ろうとするアロセリアには、自分しかついていくことは出来なかった、と。いや、彼は恐らく、そんな彼女を一人にしないために、追いかけ続けたのだろう。誰よりも、アロセリアの危うい一面を知っていたからこそ。


「ただ、確かなことは。彼女は成すべきことのために自分というものを殺している、ということよ。そういう意味では……」


「なんです?」


「……いえ、なんでもないわ」


「……?」


 そういう意味では、あなたと似ているのかもね、リアス。


 そう言いかけて、私は首を振った。それではまるで、彼女が義務感から私の元にいることを咎めているように聞こえるな、と思ったからだ。それに、改めてその事を言葉に表すのは、少し切なすぎるように感じた。切ないな、私もリアスも、そしてアロセリアも。


 短い命を生きているからこそ思う。人は後悔しないように生きるべきだ。自分のために、自分自身の望みのために。


 本当は、目の前に座る不器用な彼女にも、それを教えてあげたい。いつか彼女が、本当に自分の望む未来を選択することができるように。しかし、私自身にそれ(・・)がないのだから、伝えようもないというものだ。恨むべくは、空虚な自分、空虚な人生。今も探してはいるけれど、タイムリミットはもう近いだろう。


「でも、分かる気もします」


「え? 何が?」


 一人考えている所で急にリアスに言われて、私は驚いたように顔をあげる。すると、リアスはどこか晴れ晴れとした表情で窓の外を眺めていた。彼女の視線の先では、銀の山脈が眩しい陽光を浴びて美しく輝いている。


「自分に変えてでも、護りたいもの、救いたいものがある、という気持ちです」


「あら、随分知った風な口調ね」


 彼女をからかう意味で、意地悪く言ってみたつもりだった。でも、妙なところでのみ底抜けに前向きなリアスは、それに対して明け透けな笑顔を返してくる。


「はい。私にとっては、姫さまがそうですから」


 いつもの彼女とは違う。何かを誤魔化すように、目を背けるようにして見せる笑顔とは違う、晴れやかな笑み。くもりも、わだかまりもない、純粋な気持ち。


「……そうね。あなたには、その身に変えても私に尽くしてもらうわよ」


 ぷいと目線を逸らして、私も景色を流し見た。私には少し、眩しすぎたから。


「はい、勿論です! それが私の望みですから!」


「……」


 何も答えず、無言で空を見上げる。


 今日は雲一つない快晴だ。私たちを見下ろす空は、今は星々をたたえることもなく、どこまでも青々と広がっている。


 あの空の果てまで飛んでいければいいのに。あの山を越えて、国境を越えて、はるか遠く大陸の果てにまで行ければいいのに。


 でもきっと、リアスにはできるんだろうな。こんなにも眩しく笑うことのできるリアスになら、いつか。


「空が綺麗ね」


「姫さまの方が綺麗です」


「またそういう事を言う!」


 この旅は一体どこに向かうのだろう。これから私たちはどうなるのだろう。


 そんなことは、誰にも分からない。それでも、今はまだ鼓動を感じ、息をしている。それならば、せめて生きよう。決して後悔のないように。いつの日か、それら全てが無くなってしまう、その時まで。


 私たちを見守る暖かい太陽は、まだしばらくは沈みそうもなかった。

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