さる皇女の追憶
「アロセリアのこと?」
成人の歳を迎えた私の晴々しいお披露目式典が終わった。凱旋パレードは一週間にも渡る日程で行われ、その間に私たちは王都を隅々まで回り尽くし、喝采を持って出迎える国民への挨拶を済ませたのだ。少々肩の荷が重くもあったものの、限りある命を生きる私にとってそれはとても貴重な時間だった。
そしてまたそんな時間も終わり、私たちは自らの領地である「樹氷の街」へと帰ることになった。国王陛下、お姉様方、宮廷騎士の面々に別れを告げて、私たちは馬車へと乗り込み、大国を端まで横断する帰路に着く。最早、一種の旅行とも言えるほどの長い道のりだ。
行きと同じように、二人で過ごすには少々広すぎる空間を持て余して私とリアスは対面に座り合っていた。そんな折、時折揺れる車内で、窓から流れる景色をぼんやりと眺めていた私にリアスは問いかけてきた。大陸に名だたる大国メルキセドの三将の一人にして、今や全軍を指揮する大将軍の位を預かるアロセリアという騎士は、一体何者なのかと。
「はい。あのお方がどのような人物なのか、興味があるんです」
「どのような、ね」
リアスの言葉に、私は肘を抱えた。難しい質問だ。誰がどのような人間か、など簡単に分かるはずもない。増してや私のような見聞の浅い箱入り娘のことである。いくら一時、彼女と過ごした時期があるとはいえ、満足に理解しているとは言い難い。
そもそも、なんでリアスは突然、アロセリアのことに興味など持ったのだろうか。彼女が他人に興味を抱くと言うこと自体、少し前までは滅多になかったことであるが。
そういえば、アロセリアの本名を聞いた時、リアスは酷く驚いていたような気がする。……ああ、ダメだ。あの時の恥ずかしさが蘇ってきた。
「も、もちろん、彼女のような要人の情報ともなれば、多少の機密は……」
「私も実際に会ったのは久しぶりだし、一言で表現するのは難しいけれど。自分の使命にとてもこだわりのある人間だったわね」
沈黙に耐えかねたように突然、それらしいことを口走り始めるリアスの見苦しい口上を完全にスルーして、私は先の質問に答える。リアスは一度キョトンとした表情になって。
「使命……ですか」
「ええ。なんと言えばいいのか……そうね。自分のやるべき事を常に考えている。あるいは縛られているというべきかしら」
「ははあ」
リアスが気のない返事を返した。私の説明が上手だった、とは言い難いので無理もない反応であるが。
「真面目で優しい性格ではあるのだけれどね。でも、少し思い詰めすぎるきらいがあるというか」
そんなことを話している内に、私はふと昔のことを思い出した。まだ随分幼い頃の記憶だ。私がまだ、ひねくれていてこましゃくれた可愛げのない子供だった時期の、他愛もない日常の話。
ただ、いちいちまどろっこしい説明をするよりも、直接彼女との思い出について語った方が分かりやすいかもしれない。
「そうね、彼女のことなら、昔こんなことがあったわ」
私は一言そう前置いて、長旅の時間潰しがてらに、思いもよらない昔話をはじめるのだった。




