エピローグ
不穏な襲撃の夜が終わった。襲撃者一味の生存者は全員捕縛され、騎士団へと身柄を連行された。アロセリアとガルタスが筆頭となって被害の報告管理や残党の捜索を行い、皇宮内が再び騒がしくなる。幸いなことに、国王陛下をはじめとする皇族に連なる者たちに危害が及ぶということはなかったようだ。どうやらガルタスによって、「魔神」を自称する不遜な闖入者達についての情報も共有されたらしい。
最も、ここから先は専門家である審問会の仕事だ。捕まった者たちはじきに、事件についての厳しい尋問を受け、その後は裁判にかけられるだろう。当然のことではあるが、皇宮襲撃は大罪中の大罪。まず間違いなく、死罪は免れない。それは恐らく、あの年端もいかない少年マルスも同じである。
だが、そのことの是非について、私がとやかく口出しできる立場でもないし、もちろんするつもりもない。私はただ、己の領分にある役目を終えて、姫さまと共に部屋へと戻った。まだ乾き切らない血の跡を拭き取り、生の傷口に薬を塗り込む。そして、似つかわしくもない煌びやかな家具と絵画に囲まれて、柔らかいソファの上に横になったのだ。
灯りの消えたシャンデリアのぶら下がる天井を眺めながら、私は夜遅くまで眠らなかった。久しぶりに、夜の闇が心地よかった。姿勢をよじった時に感じる傷口の痛みも、私にとっては苦にならない。むしろどこかで、喜んでそれを享受している自分がいる。
時折、姫さまの眠っている寝室の方をチラリと眺めたり。徐に体を起こして伸びをしてみたり。また、体を倒して目を瞑ってみたり。そんな風にして、時が経つのをただ待ち続けた。
それでも、私の頭の中から離れない。ふとした瞬間、焼きついたように、鮮烈にフラッシュバックする。
『命も夢も、世界がそれを許さないなら、奪い取るしかない』
襲撃者の女首領が残した、最後の言葉。彼女を守ろうとした少年の表情。それらが今も、耳の中、瞼の裏に張り付いて離れない。
「世界が許す……か」
掌を天井へとかざしてみる。
なぜ、彼女らは世界に許されなければいけなかったのだろう。命も夢も、生まれたというだけで、誰に許される必要があるのだろう。
その問いは、必然的に自分の元へと返ってくる。私は……私も、許されなかった。きっと今も許されてなどいない。
そして、許されたかった。
もう一度、誰かに触れてもらいたかった。私に生きてほしいと、そう言ってもらいたかった。
マルスは、どうだったのだろうか。彼もまた、同じものを求めていたのだろうか。彼は、一度でもそれを得ることができたのだろうか。
彼は自らの主人を、一抹のためらいすらなく、身を挺して庇うことを厭わなかった。
それなら、私は。
姫さまが同じ目にあった時、きっと私も、そうしていたはずだ。
いや、自分の命だけではない。例え、何を犠牲にしても……その他の、持ちうる全てを、奪える全てを引き換えにしたとしても、身勝手に彼女を助けようとするだろう。例え誰に、許されずとも。
私と彼は、何が違ったのだろう。
どうしてこんなことを考えるのだろう。
私は……今、どうしたいのだろう。
ああ、ただ巡り合わせが悪かっただけのこと。
そう、それだけに違いない。だってそれが、この世界の在り方なのだから。