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蠢く闇ー4

「なに!? 貴様ら、いったいどこから……!」


 ガルタスが、声色に驚愕を滲ませる。と、三人の真ん中、脇の二人を抱えるようにして現れた背の高い男が、ニヤリと笑う。


 闇夜に紛れる黒いマントに淀んだ暗赤色のシャツ、下半身はピッタリとしまった黒いタイトパンツに、爪先がやけに尖った黒い靴。肩までの長い白髪と琥珀色の瞳、唇は血を塗り込んだかのように赤い。痩せこけた頬、目の下の大きな隈、斜めに入った傷の縫い跡という病的な相貌に、加えてこめかみの辺りには釘のような物が刺さっている。そんな人間離れした不気味な容姿の男が、内なる狡猾さと残忍さを体現したように、唇を歪ませたのだ。


「どこからと言うなら、どこにでもいます。あなたがた人間のいる所ならね。恐ろしいでしょう」


「ふざけるな!! 貴様らは何者だと聞いている! どいつもこいつも、ここが「白銀の大国」メルキセドの皇宮だと弁えての狼藉であろうな!」


 掴み所のない相手の発言に苛立ったのか、ガルタスがいよいよ我慢ならずに怒声を飛ばす。対して、三人組の中でも最も小柄な一人が肩を竦めた。


「やだなあ、あんなに怒っちゃって。まだ僕たち何もやってないじゃない」


 綺麗な赤い髪を顎下まで伸ばした、あどけない顔の少年である。青く大きな瞳に、艶やかでりんごのようなふっくらとした頬。女も羨むであろう大理石の肌に、体格もゴツゴツとしすぎない柔らかい輪郭をしているが、服装は白い布を肩から腰にかけて一枚巻きつけているだけで、それ以外は裸同然だった。


 彼はすぐに、ニコリと優しい笑みを浮かべると、両手を広げてこちらに一歩踏み出す。


「こんにちは、こういう時は名前を名乗ればいいのかな? 僕はアザゼル、『愛の魔神』だよ」


「魔神……だと?」


 またしても、彼らの口から出た単語に、今度こそガルタスが反応した。私もまた、そのあまりにも奇妙な……ともすれば珍妙とさえ言えるような言葉に眉根を寄せた。


「あれ? 知らないの? おかしいなあ、君たちはそう呼んでいるって聞いたんだけど」


 私たちが怪訝そうな反応を示すと、困ったようにアザゼルと名乗った少年が首を傾げる。


 魔神……無論、知らないはずがない。


 魔神とは、この世界に遥か昔より伝わる古の神々のことだ。その名は最早神話の存在にも近しい。


 伝承によれば、歴程にさえ記されていないほどの遠い昔、世界にまだ混沌が満ち溢れていた太古の時代のこと。ヒューマンとエルフが手を取り合い、その魔神族をこの世界に召喚したことがあるという。異界より現れた、自分たちよりも遥かに強大な力を持つ彼らに、人は頭を垂れて教えを乞い、様々な知識を授けられた。


 そのうちの最たるものが、かつて大陸で隆盛を誇り、人の進化の歴史を大きく後押ししたとされる「魔法」の原型だったのだ。魔神の授けた技法……故にそれは魔法と呼ばれたのである。


 だが、それは所詮伝説だ。歴史にすら記されていない、どこの誰が言い始めたのかも分からないお伽話だ。星海の歌に記される「楽園」や「星の神」と同じくらい荒唐無稽な存在なのだ。


 よりにもよって彼は自分のことを、そんな魔神である、だなどと嘯いた。私たちの表情が思わず崩れてしまうのも無理はないことだった。


「んなどうでもいいことより、さっさとヴォイドを回収すんぞ」


 小首を傾げて私たちの反応に注視するアザゼルの肩を、その隣に立ったもう一人の少年が掴んだ。無造作に伸びた長い黒髪に顔の半分が隠された、刺々しい雰囲気の少年だった。年齢はアザゼルの同じくらいだろうか、黄金色の瞳を鋭く吊り上げ、口は不機嫌そうにへの字に結ばれている。木の棍棒のようなものを手にして肩に担ぎ、引き締まった体に獣の毛皮のようなものを一枚身に纏っている。アザゼルの持つ、どこか柔らかい雰囲気とは打って変わってかなり尖っているが、こちらも随分露出度の高い格好だった。


「おお、ヴォイド! まさか、首を斬られたのですか!? あの者たちに!?」


 その後ろに立つ白髪の男が、すぐに倒れているヴォイドの姿を見つけ、芝居じみた声を上げながら駆け寄る。


「おお恐ろしい! なんと血も涙もない凶行!! ああ、堪らなく恐怖でなりません!!」


 男は両手で頬を押さえ、身を捩らせた。すると、黒髪の少年が顔にシワを寄せて舌打ちする。


「おい、うっせーぞサマエル! ごちゃごちゃ言ってねーでやることすませろ、タコ!」


「ひぃ、なんと恐ろしい言葉遣い! マスティマ、あなたはどうしてそんなに他人を恐がらせるのですか!」


「ああ!? てめーがグダグタと下らねえことくっちゃべってるからだろーがァ!」


 露骨に感情を剥き出しにして、マスティマと言う名の少年は声を荒げた。途端、サマエルが震え上がり、それを宥めるようにアザゼルがマスティマの肩を押さえてなだめにかかる。


「ま、まあまあ、ティマもそんなにピリピリしないで。ほら、サマエルが怯えてるじゃない」


「っせーよ、お節介焼きが」


 状況を考えれば、あまりにも呑気とも思えるそんなやりとりを見せられて、私とガルタスはしばしの間、動きを止めてしまう。しかし、すぐにガルタスの方が、気を取り直して大胆な侵入者達に叱声を飛ばした。


「貴様らぁ! いつまでふざけているつもりだ!」


 ガルタスは、彼らの放つ独特の雰囲気に飲まれまいとしているのか、殺気を放って相手を威嚇する。と、それを受けて、アザゼルがまたも肩をすくめた。


「やだなあ、ほんと。ピリピリしちゃって。ティマみたい」


「っせぇ。ころすぞ、ゼル」


「まいいや。サマエル、回収は?」


「完了してますよ」


 サマエルがニヤリと病的な笑みを見せる。「回収」という単語につられて、私が思わず先程斬り伏せたヴォイドへと目を向けると。


「……ない!?」


 そこに倒れていた筈の彼の体が、いつの間にか跡形もなく消えていた。


「やつをどこへやった!」


 隠しきれない焦りを表情に滲ませながら、私は彼らに問いただす。対して、アザゼルが飄々と答えた。


「助けたよ。彼は愛しの仲間だからね」


「仲間だと!? それなら、今回の襲撃にお前たちも関係しているのか!」


 私が更に問い詰めると、答えようとしたアザゼルを制するように、マスティマという名の目つきの悪い少年が前へと進み出る。彼は鋭い八重歯を覗かせて、舌打ちをしながら私を睨みつけた。


「さっきからてめえら、いちいち質問ばっかでムカつくな。殺すか」


 途端、小さな彼の体から溢れ出る殺意。ヴォイドの放つ独特の気配とはまた違う、純粋かつ明確で、極めて強い殺意だ。喉を刺すような圧力と気迫を感じ、私は自らも応戦の体勢をとった。


 呼吸を整え、正眼に相手を見つめる。奴が少しでも動いたならば、すぐにでも剣を抜き放てるように。


「ダメだよ、ティマ」


 しかし、剣呑な雰囲気を漂わせるマスティマを、アザゼルが再び阻んだのだった。彼の肩に手を置き、アザゼルは首を横に振る。と、マスティマの方は不服げに抗弁した。


「んだよ。どーせヴォイドとやったんだろ、こいつら。そんなら俺が殺しておいてもいいじゃねえか」


「僕たちの目的は、飽くまでも観測とヴォイドの回収。戦うのは今じゃあない」


「同じことだろ! どうせこいつらは……」


「もうすぐ増援が来る。「三将」もいるよ。加えて彼らは、仮にもヴォイドを倒している」


「……ちっ」


 アザゼルの言葉に、マスティマは苛立たしげに顔をしかめる。だが、どうやら彼に従うことにしたようで、私たちに向けていた殺気を解くと、こちらに背を向けた。


「てめえら、命拾いしたな」


「馬鹿な。このまま大人しく帰すと思うか!」


 ガルタスが、その背中に向かって怒鳴る。だが、アザゼルはニコリと笑ってそれに頷いた。


「いえ、帰らせてもらいます。今回は、ね」


 彼の一言と共に、サマエルがアザゼルとマスティマの肩を抱く。すると、現れた時と同じ様に彼らの体を、影が足元から覆い始めた。


「待て!!」


 私達が同時に声をあげる。しかし、それを嘲るように、アザゼルは朗らかな顔で手を振った。それを最後に、三人の姿が完全に影に飲み込まれる。


 そして、影が晴れると、既に彼らは忽然と姿を消してしまっていたのだった。




「おのれ……!」


 ガルタスがもどかしそうに拳を握りしめる。私も、彼らの消えた闇の先を見つめながら目を細めた。


 奴らは一体、何者だったのだろうか。


「リアス!」


 そんな私の元に、離れて様子を見ていた姫さまが駆け寄ってくる。彼女は私の腕を掴むと、ようやく侵入者のいなくなった廊下を一瞥してから私の顔を見上げた。


「大丈夫、だったの?」


「はい。私は問題ありません。敵も逃亡を図ったようです。姫さまの方こそ、お怪我はありませんか?」


 私はなるべく柔らかい笑顔を向けて答える。姫さまはコクリと頷いてから、不安そうに眉根を寄せた。


「ええ。……でも、一体何者だったのかしら」


「分かりません。ただ……」


 私は下を向いて、ふと、先にアリスが言っていたことを思い出す。後ろ暗い連中がメルキセドの皇宮内部にまで浸蝕し、今の国王陛下はそれに謀られていると、彼女は言った。そして実際に、この国には史上はじめての戦争が迫っている。


 そのタイミングでの今夜の皇宮襲撃事件、そして謎の侵入者達。果たしてこれは偶然と言えるのだろうか。


「どうしたの……?」


 と、俯いて黙り込む私を気にしてか、姫さまが声をかけてきた。私は慌てて首を振り。


「い、いえ、なんでもありません。このような出来事ははじめてだったので、少し動揺してしまって」


「動揺……あなたが?」


「はい。不慣れなもので、申し訳ありません」


「そうなの……」


 あまりにも不穏な推測だ。わざわざこの場で姫さまの耳に入れるのも憚られる。いたずらに不安を助長するだけだろう。


 私は自らそう判断して、姫さまの質問をかわした。姫さまは納得しているのかいないのか、不思議そうな顔をしていた。


「おーい!!」


 ちょうどその時、宴の間に続く廊下の先の方から私達へ呼びかける声があった。


 見れば、一足遅れて増援に駆けつけたのか、大勢の騎士達がこちらに向かってきている。


 そして、その最後尾には、大国最強の騎士とされる「三将」の一人、アロセリアの姿も見えたのだった。

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