蠢く闇
魔神。
それは古……栄華と悠久を求……間によって呼び出された、伝承の神々の名前。
……らは星海の理を外れた世界から来訪し、偉大なる魔……授け、来るべき約……けて、その更なる発展を人に……される。
そして、気の遠くな……どの時間が流れ、人……界に魔法が普遍し……。
だが、神々は二度と、ハイニウムに舞い戻……はなかった。
我……に見……たのだ。
かつて、強欲なるエル……マンが編み出……理外の世界へ……じる扉を。
新……る時代への呼び水となっ……神と通じるための術を。
全てはそこにあった。
ただ傲然と、世界を睥睨す……に存在してい……。
我らは手にした。
大陸を……力を。
我らの齎す、新しい……を。
……れた新世界を。
ー「遺跡の大国」より出土した、旧時代の記録文書(風化が著しく、所々文字が掠れている)よりー
「なっ!」
その光景を目にして、私とガルタスは一様に声を漏らした。かなりショッキングな光景だったせいか、姫さまに至っては思わず目を伏せて震えている。
まさしく内側から弾けるかのごとく吹き飛んだのだ。あの液体はただの毒などであるまい。
だが、異変はそれだけではなかった。
「……?」
見つめていると、下半身だけとなったはずの彼女の体から、何かドス黒い泥のようなものが溢れ出してくる。明らかに血液とは異なる、淀んで濁った流動体だ。
やがてその泥は、一度ダイアンの亡骸の周りを渦巻いたかと思うと、大きく上空に向かって立ち昇り、廊下の高い天井をかすめて再び降り注いだ。
「な、なんだこれは!!」
焦ったようにガルタスが声をあげる。マルスの方は、ついに意識を失ってしまったのか、廊下に倒れたまま動かない。
「ぐ……グボッ……ギュジュ……」
水が詰まったかのような耳障りな音が辺りに響き渡る。蠢く泥は、意思を持つかのようにダイアンの下半身に纏わり付き、やがてその上で形を成し始めた。そのまま肥大した歪な上半身のように形をとると、腕に当たる部分をゆっくり動かす。絶え間なく泥の滴が床に滴り落ちると、絨毯が一瞬にして、焦げ付いたように黒くなった。そしてなんと、そのまま下の床石までもが、溶けるように煙を上げて削れてしまう。この泥は一体、何で出来ているというのか、少なくとも触らない方がいいことだけは間違いないのだろうが。
「グボボッ……ゴッ、ゴボバァッ!」
体の方からも、音を立てて泥が吹き出る。それはまるで、形を保とうとしながらも、徐々に耐えきれず溶け崩れようとしているかのようだった。
醜悪な姿へと変わり果てた彼女の亡骸を目にして、ガルタスは顔をしかめている。しかし、「彼女」に迂闊に近寄るわけにもいかず、今や抜き放った剣の振り先を失ってしまったようだ。
「くそ、一体どうなっている」
最もな問いかけを口にしながら、ゆっくりと後ずさるガルタス。
と、その時不意に、泥塊が一際大きく膨れ上がったかと思うと、勢いよく何かを噴出した。それは粘性を持つ黒い液体であり、四方に向かって放たれる。そしてそのまま、気を失って倒れている襲撃者の一味数人へと降りかかると、何と見る見る内にその肉体を骨まで溶かしていった。
それは、咄嗟に飛び退いたガルタスのすぐ目の前にも降り注ぎ、床石を大きく穿つ。
「……っ!」
ガルタスは目を見開き、今もまだ不穏に膨張と収縮を繰り返している泥塊を見やる。
私は、姫さまの方へと被害が及ばないよう彼女を背後に庇い、注意深く状況を観察していた。今の行動を見れば、あの泥の正体如何に関わらず、あれが危険な存在であるということは明白だ。さっさと始末してしまわなければいけないという判断は、ガルタスと一致しているはずである。
「姫さま、しばしここでお待ちください」
「え……?」
不安げに聞き返してくる姫さまに、私は何も言わずに一度微笑むと、ゆっくりと足を踏み出した。
私は無言のうちに剣の柄へと手を置いてガルタスと並び立ち、いつでも抜剣できるようにとタイミングを見計らう。
相手は人と違って、ただ斬りつければ済むというものでもないだろうが、これ以上好き勝手をさせるわけにもいかない。あれが吹き出す泥をかわしつつ、何とか排除する手立てを見つけなければ。
そう考え、柄を握る手に力を込めた時。
突如として再び、泥塊が大きく膨れ上がったのだった。
「むっ!」
私とガルタスが反応し、即座に身構える。
だが……。
「グジュ……ブシュ、シュウウウウウウ……」
なんと、そんな私たちの前でうねりを打っていた泥塊は突然、大気が抜けるかのようにしぼんでしまった。やがてそれは、煙をあげながらダイアンの下半身をつたって溶け崩れるように崩壊し、地面に流れ落ちる。そのまま、残滓の溜まりも蒸発するようにすぐに消えてしまうのだった。
「……なんだ?」
その光景を目にして、呆気にとられたようにガルタスが呟く。私もまた、肩の力を抜き、パチクリと瞬きをして沈黙を返すことしかできない。
後には、動かなくなったダイアンの亡骸が残されたのみだ。どうやらあの泥は、何らかの制御を失い、完全に消滅してしまったようだった。




