襲撃ー2
「なにっ!?」
見れば、そこからはレザーアーマーで武装した正体不明の男たちが次々と侵入してきていた。すぐにそこかしこから、同じように窓が破壊される音と、大勢の喧騒が聞こえて来た。
「な、何者だ、貴様らぁ!!」
「侵入者だぞ! 警備は何をしている!」
「とにかく、まずは国王陛下と皇女殿下達をお守りしろ!!」
突然の急襲にどよめく城内。
私は不届きな来訪者達の姿を見やって、舌打ちをする。その闖入者達は、それぞれナイフや長剣などの物騒な得物を手にし、顔は鼻から下を布で覆って隠していた。間違いなく癖者だ。この宮城を襲うことを目的としている。
厄介だ。よりにもよって姫さまのお側を離れているこのタイミングで襲撃されるとは。場が混乱すれば、一層姫さまの安全を確保することは難しくなる。
「よもや本当にこのメルキセドの皇宮を襲撃しようだなどと考える連中がいるとは、驚きました」
一方、マチルダ様の前に立ちはだかるサカールは、余裕を崩さずにそんなことを呟いた。つとめて落ち着いた様子で、早くも自身を取り囲みつつある荒らくれた武装集団を眺める。
「聞くまでもないですが、念のために伺っておきましょう。このような場所に一体何用ですか? 恐れ多くも今は皇女マチルダ様の御前ですよ?」
「はぁっ!!」
彼の問いに、しかし向こうは答えることなく、代わりに石剣を手にした一人が有無を言わせずに躍りかかった。
「やれやれ、無粋な」
無言の返答をもらい、サカールは肩を竦める。そして、敵の振り上げた石剣の軌道を注視すると、僅かに体を逸らして回避した。そのまま、追撃に移ろうと相手が顔を上げるより早く、その鳩尾に渾身の膝蹴りを喰らわせる。
「ぐあぁっ!!」
見事なまでの一撃を受けた男が、気の毒な悲鳴をあげて剣を落とし、蹲った。その様子を見下ろして、サカールは秀麗な顔を歪ませ、嘲るように笑う。
「さあ、跪いて私の足に口づけなさい」
それだけ言うと、身をかがめる男の顔面を思い切り蹴り上げたのだった。
男の首がありえない方へと曲がり、物を言わなくなった体がわずかに痙攣しながら床を転がる。それを一瞥さえすることなく、サカールは男の朋輩を刺すように鋭く見渡した。
「さて、お次はどなたが?」
視線の圧力に気圧され、怯んだように襲撃者たちがお互いに顔を見合わせる。ジリッと靴底を床に這わせ、どう攻めるべきかと悩む素振りを見せる。
その隙を見て、サカールは私の方へと声をあげた。
「さあ、リアス殿! ここは私に任せて下さい!」
「え! し、しかし……」
彼のありがたい提言に、私はたじろいだ様子で言い淀む。だが、彼は不適に微笑んで。
「構いません。貴女には貴女の主君がおられる。そうでしょう?」
「……!」
サカールの的を得た言葉に、私は思わず目を見開いた。それからマチルダ様の方へと目をやると、彼女の方も無愛想に頷きをくれる。
私はそれを見て、二人に背を向けた。
「も、申し訳ありません! お二人とも、どうかご武運を!」
そして、そう言い残し、弾かれたように走り出した。
ところが、駆け出した私は、すぐに何者かに行手を阻まれることになった。
「むっ!」
突如、真横から襲いくる気配を感じ取り、私は足を止めて大きく体をひねる。鼻先スレスレを、小さな銀の照り返しの残像が掠め、空気が過ぎる感触を伝えた。
急襲の敵から距離を取るように後退り、私はその姿を見やる。
「……なっ!」
そして、それを目にして思わず顔をしかめた。
「外した、か」
私に背を向けてそこに立っていたのは、このような状況には余りにも似つかわしくない、まだ年端も行かぬ幼い少年だったのだ。控えめに言っても、十五の私より更に一回りほど小さいだろう。市街の広場で駆け回っていても違和感はない。そんな幼齢の子供が、不似合いなナイフを逆手に持ち、背中越しにこちらを振り向いた。
色が抜け落ちたような真っ白な髪に、同じく病的なほどの真っ白な肌。身軽なシャツとハーフパンツという服装と革のブーツを履いた格好で、肩掛けベルトを斜めに背負い、そこに無数のナイフを挿している。加えて、何よりも特徴的なのが、黒の目隠しとマスクで覆われた顔だった。彼はどういうわけか、顔のほとんどを隠しているのだ。露出しているのは耳と鼻、それに目隠しとマスクの間のわずかな隙間だけである。随分と暑苦しそうというか、そんなことをして不便ではないのだろうか、と疑問になる。
なぜ、と問いかけることさえ忘れ、彼を見つめて、私が呑気にそんなことを考えていると。
「あんたが、第七皇女の騎士だな」
「……え?」
不意の問いに、私が思わず聞き返す。だが、その真意を尋ねるよりも前に、少年がこっちに向かって大きく跳んだ。身軽な身のこなしで一瞬にして距離を詰め、ナイフを振るって来る。
「悪いけど、死んで」
遅れて、無感情な声だけが私の耳に届いた。その頃には既に、ギラギラと鈍く光るナイフの刃先が私の間近にまで迫っている。
「随分大胆なお願いだ。……けど」
しかし、すんでの所で、少年のナイフは見えない何かと打ち合ったかのように弾かれる。空中で体勢を崩した少年は、それでも器用に体を捻り、後方回転しながら着地した。
「何かに当たった……?」
少年が、見えているのかいないのか、自らの手元に顔を向けて首を捻る。続けて私の方を向いて。
「なにしたの?」
「自分の命を狙っている相手に教えると思うかい?」
「そう。なら、いい」
釣れない返事を返してやると、少年はぶっきらぼうにそれだけ言い、手にしたナイフを投げつけて来た。真っ直ぐ、的確に私の急所を狙って放たれるナイフは、すぐにまたしても私の眼前で弾かれて宙を舞う。
……しかし。
「殺った」
耳元で、誰かが無機質に囁いた。
「……おや」
速い。
私でさえ、一瞬見失いかけた。
ただ身軽なだけではなく、明らかに仕立て上げられた挙動だ。
それも極めて野性的で、本能的。そして、敵を仕留めることに特化している。
あるいは、私と同じだったのかもしれない。
少年は投げつけたナイフを囮に、一瞬にして横から回り込み、ほぼ同時に私に切りかかってきていたのだ。実質的に挟撃をした形となり、無防備な私の首元を鋭利な切っ先が襲う。
「……っ!」
しかし、結局その一撃も、私に届くことはなかった。何かがぶつかり合う音と共に、再び少年の体が宙を舞う。今度こそ勝利を確信していたのか、少年は受け身を取り損ねて、一度床に背中をついた。それからすぐに片手を軸に立ち上がり、姿勢を低く構えて警戒した様子を見せた。
私はそんな彼を見下ろして、涼しげにほくそ笑む。
「一本と言ったかな?」
「なるほど……」
少年は私の言葉を聞くと、平静を保ちながらも、ようやく攻撃の手を止めた。どうやら、その意味を理解したらしい。
『不可視の斬撃』。この能力は、そんな風に呼ばれることもある。
私は自分の周りに、目に見えない斬撃を纏っている。……いや、纏っているというより、溜めていると言った方が正確かもしれない。
闘気術という由緒ある技術の応用で、事前に生み出した斬撃のみを保持し、操ることができるのだ。総数は五本。今の私の実力ではこれが限界だ。と言っても、別に不足なわけではない。
目に見えず、その位置や間合いすら測ることのできない刃を自在に扱えるということは、対人戦においては絶大なアドバンテージである。たった一本あるだけでも、剣の勝負ではほとんど負けることはなくなるだろう。その上で、相手はいくつあるのかも分からない私の斬撃の数までも把握しなければならない。実際には五本であったとしても、相手にはその二倍、三倍、あるいはそれ以上の影響力となる。
実際、目の前の少年がもし子供でなければ、今頃はとっくに首を飛ばしていたところだ。
だが、それでも「限界」という言葉を使ったのは、世の中にはこの十倍の数の斬撃ですらも扱える人間が存在しているからだ。こんな私もまだまだ、未熟者なのである。
けれども、それはこの戦いにおける勝敗とはまた別だ。
「分かっただろう? 君の齢で命を張るのは不毛だよ。大人しく降参した方が身のためだと思うけどね」
私は、不本意な戦闘を終わらせようと、小さな少年に呼びかけた。さっさと姫さまの元へ向かわなければという思いと同時に、このような年齢で、こんな悪事に加担させられている彼のことを哀れむ気持ちもあり、これ以上は戦いたくなかったのだ。
しかし、ナイフを手にしたままの少年は、一瞬思い詰めたような素振りを見せた後、それに対して静かに首を振り、立ち上がる。どうやら、残念なことに停戦の申し出は跳ね除けられたらしい。
となると、こちらとしてもいよいよ手加減してはいられなかった。これ以上モタモタしている場合でもないのだ、次は本気で彼を制圧する。
例えどれほど哀れに思えたとしても、私には「あの方」を置いて優先できるものなど何もないのだ。場合によっては、腕か足を一本、もらうことにもなるかもしれない。
「……残念だよ」
私が、覚悟を決めて視線を鋭くした時。
徐に、少年が目元の隠し布に手をかけた。それから一言。
「ごめん」
と短く告げてきた。




