EP8 月は無慈悲な夜の女王
僕はニーナとリミを指差す。彼女たちは見つめ合ってしばし考えたあと、
「うん……。生きて帰ってきてよ」
「どうしようもないしね……」リミは諦観気味だった。
「そう、どうしようもないんだ。リミ。そもそも私らは一蓮托生だし、君らは隠れ家で結果報告だけ待っていれば良い。大丈夫、私は〝エネルギー操作〟を使えるんだから。それに……」
僕はレイに目をやる。彼は不敵な笑みを浮かべ、
「よろしい。スマホを出せ。敵性のヤサの住所を打ち込んでやる」
「ウォーカー、敵はどんな能力を使うの?」僕は尋ねる。
「〝レッド・アラート〟という能力だ。ヤツは音を操る能力者。ヤツから発せられる音は、文字通りすべてを壊す。車もアスファルトも、だ。さすがこのウィング・シティを支配しようと企んでる組織の幹部なだけあるな?」
「なるほど。ちなみに、音はエネルギーだよね?」
「音は空気の振動で発生するエネルギーだろう。もちろん、どう攻略するかは任せる。ただまあ、ヤツのヤサには大量のボディーガードがいるのを忘れずに」
「……、アーキーもおいていけと?」
「それこそ自分で決めろ。おれの見立てが正しければ、オマエを除いて全員ランクDかつ無能力者だろうが」
「分かった。アーキー、どうする?」
僕は狭い部屋でアーキーに向き直し、彼女に確認をとっておく。
「オマエをおいて温かい部屋で寝てられねぇよ。さっき助けられた恩もあるし」
「分かった。でも、そんなチャッチイ拳銃じゃいつ暴発するか分からない。現地調達しよう」
「よし……」
「それでは、お二方。健闘を祈ってるぞ。そこのふたりはヤサへの地図を用意する」
指をゴキゴキ鳴らし、僕は臨戦態勢に入る。
まず、この作戦はとことん時短しなければならない。警察機関が崩壊しているウィング・シティで時短なんて意味がないかもしれないが、そこは僕の手に入れたギアが関係してくる。
大前提として、僕のギアは時間経過とともに、感情が乏しくなり近くにいる者を滅多殺しにしてしまう〝サイコ・キラー〟になってしまう。慣れていけば〝サイコ・キラー〟になるまでの時間も伸びるが、最初のうちは10分が関の山だろう。つまり、10分だけこの街トップクラスの能力者となれるわけだ。
となれば、やはり時間をどれだけ短縮できるかに懸っている。仮に〝サイコ・キラー〟になって感情が乏しくなったとする、そして女ザコを痛めつけても、感情が弱いためあまり感動を得られない。さらに、この女ザコどもを痛めつけて良いのは、僕だけだ。
「さあ、行こう」
「お、おう」
そういう複雑な感情を抱きながら、僕たちは1キロメートル先のフロンティア幹部邸へ向かう。
*
「豪邸だねぇ」
「な、なあ。ホントにここをたたくのか?」
「今更怖気ついた?」笑みを交える。
「そりゃあ、ギャングだらけのヤサ見れば誰だって……」
「闘いは数が決定打になるわけじゃない」
そう、僕の能力的に、数十人ほどのギャングなんて敵ではない。
「とりあえず、離れていて」
僕は空に手をかざす。空には無慈悲な女王、月が広がっている。これより得られるエネルギーは、光は、ギャングたちの豪華な隠れ家を吹き飛ばすのに十分だ。
「あ、ああ」
僕は右手でデバイスの電源を入れ、そのまま野球ボールでも投げるような動作で手を動かした。
そして、
衝撃波が、広々とした一軒家を徹底的に破壊した。
辺りから悲鳴や嗚咽が聴こえる。ここまでの威力なら、確実に死者が出ているだろう。それでも、僕は眉ひとつ動かさない。
そのまま後ろを振り向き、一旦デバイスの電源を切る。
「大丈夫だった?」
アーキーは口をポカンと開け、突っ立っていた。
「大丈夫もなにも……、アンタ、無慈悲だね」
「そうじゃないと、この街じゃ生きていけないよ」