EP34 退屈なき街
「強盗? どこを襲うのさ」リミは怪訝な顔になる。「マルガレーテさんやカルエさんがいれば、確かに襲えない場所なんてないかもだけど、正直あれだけの資金を再び手にしたいなら、宝石店じゃ足りないよ」
マルガレーテとグリッドの所為で燃え尽きた札束。それを見てきたリミがそう言うのだから、やはり並大抵のカネではなかったのだろう。
それに加え、僕にはもうひとつの懸念点があった。
「それもそうだし、なにより情報の入ったディスクドライブも燃えちゃったんじゃないかな、って」
「あ、確かに」アーキーが反応する。「あの4人がかき集めたデータもなくなっちまったのか。むしろカネより、そっちのほうが問題じゃねぇの?」
「そう。バックアップがあれば良いんだけど」
そんな中、インターホンが鳴った。ニーナがそこへ向かっていく。
「はーい」
『おれたちだ。入れてくれ』
「はーい」
ニーナが解錠しかけたところに、僕が一旦ストップをかける。
「本人かどうかちゃんと確認しておきたい。私がエントランスまで行くよ」
「おけい~」
僕らの暮らすマンションの一角は、ブラッドハウンズやその対抗組織が緩衝地帯として扱っている場所。とはいえ、万が一ということもある。
確信を持てないのなら、自分の目で確かめたほうが良い。
というわけで、僕はエレベーターを使って下の階まで降りていく。
「……なんというか、あの子たち、自我みたいなものが生え始めている気がする」
ぼそりとつぶやく独り言。一人称の聴こえ方が、ニーナは〝私〟でリミは〝うち〟アーキーは〝あたし〟と、それぞれ分かれ始めている。最初のほうは基本的に〝私〟で統一されていた女ザコが、だ。
「見た目もアップデートされて、これじゃ女ザコとも言えないかもね」
僕とリミは元の金髪だが、ニーナとアーキーは奇妙な髪色になっている。アニメや漫画みたいな色に。
それはつまるところ、僕が色々と引っ掻き回して彼女たちを改造するように仕向けた結果、彼女たちはそれにふさわしい存在へとなり始めているのだろう。女ザコでやられ役から、確固たる意志を持ったウィング・シティの無法者へと。
「全く、本当に楽しい街だ」
そう言い、僕はエレベーターから降りて、エントランスの向こう側にいるカルエたちに手を振る。
「悪いね。カメラ越しじゃ、確証を得られなかった」
僕の顔が認証され、横開きの扉が開かれた。
「悪いことではないさ。この街じゃぁな」カルエはそう言う。「パラノイアでいるくらいがちょうど良い。でなきゃ、隙をつかれてお陀仏だ」
カルエの隣には低身長の美人さん、ルキアがいた。きょうはメガネをかけていて、横に傾けたスマホとにらめっこしている。話しかけないでおこう。
「クソッ、完全に二日酔いだぞ……。誰だ、あたしに酒飲ませたのは」
「ボス、もう酒なんて飲むな。そうやってヒトの所為にするのなら」
愉快なブラッドハウンズの元ボスは、顔色がとても悪かった。よほど酒に弱いのだろう。
そんな彼女の(顰め面しながら)背中をさするのは、ブラッドハウンズの元ナンバーツ。ある意味お似合いな気もする。
「こんなところでお話しても仕方ない。上、行こう」
「ああ」
僕らはエレベーターに乗り、上へ向かう。
カルエはエレベーターの中で呟く。「富裕層気取りの無法者が持つには、ピッタリなマンションだ」
僕は苦笑いを浮かべた。「だね。豪華なところへ住んでいれば、自分も少し高等な人間になれると思っていそうな連中の隠れ家だよ」
カルエは腕を組み、口を尖らせる。「おれら無法者は、どこまで行っても乱暴者で嫌われ者だ。自分を本気で愛してくれる父や母を持たなかっただけで、こんな扱いなんだから。嫌気が差すね」




