EP31 不条理を超えてゆけ
「──!?」
僕は、グリッドを地面へ叩きつける。先ほどのリプレイのごとく。ただし、くらうほうとくらわせるほうは真逆だ。
「ッてェなぁ……。いくら身体改造してる、つってもよぉ──」
だが、この程度で殺れる男ではない。グリッドは頭を抑え、片頭痛のときのように右頭部を抑える。
「痛てェモンは痛てェんだよなぁ!!」
声を再び荒げたグリッドは、僕に向けて酸素の弾丸を放ってきた。が、それらはすべて反射され、ことごとくグリッドの元に返されていく。
「反射のレベルも上がってるようだな! オマエのデバイスで反射されるものは、すべて無自覚のうちに選別されている! そうしなきゃ、なにも掴めず空気も吸えないしなぁ!!」
それでも、グリッドは自身を空気に溶かして逃げようとする。彼は酸素になれるし、酸素をつかめる。更にそれを固めてナイフのようにも、弾丸のようにもできる!!
「だが!! おれの能力は酸素を毒ガスにも変えられる!! オマエの肺に空気がなくなったとき、おれの勝ちは確定するんだよ! ……、悪リィな。ブラッドハウンズの兄弟・姉妹よ!! ここは勝たせてもらうぜェ!!」
グリッド・コールは、この一帯の大気を毒ガスへと変換した。そうすれば、ブラッドハウンズの下部構成員が死に絶えようとも、僕を刺せると確信したのだ──、
「さぁ、ショーをしよう!」
そう、今までの僕だったら死んでいただろう。根比べに弱いのは、マルガレーテとの戦闘でも理解済み。それを知っているのか知らないか、グリッドは僕に我慢比べを強いてきた。彼自身にも毒素が回る可能性のある大技を、しかし僕を危険視して切ってきた!
「グリッドさん!! おえ、喉が、がぁあああ!!」
だけど、僕の新たな可動領域は、その不条理すら塗り替える!!
「──!?」
刹那、グリッドは口から激しい吐血をした。赤黒い血潮を吐き散らし、彼は顔を張り詰めさせる。
「てめェ、おれに毒ガスを返しやがったか!?」グリッドはえづきながら、先ほどよりなにも言葉を発しない僕へ向けて言う。「どういう条理だ!? てめェはこの一瞬で、おれの毒素を識別して……それだけを吹き飛ばしたのか!?」されど、彼は猛り笑う。「アハハハッ!! おもしれェよ、オマエ!! たった2日で良くそこまで使いこなせるモンだ!! すげェ、すげェ!! 素晴らしいよ!! それでも、おれァただじゃ死なねェぞッ──」
『オーバヒート・モード、シャットダウン。これより通常モードに切り替えます』
これにて、僕とグリッドの決着はついたのだった。
*
「……、」
僕は、仰向けになりながら夜空を眺めていた。もう身体を動かしたくない。これは僕なりの抵抗みたいなものだ。だって、この世界に来てから何回闘ったと思っている? 少しくらい休ませてくれ。
そんなわけできれいな月を眺める。良い夜だ。相変わらず発砲音は聞こえるし、誰かの悲鳴も、それにうめき声も……、
「ニーナ!?」
途端に僕は起き上がった。なぜなら、ニーナのうめく声が聴こえたからだ。
「クソ……、もうデバイスは使えないぞ? これ以上使ったら、サイコ・キラーになる」
なんとか身体に力を入れ、ニーナのほうへと歩み寄っていく。
記憶もおぼろげだが、グリッドが最後に残した言葉が気になって仕方なかった。僕を殺れないのなら、代わりになにかしらを冥土まで連れて行くぞ、という警告のように聴こえた。
「ニーナ……」
その瞬間、
「わっぷ!!」
寝そべって苦しそうにしていたニーナが、抱きついてきた。彼女は僕の頭を胸の辺りに当てて、
「シールドでなんとか生き残れた!!」
子犬のように喜ぶ。
やがて、警察と救急車がやってきた。すでに死体の大地を築いているのに遅すぎる。もっとも、ここは財政破綻を起こした街。医療機関も警察機関もバイトみたいなものだと思えば、遅いもなにもないのかもしれない。




