EP26 パクス=アトミカ
「はーっ」
僕はソファーにもたれ、ふと思う。
そういえば、ニーナとアーキーはどうなったのだろうか、と。
「ねぇ、マルガレーテさん」
「なんだよ、ヒトが傷心に浸ってるのに」
「ニーナとアーキーの改造、もう終わったかな」
「あー、あのふたりか。手の改造なら、もう終わってんじゃね?」
「だったらもう呼び戻してよ。あまり改造し過ぎると、あの子たち正気度擦り減っちゃう」
「おーう」
マルガレーテはおそらくジーターへ電話をかけ始めた。
「手の改造終わった? ああ、そうか。テレポートでこっちまで連れてきてくれや」
短い通話を終わらせ、マルガレーテは酒瓶とグラスを持ちバルコニーに向かっていく。彼女はウィング・シティの夜景を見ながら、スコッチ・ウィスキーのロックをあおり始める。
自分の世界に入り込んでしまったマルガレーテに変わり、カルエが僕に話しかけてくる。
「よう。マルに勝つとは、偉れェ戦力を手にしちまったな」
「正直、引き分けみたいなものだけどね」
「まぁな。そのデバイスの持続時間が短すぎるのと、アイツみてェな体力オバケには分が悪いことは分かった」
「そうだね。で、これからどうやってブラッドハウンズをぶっ潰すつもりなの?」
「良い質問だ。話すと長くなるが、良いか?」
「良いよ」
カルエは僕と向き合う形で座った。
「要するに、ブラッドハウンズの反乱因子がマルの男に、自分らの犯罪を押し付けたんだよ。マルはその男、というかオマエらより年下なんだが、ともかくソイツを溺愛していてさ。自分の子どもみてェに可愛がってた」
「なるほど。それでマルガレーテさんが身代わり出頭したと」
「その通り。マルは捕まれば終身刑か死刑は免れない。だが、そのマルの男に着せられた罪も重たい。向こう10~20年出てこられねェくらいに。では、なぜマルはシャバにいると思う?」
「司法取引? どんな取引なのか知らないけど」
「少し特殊な司法取引だよ。いや、10ヶ月ほどの執行猶予といったほうが正しいか。その間にブラッドハウンズのブレーキがぶっ壊れたような勢力拡大を止めろ、と」
「ブラッドハウンズの勢力拡大……?」
「アイツら、核兵器を隠し持ってる」
「は?」
核兵器? そんなもの、どうやってどこにどのように隠せる? 僕は目を細めた。
「ウィング・シティのどこかに核兵器がある。ミサイルなのか、砲弾なのかは分からない。それのスイッチを握っているのが、今のブラッドハウンズのボスだ」カルエは首を一回横に振った。「ウィング・シティどころか、州ごと吹き飛ばすほどの威力だろうな。連中はすでに、ウィング・シティのお偉方にその力をもって恫喝を始めてる。この街を本物の無法地帯にして、自分らは天下を握ろうとしてるわけだ」
おおよそ嘘であってほしい話だが、カルエがそんなくだらない嘘をつくとは思えない。
「……、マルガレーテさんはあと何ヶ月シャバにいられるの? あのヒトだって不穏因子。当局が手柄なく手放すとは思えない」
「1ヶ月だ」
隣に立って顔を蒼くしていたリミが、カルエの軽い笑みを交えた言葉に怯えたか、身体をガタガタ震わせる。
「9ヶ月間でも探せなかったの? 核兵器は」
「あと少しのところまで来てる。だが、さっき言ったように虱潰しなのは否めん。それに、この仕事はマルなしじゃ無理だ。当局も援軍をよこさねェしさ」
「……、普通よこしそうなものだけど」
「FBIもCIAへもブラッドハウンズのスパイが潜り込んでる。当然、軍にも。馬鹿げてると思うだろう? おれもそう思うぜ。ただの裏組織が、合衆国の獅子身中の虫になっちまってるんだからな」
あり得ない話……とも断言できない。この世界での合衆国、基アメリカは大幅に弱体化している。他国に超大国の地位を奪われつつある、没落国家扱いなのだ。
それに、没落国家という事実は、ウィング・シティのような街が存在する時点で裏打ちされてしまう。




