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イノセント・ガール

「シャドウ・ガール」番外編1 女王様視点で。タイトルに深い意味はありません。何となくつけました。

 

 

 

 その日、一日の公務をこなして漸く自分の居間に戻った私が一息ついていると、控えめなノックの音がしてオーガスタが入ってきた。

 カチュアが下がりましょうか? と目で言ってくるのに軽く首を振って、後ろに控える事を許すと、オーガスタはいつものように淡々と告げた。

「陛下、お休みの所失礼致します。実はシュトレーゼル伯爵様がお目通りを申し出ておられます。本日退院されたそうですが、確かお約束はございませんでしたね?」

 アレックスが早晩やってくる事は予想していたから私は別に驚かなかった。こんな時間に来訪した事はかなり異例だが、彼ならば考えられない事ではない。彼は私の体が空く時間を知っている筈だから。ま、でもまさか退院したその日にやって来るとは思っていなかったけれども。

 大体、全治一カ月以上とか言われてたくせに、三週間でおん出てくるって一体どういう体の構造しているのかしら? 冗談めかしてアメーバ呼ばわりしたけれど、あながち間違っちゃいないと思う。

 私は返事を待っているオーガスタに頷いて見せた。 

「そう。お通しして。それから、何か軽食を二人分お願いしたいのだけれど」

「そういえば、今夜の晩餐会では殆ど何も召しあがられなかったと、先ほど侯爵様から伺いました。お疲れなのでしょうか、お加減の方は……? なんでしたら、伯爵様の方にはそう伝えて、日延べして頂きますが?」

「いいのよ。夕食を食べられなかったのは、体調が悪い訳ではなくて、とっても退屈だったのと変に気づかれしただけだから。それに、今日はリヒト先生の来られる日では無かったし、歩行訓練もおざなりだったので、あんまりお腹が好いてないの」

 そう言うと聡いオーガスタは静かな微笑みを浮かべた。私の小さな嘘を見抜いているのだろう。

 だけど前半部分は本当。復帰したてで、難しい仕事が入らないのは助かるけれど、代わりに別に私でなくてもいい様な人たちとの懇談や、食事会などが多くて、おざなりにも出来ないものだからこれはこれでけっこう疲れる。人間なんて勝手なものだ。一時は死を覚悟して、命が助かるなら何でもしますとか祈ってたくせに、のど元過ぎればこれだ。本当は仕事に復帰できるだけでもありがたいと思わなくてはいけないのに。

 だけど、病院で過ごした苦しい日々と、その後に出会えた奇跡の様な幸福、そして従姉のリシェルとの心が湧き立つような楽しい時間を味わった後で、名誉な閑職をあてがわれたおじいちゃん達とのお食事会なんて、悪いとは思いつつ拷問に等しかった。

 それくらいなら、議会での福祉予算分捕り大会だとか、丁々発止の夜会外交とかの仕事の方が性に会っているなぁ……アロウ爺やに、もう少し仕事を増やしてと言ってみようかな? セザールの事もあるし……。

 あ

 いけないいけない、今はアレックスの事が先決だった。

 今日はリヒトに会えなかったから、なんだか不満が鬱積しているようだ。でも、歩行訓練は怠ったりしてない。一日でもサボると、絶対次会った時に真面目にやっていませんでしたね? って言われるから。実は彼がいない時の方が熱心にやっていたりする。彼の前でつまらない自分を見せたくない。

「失礼致します」

 カチュアとオーガスタが出て行って暫くしたら、アレクシオンがのっそり入って来た。相変わらず占有容積の大きい男だ。けど、雰囲気はのっそりとしていても姿勢がよくて、歩く姿には隙が無い。

 彼の入院中、病院には一度行ったきり、会うのはそれ以来だ。けど、あの時も結構元気だったけど、すっかり元通りじゃないの。やっぱりアメーバだ。への字に曲げた口元は相変わらずだけど。

「夜分に申し訳ございません」

 おや、珍しく感心な態度ね。

「久しぶりね、よく来てくれたわね、アレックス。体の方はもうすっかりいいの? 随分早く退院したものね」

「お陰さまで、もう本復いたしました。あの折は陛下に病院にまでご足労いただき、申し訳ありませんでした」

 私が勧めた椅子に腰を下ろしながら殊勝な事を言う。陛下だって? 笑いが込み上げる。彼一流の照れ隠しとは分かっているが、いつもはよくて「あなた」、気分によっては「あんた」と私を呼ぶのだ。一体誰の所為でこうなったんだか。

 私は内心にんまりしながら、何気ない態度を装った。

「そうそれはなによりだわ。で、今日は何のご用昼ごろ退院したばかりで、早々に私に会いに来るなんて、よっぽど差し迫ったご用なのねまぁ、他でもないあなただから構わないけれど」

「申し訳ありません」

 やや恩着せがましくそう言うと、同じような返事が返ってくる。おかしいったら無い。この天上天下唯我独尊男が五分も経たない内に二回も謝った!? 前代未聞ではないだろうか。

 彼が何を言わんとするか、方向性だけは分かっているつもりだ。さてどうやって話を切り出すのだろうかと、待ちかまえていると、「失礼致します、お食事をお持ちしました」と、オーガスタが二人の侍女と共にと共に軽食の乗ったワゴンを持って入って来た。

 流石にタイミングを心得ている。あまりに卒が無さすぎるのも考えものだが。

 私が意地の悪い事を考えている間に、オーガスタ達はテキパキと食事の準備をする。遅い時刻と言う事もあって、野菜をとろとろに煮込んだスープと軽焼きパン、薄く切ったチーズという気の利いたメニューだ。さっきあんまり食べなかったせいで見た温かい食事を見た途端、お腹が空いて来た。

「ありがとう、オーガスタ。急に言って悪かったわ」

「いえ、そのような」

「遅くまでありがとうと厨房にも伝えてくれる? もう滅多にこんな事は頼まないわ」

「伝えましょう。ですが、陛下はそんなお気遣いは無用ですよ? 我々にもっと甘えて下さい」

「……リシェルは甘えてた?」

「いえ……そう言えば、あの方もちっとも甘えて下さいませんでしたね」

 ふと思いついて尋ねてみると、案の定な答えが返って来た。あの子も私と同じで、なかなか人にものを頼めない貧乏性なのだ。

「でしょうねぇ」

「……それでは失礼足します」

 オーガスタはちらりとアレックスに視線を送ると、侍女たちを連れて出て行った。

「さぁ、暖かいうちに頂きましょ」

 再び二人になったので、なんだか居心地が悪そうにしていたアレックスに向かいに座るように進める。スープの良い匂いを嗅ぐと、彼も少し頬を緩めて腰を下ろした。よかった。本当にお腹が減っていたのもあるが、食物を仲立ちにした方が彼も話しやすいと思ったからだった。

「馳走になります」

 それから暫く、私達は黙々と食べ続けた。アレックスも小腹が減っていたのだろう。気が利いて彼の前に山盛りにされたパンをスープに浸してむしゃむしゃ平らげている。すらりとしている割に大食漢だ。

「それで?」

「は。……実は」

 少しは落ち着いたと思える頃、私がやんわり水を向けると、彼はやっと話し出した。アレックスとは幼馴染だが、こうして二人きりで話すのは随分久しぶりだ。

「家を出ようと思うのです」

「あら、どこかへ行くの?」

「いやそうではなく、家の名を捨てようと思って。父から送られた称号を」

「シュトレーゼル伯爵をって事?」

「そうです。伯爵といっても、親父……父が幾つかもている称号の一つで、成人する時に貰ったと言うだけで、俺にとって余り意味は無い……というか、却って縛りになると考えたから」

「縛り?」

「ええ。俺には貴族は向かない。試しにアロウ侯爵の手伝いをやってみましたが、政治家にも向かないと言う事がわかりました。家の誉れも財も、俺が偉くて持っているものじゃない。今の王家の護衛官という仕事に不満はありませんが、それも俺が名のある家の出という事で貰えた仕事ですからね」

「まぁ、家柄だけじゃなれない仕事だと思うけれど。能力とか、実戦経験とか。それはあなたが頑張って得た成果でしょう?」

「まぁそうですが、例え俺より能力がある者がいたとしても、普通は苦労して、王宮関係者数人の推薦を得られなければなれない仕事です。俺は難なくその推薦を受けられる家に生まれた。だから……」

 アレックスは不意にその目の光を強めた。

「一から自分の力だけでやれる事をやってみたいのです」

「リシェルの為に?」

「そうです」

 いきなり核心を突いてやると、向こうからも即返事が返って来た。いつの間にか食器を脇に押しやって卓の上で拳を握っている。正直、ここまであけすけに答えるとは思わなかったから、少し引いてしまった。なら、私も直球でお返ししないと。

「彼女の事が好きなの?」

「結婚したいと思っています」

 即答だ。砂色の目がまっすぐに私を見つめてくる。退院したてで髪もまだ切っていないようで、前髪が少し伸びて一層野性的だ。

 あれ? 彼って、こんなにハンサムだったかしら?

「まぁ、いつの間にそこまで好きになったの? リシェルには伝えてあるの?」

 しらばっくれて尋ねる。しかし、子どもの頃から私を知っている彼はこんな小芝居には誤魔化されない。彼は少し腹が立ったのか、口調が元に戻った。

「それはまだ。……知っているんだろう?」

「まぁね、あなたは割合態度に出るから」

 気持ちとは反対の態度にね。

「なら、家を出て爵位を返し、護衛官の職を辞する事をお許しを」

 アレクシオンは頑張って頭を下げた。本人は大真面目だが、何となくぎこちない。よくせき、丁寧な言葉と態度が苦手と見える。

「私が許さなくてもそうするつもりだったのでしょう?」

「それはそうですが、アディーリア陛下、あなたの許可が欲しかった。あなたは俺が尊敬して心から守りたいと思った唯一の女性だ。子どもの頃からそう思っていた」

「ええ。そうね、私達は随分一緒に過ごしたわ。サラベナもそうだったけど……一時は恋人同士だ何だと噂されたりね」

「あの時はあの時で、俺にとっては有益な時間だったと思っています」

 そう、その通りだった。あれから私は王位を継ぎ、彼は軍に入った。しかし、距離は離れても私達は良き友人だったのだ。だからこそ、彼は私にきちんと伝えに来たのだろう。

 よく分かっている。私は話題を変えた。

「ダーレに行くの?」

「そのつもりです。父には既にそう伝えました。特に引き止められもしなかった」

 彼の父、前ロシュフォール公爵ことサウザンおじ様は、アロウ爺やの友人でもあり、長く王家に仕えてくれた盟友である。

 かつてロシュフォール公爵家は、長い事王家の守護の役割を担っていた。勿論今はそんな桎梏しっこくはないが、元公爵自身も長く軍の要職にあったし、温厚だが平凡な兄に公爵家を継がせ、優れた資質を持つ次男坊を私の護衛に差し向けてきた事からもそれは伺える。

 彼は年を取ってから生まれた次男に常に厳しく接してきたが、勿論それは愛情の裏返しで、そう言う所はすごく似たもの親子なのだ。息子の見舞いに来たサウザンおじ様はその足で王宮を訪ね、私と面会している。その折りにアレクシオンが爵位を返納したいと頼んだ事は聞いていた。

「そう」

「ああ。だから……」

「私はあの子をとっても大事に思っているのよ。ちゃんと幸せにしてあげないと許さない。もし不幸にしたら、ひっ捕らえて裁判なしで牢にブチ込むわよ」

 底意地悪く言ってやる。

 正直、彼の事は何にも心配していない。芸術的センスは無いものの、頭もいいし、その気になればかなりのハタラキ者なのだ。ただただ馬鹿なだけで。

「承知。お任せあれ」

 まだ何にも始めていないくせにアレクシオンは自信満々で答えた。笑える。だから更に意地悪をする事にした。

「今まで付き合った女性達とはきちんとしたんでしょうね?」

「は? 何を……」

 がらりと変わった話題に目を剥いて驚いている。

 アレクシオンは一応女嫌いで通しているようだが、これまでに誘いを受けて数人の女性と交友関係を持っていた事は分かっている。優れた体格を持ち、なかなかの美男子である彼は、ぶっきら棒な態度の割に、主として年上の女性達にモテる為、今まで適当に遊んで来たらしい。その位は別に構わないが、私の大事なリシェルの旦那様になるのだとしたら話は別だ。

「どうなの?」

 ごまかしでも直ぐにばれるわよ。

「ここ半年ほど、俺は清廉潔白です。お疑いなら調べられるといい」

 意外に直ぐに立ち直ったか。胸さえ張っている。まったく打たれ強い。

「ああら、それは重畳。けど、念のために聞くんだけど、まさかリリに変な事をしてないでしょうね?」

「う……」

 あの子は童顔で可愛い割に、ステキな胸をしているからね。

 そんな意味を込めて半目で睨んでやると案の定、傍目はために分かるほど焦っている。この分ではキスぐらいはしたのだろう。うっかり触ってしまって叱られた事もあるのかもしれない。リシェルは何も言わなかったけれど。

 けど、気の毒によく我慢できたわね。その事に関しては褒めてあげてもいい。

「……実を言うとほんの少しだけ。だが、誓って無体な事はしていない」

 正直に認めたわね。

「まぁ! リリに嫌がられたりしていないでしょうね」

「嫌だと言われた時点で止めた」

「よろしい」

 褒められたと勘違いしたのか、彼は薄い唇をひん曲げた。照れているのだろう。馬鹿だけど、こう言う所は可愛いと思う。リリも無意識に彼のいいところを見抜いているのだろう。

「で、許して下さるのか」

 アレクシオンは急に居住まいを正した。これ以上いると何を言われるかとでも思ったのだろう。

「いいでしょう。アレクシオン・ヴァン・シュトレーゼル。今日限りであなたを罷免します。伯爵の称号返納も受理しましょう」

「ありがとうございます」

 私の言葉にアレクシオンは、すっと立ち上がると恭しく騎士の礼を返した。うん、中なかサマになっている。

 仕方が無いわね、許してあげるわ。

「では、とっとと出て行きなさい」

 私はこれからとっても忙しいのよ」

「は。失礼致します。今までありがとうございました。いずれまた改めてご挨拶に伺うと思います」

「そうなさい。二人で……ね?」

 リシェルに振られなければね。

「承ってございます。ではいずれ。陛下……アディ」

 アレクシオンはもう一度丁寧に礼をして、出て行った。

 彼は彼の女王を見つけたのだ。

 

 


「やれやれ」 

 一人残った私は独り言を漏らす。アレクシオンが去る事を素っ気ないほどに簡単に許してあげたが、決して寂しくない訳ではない。彼が得難い友人である事には変わりが無いのだ。 

 けれど!

「私だって頑張らないといけないのよ」

 そう、人の恋路にかまけている暇などない。

 あの二人に負けないくらい、私も恋をしているのだ。

 リヒト。

 入院中、時として絶望に心を蝕まれそうだった私に光をくれた人。

 私はすっかりあなたに夢中なのよ。

 私は面倒くさい立場の女だけれど、何もしないで諦めるのは嫌なの。だから、言います。

 あなたが好きだと。

 そう。

 明日あなたはやってくる。この部屋に。

 いつものように「調子はどうですか?」って優しい声で私に聞くのよ。

 その時私は言うの。

「最高です。だってあなたに会えたのだから」

 ああ、リシェル。

 恋とは仕事以上に私をワクワクドキドキさせるわね。そんな事をあなたと語りあいたいのだけれど、普通の娘のように。

 けど、きっとまた会える。近いうちに。

 だから、リシェル。あなたに恥ずかしくないように私も頑張るわ。

「取りあえず、明日一番きれいに見えるように、ゆっくりお風呂に入って早く寝よう」

 暗い窓ガラスに向かってそう呟き、私は立ち上がった。

 春だわ!

 

 

 

 


アディーリア視点でと言うリクエストに絡めて見ました。

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