九話
有馬 堅太郎 【?】
「わぁっはっはっはっ! 見たか、これぞ秘密兵器、有馬堅太郎の実力よ!」
鮮烈なヘディングシュートを決め、高々と勝ち誇る堅太郎のもとに一年生たちが駆け寄ってくる。
「凄いジャンプ力だな!」
と福永。
「お前、バケモンだろっ!」
と池添。
「バケモンとは人聞きが悪いぞ! この猫顔がっ!」
上機嫌の堅太郎が、池添の肩を抱きガシガシと揺すった。
「お前も化け猫に早く進化するといいなぁ!」
堅太郎に嫌味を言われた池添だったが、衝撃的なヘディングシュートを魅せつけられた手前、返す言葉が見つからず唇を尖らすだけだった。
「お前らが手を焼いていた太眉木彫り人形を俺が退治してやったんだ! これからは俺を英雄と崇め奉りなさいっ!」
「──誰が太眉木彫り人形だって?」
「うん? 誰ってあそこに横たわっているキーパーの……、あれ? いない?」
振り向くと、川田が凛々しい眉毛を吊り上げて堅太郎の背後に立っていた。
「げっ!? 太眉木彫り人形!?」
「キャ、キャプテン、すいません」
引き攣る川田を前に、すぐさま福永が割って入った。
「ふんっ。まあ、いいだろう。お前、名前は?」
川田が堅太郎に顎で促す。
「──俺? 俺こそ、優駿高校サッカー部の英雄、有馬堅太郎だっ!」
「英雄? よくそんなことが自分で言えたものだ」
「なんだよ。俺に負けたくせして、えらそーにっ!」
ぶちん──。川田のこめかみに血管が浮かび上がる。
「ちょ、ちょっと堅太郎君っ! すいませんキャプテン! よく言って聞かせておきますからっ!」
福永が冷や汗をかきながら川田をなだめた。
「……まあ、今日のところは大目にみてやる。──にしてもだ、堅太郎。ナイスシュートだったぞ!」
そう言って川田はゴールに叩き込まれたボールを堅太郎に手渡した。
「……あ、あざっす!」
堅太郎はボールを受け取ると、深々と頭を下げた。普段は横柄な堅太郎も褒められることには弱い。
──フフフ。太眉木彫り人形。さすがキャプテンだけのことはある。見る目があるじゃねぇーか。堅太郎が頭を下げたままほくそ笑んでいると、
「よし、一年生、試合はここまでだ。負けたお前らはグラウンド百周だ! 今すぐ取り掛かれっ!」
堅太郎が頭を跳ね上げた。
はあ!? はあぁぁぁぁっーーっ!?
なんで俺が──!?
「いや、俺が出てからは一対〇だろっ!? 負けたのは俺じゃなくてこいつらだろぉーがっ!?」
「サッカーはチームでやるものだ!」
川田が容赦なく言い放ち背を向けた。
「はあ!? ちょっと待て! この太眉木彫り人形っ!」
川田に飛び掛かろうとする堅太郎を福永が止めに入る。
「放せ! この凡人がっ!」
「堅太郎君、連帯責任だからっ!」
聞き分けのない堅太郎に福永が苦笑いを浮かべる。
「嫌だっ! 俺は走らねぇ! お前らが俺の分まで二百周走りやがれっ!」
「はいはい、堅太郎君。往生際が悪いこと言わないのっ!」
見かねたかなえが両手で押して堅太郎を一年生チームの隊列に捻じ込んだ。
「ちょっとかなえさんっ! 俺のヘディングシュート見てくれてましたよねっ!?」
首を捻り必死で抵抗する堅太郎。
「……いや、だから、ちょっと──」
「優駿、ファイオー、ファイオー!」
かなえの掛け声に、一年生が呼応して声を張り上げる。
「優駿、ファイオー、ファイオー!」
「だあぁーーっ! 何がファイオーじゃあぁぁっ、凡人どもっ! 英雄をお前らと一緒にすんじゃねぇーーっ!」
かなえに背中を押された最後尾の堅太郎が、切ない雄叫びをグラウンドに反響させていた。