六話
川田 達成 【ラインコードR-3】
「全員集合!」
張りのある声が優駿高校サッカー部の練習場にこだまする。かなえの提案で紅白戦が行われた翌日のことだった。
練習試合を終えた上級生たちが戻り、新入部員たちとの初顔合わせ。
その中心で存在感を放っているのが、声の持ち主、サッカー部キャプテンの川田達成だった。黒目がちな力強い瞳に太く鋭利な眉は、男らしさを湛え、熱意と責任感に満ち溢れている。
勇ましくもあり、頼り甲斐ある川田の後ろで、かなえはほくそ笑んでいた。
──今年のチームは強くなる。
期待の新入生たちに武君。それに去年、地区大会での準優勝は、なにも武君一人だけの力じゃない。
今年、三年生になった彼らのおかげだ。
特にキャプテンでゴールキーパーを務める川田さんは全国でもトップレベルの存在。
このチームに新入生たちが加われば──。
「かなえ、何をにやけている?」
平静を装っていたかなえだったが、川田に指摘され、思わず顔が熱くなった。
「えっ!? いや、そんな! ──私、──にやついてました……?」
「ああ」
普段、口数が少ない川田だからこそ、一言一言に重みがある。
「あっ、いや、あははは──。実は昨日、新入生だけで紅白戦をやりまして──、それで今年の一年生はなかなか骨があるなんて、思っちゃたりしてまして──」
「ほう──、それは面白い。新入生たちの実力を俺も確かめておきたい。今日は上級生対新入生で紅白戦をやろう。かなえ、お前が新入生チームの指揮をとれ!」
「えっ? えええぇぇっーーーーっ!?」
キャプテンである川田の言葉は絶対だった。かなえに断る選択肢などない。
──なんで私が?
「ところで、かなえ。武はどうした?」
「武君は補習で……」
「あいつ……。──まあ、一年生相手にはちょうど良いハンデか……」
──ハンデ? いやいや、あなたたちは三年生でしょうがっ! そんなのハンデでもなんでもないからっ!
「負けたチームはグラウンド百周だ! いいな!」
──えっ!? そんなのずるい。
かなえは川田の発案に、声が上擦る。
つい、こないだまで中学生だった彼らが、地区大会準優勝の上級生チームに勝てるわけないでしょーがっ!
かなえがジタバタと焦っているうちに上級生たちはウォーミングアップを始めている。罰ゲームがかかった紅白戦。手を抜くつもりは更々ないらしい。
頭を悩ませるかなえに、
「──ちょっとかなえさんっ! なんで俺が補欠なんですかっ!?」
堅太郎がいちゃもんをつけた。
かなえが断腸の思いで捻出したスターティングメンバー。
そこに堅太郎の名前はない。
「当たり前だろ。トラップも出来ない素人がっ!」
池添が横槍を入れた。
「あん? 吊り目の猫顔は黙っとけ!」
「なんだと、このウドの大木が!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
福永が二人の喧嘩を仲裁する。揉め出す一年生にかなえがため息をついてから、
「いや、あの、その──、そうだ──、ほら堅太郎君は一年生チームの秘密兵器だし」
「──うん? ──なんですって?」
堅太郎はあざとく耳を傾けた。
「……ヒ・ミ・ツ・ヘ・イ・キ・──?」
一音ずつ確かめるように口に出してみる。
「──そうそう、秘密兵器。敵に最初から手の内を明かすわけにはいかないでしょ? だから堅太郎君は、ここ一番の局面で投入する作戦ってわけ」
「なるほど。そーいうわけなら仕方がない。真打ちの登場は一番最後ってわけですな! 聞いたか? 凡人ども! お前らは俺のお膳立てってわけだ!」
ふぅ──。と一息、ピンチを切り抜けたかなえが胸を撫で下ろした。
「凡人諸君、秘密兵器の出番まで、精々頑張りなさいっ! ガハハハ!」
気を良くした堅太郎がベンチで高笑いをあげる。
一年生対上級生。経験値も体格差も歴然としている。
誰の目から見ても上級生チームが優勢。
それでも福永や池添が懸命にボールを運び上級生チームに食い下がった。
しかし彼らの奮闘を尽く退けるのがゴールキーパーの川田だった。
優駿高校の守護神。川田のプレイスタイルは気迫溢れる飛び出しにある。ペナルティエリア内に侵入したフォワードの足元に怯むことなく飛び込む。攻撃型ゴールキーパー、それこそが川田の代名詞だった。
生真面目な川田の性格は、一年生を相手にしても容赦がなかった。気づけば、川田の活躍で乗りに乗った上級生チームが前半を三対〇で折り返し、一年生チームは大差をつけられて後半を迎えることになった。
「なにも一年生相手にそこまでムキにならなくても……」
かなえは上級生たちの大人げない態度に顔色を曇らせた。
「なんだお前ら、だらしがないのぉ〜〜」
ハーフタイム。ベンチで休息をとるスターティングメンバーに腕組みをした堅太郎が嘲笑する。
「とにかく一点。上級生チームからもぎ取りましょうっ!」
川田の気迫に意気消沈する一年生に、かなえが発破をかけて後半戦へと送り出す。
後半が佳境に入った頃、ようやく一年生チームに待望のチャンスが訪れる。福永の縦パスがディフェンダーの裏をつき、抜け出した池添がフリーになった。
ゴールキーパーとの一対一。
ゴール前での一対一はフォワードが断然有利になる。逆にキーパーにとっては絶体絶命のピンチ。素早い判断力が必要になる。
川田は迷うことなく、ゴールを背にして前方に突っ込んだ。
池添がシュートを決めようと足を振り上げたや否や、目の前には体を斜めにしてシュートコースを阻む川田の姿が──。
いつのまに? 足元に迫まる川田のプレイに、コンマ何秒、池添は躊躇したが、それでも強引に右脚を振り抜いた。
池添の視線。体の角度。支点となる軸足。それらすべての情報を瞬時にキャッチした川田はシュートコースを予測して、ゼロ距離から覆い被さる。
パァーーンッ!
痛烈な音が川田の腕で弾け、ボールはゴールラインの外に転がっていく。
「しゃあぁぁぁっっーーーーっ!」
立ち上がった川田が拳を振り下ろし雄叫びを上げた。フィールドの大気が振動するような気迫に、シュートを打った池添が思わず怯む。
「な、なんちゅう威圧感……。これが川田キャプテンの実力か……」
中学時代、点取り屋として名を馳せた池添だったが川田のような闘志を剥き出しにしたキーパーと対峙したのは初めてのことだった。
「むむむむっ。またあの太眉木彫り人形かっ!」
「ちょっと堅太郎君っ、キャプテンのことを太眉木彫り人形だなんて──」
かなえが言い切る前に、堅太郎が捲し立てる。
「かなえさんっ! いつになったら俺の出番なんですかっ!? もう終盤じゃないですかっ! 池添も福永も太眉木彫り人形にやられっぱなしですよ! ここは秘密兵器のこの俺を!」
かなえが顎に手を当て、眉間にシワを寄せた。
──福永君も池添君も頑張ってはいるが、やはり上級生の壁は厚い。スコアは三対〇のまま。逆転は無理でもなんとか一矢報いたい。
フィールドを見渡すと一年生チームがコーナーキックの準備をしているところだった。
そこで突然、かなえに名案が浮かぶ。
ポン、手のひらを軽く拳で叩いて、
「──そうね。堅太郎君はヘディングシュートってやったことある?」
「うん? ヘディングシュートですか?」
「そう。頭で打つシュートのことよ! 試合を振り返ってみて思ったの。地上戦では連携がとれている上級生たちに分がある。だったら、堅太郎君の長身を活かした空中戦に持ち込むのよ!」
「なるほど。要は頭でボールをゴールに叩き込めばいいわけですなっ!」
「そう。今から一年生チームのコーナーキックよ。福永君に高いボールをゴール前に上げてもらうから、堅太郎君はそのボールに合わせてヘディングシュートを決めてちょうだいっ!」
堅太郎の身長は上級生たちのなかに入っても頭一つ抜けている。
「ムフフ。かなえさんっ! 実はこのわたくし頭突きは得意中の得意でしてっ!」
「えっ!? ──頭突き!?」
「よっしゃあーーっ! 太眉木彫り人形に一発お見舞いしてやりますわーなっ!」
意気揚々とピッチに出て行く堅太郎の背中を見ながら、かなえは妙な胸騒ぎを覚えた。
ちょ、ちょっと堅太郎君っ!
狙うのは川田さんじゃなくて、ボールだからねぇぇぇぇーーーーっ!