四話
──後半戦。
前半が終わりハーフタイム。
やはり私の目に狂いはなかった。
マネージャーのかなえは自らスカウトした堅太郎の潜在能力に震えていた。
サッカー経験こそないが、素材としては超高校級。
基礎さえみっちり鍛えれば全国でもトップクラスの逸材になると確信していた。
そして新入生の資料に目を落とす。
赤チームの背番号10番、北橋中出身、福永聖。堅太郎のような派手さはないが、堅実でクレバーなプレイが目を引いた。ボールタッチが柔らかくキープ力が高い。即戦力として期待が持てる。
去年、地区予選の決勝まで駒を進めた優駿高校にとって、新戦力の補強が上手くいけば、今年は優勝も狙える。
創部以来、初めての全国大会出場も夢ではないと、かなえは期待を膨らませた。
──赤チームのベンチで、
「堅太郎君、ナイスオーバーラップ! 身体能力の高さには驚かされたよ」
福永が堅太郎のプレイを褒め称えていた。
うるせぇ、──てめぇばっかりいいカッコしやがってと、内心、ムカついていた堅太郎だったが、持ち上げられて悪い気はしない。
「さあ、後半は堅太郎君がフォワードだ! 期待しているよ!」
ポンと背中を叩く福永に対して、
「お、おうよ。任せとけ!」
元来、協調性など皆無の堅太郎が、不思議とチームとしての連帯感を感じとっていた。
な、なんだこいつは?
やけに馴れ馴れしいくせに、気さくで嫌味のないヤツだな。
福永聖。華奢で決してスポーツ選手として恵まれた体格ではないが、中学時代はキャプテンを務め、チームを全国大会出場にまで引率した実績がある。彼もまた、武に惹かれて優駿高校に入学した一人だった。
「赤の10番君、後半は俺が主役だ。キミはディフェンダーとして後方で待機していなさい!」
そう意気込んでフォワードのポジションに入った堅太郎だったが──、
あれ? なんかおかしいな?
全然ボールがこねえ……。
最前線で、結局、──暇を持て余していた。
あっ、いけねぇ。相手チームのディフェンダーより前に出ちゃダメだったんだ。
えっと……、とりあえずコイツの後ろに隠れていよう。
堅太郎は先程のオフサイドルールを復習しながら、オロオロと右往左往している。
原因はチームのポジション変更だった。
前半は中盤に入った福永がボールをキープし、赤チームが試合を支配していた。
ところが福永がディフェンダーに入った途端、一転して白チームが終始攻勢を保っている。しかもポジションを変更したのは赤チームだけではない。白チームもまた、前半とは違うフォーメーションで後半を迎えていた。
殊更目立っているのが白の背番号1番。前半はキーパーを務めていた男だった。
トリッキーなドリブルを駆使して縦横無尽にフィールドを躍動している。
ボールが足に吸いついてるかのような曲芸師にも見える独創的なプレイ。
池添拓人。武と同じ中学出身で、崇拝する武を追いかけて優駿高校に入学した生徒だ。武を師匠と仰ぎ、重心移動を利用したフェイントは武仕込みだと豪語している。
「武さん直伝、天才ドリブラーの池添様のお通りだぜっ!」
自分のことを天才と呼ぶ厚顔な男に、前半とは打って変わって赤チームは苦戦を強いられる。
池添が中盤を突破し、ディフェンダーの福永と対峙する。池添は右足一つで左右にボールを動かし、アウトサイド、インサイドと、細かな連続タッチで福永を揺さぶり重心を崩させると、脇腹を難なく掻い潜っていく。
「す、凄い……」
池添のプレイはかなえの記憶を刺激した。
「エラシコ」と呼ばれる難易度の高いドリブル技術で、武の得意技だった。
一年生がまさか、武君に匹敵する技術を体得しているなんて──。
そしてそのまま、スピードを落とすことなくゴール前に切り込みシュートを叩き込む。流れるような一連の動作に、
「──!?っ」
かなえは息をすることすら忘れていた。ゴクリと生つばを飲んでようやく我に返る。
堅太郎君といい、福永君といい、池添君といい、一体なんなのよ。今年の一年生は──。
嬉しさと、恐怖にも似た感情が混じり合い、気づけばかなえの全身を粟立たせていた。
かなえの表情を敏感に汲み取った堅太郎が背後で怒りに燃えている。
赤の10番といい、白の1番といい、人の恋路を邪魔しやがって。てめえらは、何様のつもりだ──。
憤る堅太郎だったが、後半はほとんどボールに触ることなく終了。見せ場を作ることが出来なかった。
ちきしょう。
今に見ておけよ。
この恋は必ず成就させてみせる。
全国大会出場を夢見て集まるサッカー少年たちのなかで、一人だけ違う闘志を燃やしていた。




