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英雄を継ぐ  作者: pink18
3/18

三話

 

 ──翌日。


「一人、二人、三人、──凄い。ざっと数えただけで二十人はいる」

 サッカー部のマネージャーであるかなえが指を折りながら呟いた。



 公立高校の弱小サッカー部にもかかわらず、うごめくほど大勢の新入部員たちが集まっていた。

「これもたけ君のおかげかな……」

 かなえの口からこぼれた、──武という名前。



 優駿高校サッカー部二年、たけ 遼平りょうへい

 U-18(第二種高校生年代)以下の育成はクラブユースと部活動によって行われる。有望な選手たちがユースへと流れていくなか、武は名門高校やユースのスカウトを全て断り、地元である優駿高校に進学した。

 去年一年生でありながら、全国高校サッカー選手権大会地区予選の決勝に弱小サッカー部を導いたプロ注目の選手である。

 武に憧れた県内の中学生たちが、ここぞとばかりに優駿高校に押しかけていたのだった。


 そのなかで一人だけ異質な存在。

「かなえせんぱぁーいっ!」

「あっ! 堅太郎君っ!」

 かなえに名前を呼ばれた堅太郎は大仰な身振り手振りで応える。

 武、目当てではない、不純な動機の下世話な大男。


 ──堅太郎!?

 その名前を聞いて新入生たちがざわめいた。

「堅太郎ってまさか白老しらおい中の?」

「なんで有馬堅太郎がサッカー部にいるんだ?」

 堅太郎は地元の有名人──というより、悪名高き問題児だった。


 恵まれた体格をスポーツに活かすわけでもなく持て余し、有り余ったエネルギーを筆舌に尽くし難い悪行に費やした──、いわゆる素行の悪い不良中学生だ。

 どよめく新入生たちを他所よそとうの本人は、かなえの顔を見つめてのぼせている。

「ハイハイ、みんな静かにっ!」

 かなえが両手を打って制した。


「マネージャーの細江かなえですっ! 上級生が練習試合で不在のため、今日の練習は私が担当しますっ!」

 一、二、三、かなえは視線だけで頭数あたまかずを数えると、

「これだけいれば、新入生だけで紅白戦ができるわね」

「──紅白戦っ!?」

 かなえの言葉に真っ先に反応したのは堅太郎だった。試合で活躍すれば、──かなえさんの評価が上がる。サッカーなんて所詮は球蹴り遊び──、堅太郎は鼻息を荒くして息巻いていた。


 ──かなえさんに俺の勇姿を見せつけてやるぜ!

 


 二手に分かれた新入生たちに紅白のナンバービブスが配られる。

 赤の3番を手渡された堅太郎の前に、同じく赤の10番をつけた男が話しかけてきた。

「堅太郎君だよね? 今、希望ポジションを聞いて回っているんだけど……」

 サッカーの花型ポジションはフォワード。ゴールを決めた者が一番目立つ。

 堅太郎はそう理解していた。

「俺、一番前っ!」

「トップか……。あいにくフォワードは希望者が多くてね。前半はディフェンダーをやってもらって、後半、フォワードと交代でもいいかな?」

「おう。それで構わん」

 風体ふうていに似合わず、やけに物分かりの良い堅太郎だったが、ポジションなどはどうでも良かった。要はどこからでもゴールを決めればいい。──が、それは、サッカー未経験者の浅はかな算段だった。

 

 ──つ、つまらん。

 ボールが回ってこねぇ。

 しかもゴールまで結構、遠い。

 

 赤チームが終始ボールを支配するなか、堅太郎は後方で暇を持て余していた。

「赤の10番の子、上手いわね……」

 主審を務めるかなえの声が、堅太郎の耳に届く。

 

 ぐぬぬぬっ──!?

 あの10番、自分だけ目立ちやがって。

 アイツのせいでボールが回ってこねぇ。許さん。

 ならば──、

 

 ひょこ。ひょこ。ひょこ、ひょこ、ひょこ──、

 人目を盗んで、こっそりと──、

 そろぉーり、そろぉーり──、

 抜き足差し足忍び足──、

 堅太郎は気配を消してジリジリとポジションをあげて──、


「よっしゃあーーっ! ついにここまできたぞおーーっ! もう俺の前には誰もいねぇー! パスパス、パァアーースッ!」

 いつの間にか最前線に躍り出て大声を張り上げていた。

 

 ──無論、

「ピィーー」

 笛が鳴ってオフサイドフラッグがあげられる。

 ──!?っ

「はあ? はぁああああっーーっ!?」

 納得がいかない様子で青筋を立てる堅太郎に背番号10番が駆け寄り、

「堅太郎君、サッカーにはオフサイドルールってのがあってね。相手チームのディフェンダーより前にいては駄目なんだ……」

 

 ふぬっ、ふぬぬぬぬっ──。何だそのルール。

 ──先に言えよ。このバカたれが──。


 すごすごと追いやられた堅太郎が、再び後方で暇を持て余している。


 爪先をグリグリ。指先をモジモジ。

 頭をポリポリ。鼻をホジボジ。

 空に浮かぶ浮浪はぐれぐもが、まるでサッカーボールのように見える。

 あーーーーーーーーーーーー、退屈だ。

 

 ──にしても、あの10番全然ボールとられねぇな? あいつがボールをとられれば俺にもチャンスが回ってくるのに。よし、呪いをかけよう。

 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね──。

 堅太郎が何やら念仏のようにぶつぶつと唱え始めると、連携が乱れボールが相手チームに渡る。──よし、成功。

 しかし、すかさず10番が次のパスをインターセプトする。


 げっ!?なんだよアイツ。

 また赤チームのボールじゃねぇか!?

 苛立ちを抑えきれず、居ても立っても居られなくなった堅太郎は──、


「オラオラオラァーーッ! お前らいい加減にしろぉーーっ! 俺にもボールをよこしやがれっーー!」

 痺れを切らして、怒涛の勢いでサイドを駆け上がっていった。

 もはや駄々をこねる赤子と同じだった。

 

 ──!?っ

 

「──オーバーラップ!?」

 いち早く堅太郎の押し上げに気づいた10番が、右サイドの奥にボールを素早く流し込む。フリースペースにボールだけが疾走する。

「右サイド、プレス!」

 白チームのディフェンス陣がポジションを寄せてボールを追いかける。


 10番から出されたパスは堅太郎とディフェンダーとの、ちょうど中間。絶妙な位置へのスルーパスになった。

 ボール目掛けて走り込む堅太郎に対して、斜め前方から二人のディフェンダーが押し寄せる。しかし、速度のあるグラウンダーパスが無慈悲にも堅太郎から逃げるように、更に奥まったスペースへと転がっていく。

 

 堅太郎が先か──、

 ディフェンダーが先か──、

 

「ぬおおおおぉぉっっーーーーっ! 目の前にボールがぁあああっーーーーっ!」

 腰高で足の長い堅太郎の一完歩は、股関節の可動域が広く大きい。

 大股で足を前方に踏み込み、地面を力強く蹴り込む。そして着地したと同時に、バネのような柔軟な筋肉が弾けて、スピードを加速させる。強靭な足腰が生み出す瞬発力──それでいて上半身には一切のブレがない──獲物を狙う獣のような敏捷性と爆発的なトップスピード。

 

 その走りにフィールドの空気が変わった。

 

 タッチライン最後方からのオーバーラップでありながら、スピードは衰えるどころか、距離が伸びる程に増していく──。

 風になびく長髪が、羽ばたく猛禽もうきん類の翼のようにも見える。

 ボールまで残り約2m。ストライド走法特有の持続性能。堅太郎が獲物ボールを射程にとらえる。ディフェンダーはまだ追いつけない。

 一歩、二歩、──ボールとの距離が縮まる。

 ディフェンダーよりも先に堅太郎の爪先がボールに触れた。


「け、堅太郎君っ!?」

 かなえが主審の役目を忘れ、圧巻の走力に茫然と立ちすくむ。

 

 ──!?っ

 

 ずどーん。

 

 ──!?っ

 

 堅太郎がワンタッチで触れたボールは足元に収まることなくゴールラインの遥か彼方へと消し飛んだ──。

 

 あっ──、

 ──あは、あは、あはははは──。

 

 怒涛の猛追。

 圧倒的なスピードに目を奪われ、驚愕していたのも束の間、その結末はこともあろうに、前代未聞の豪快なトラップミス。

 思いもよらなかった緊張と緩和に、フィールドは失笑とはまた違う、乾いた笑い声を絞り出し、定まらない感情に困惑していた。

 

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