十七話
「ぐぬぬぬっ──、サブちゃん、話が違うじゃねーかっ!? なんで俺が補欠なんだよ!」
堅太郎がベンチで喚き散らしている。
「ほっほっほ。堅太郎君は我がチームの秘密兵器です」
「でたあぁーーっ! 秘密兵器宣言! 補欠に使う便利な言葉っ! もう騙されねえーからなっ!」
喜多島は堅太郎を無視して遠くを見つめていた。
「おいコラ、サブちゃん。なんとかいいやがれっ!」
「堅太郎君、一年生でベンチ入りできただけでも凄いじゃないのっ!」
見かねたかなえが堅太郎をなだめた。
「しかし、かなえさん──」
納得がいかない堅太郎がフィールドにジト目を向ける。
発表された優駿高校のスタメンは、キーパー、川田(三年)、フォワード、武(二年)、池添(一年)。ミッドフィルダー、勝春(三年)、福永(一年)。それと、よく知らない上級生、上野と石神。ディフェンダーは、ヨシトミ、フルキチ、エダテルの三人衆に、これまたよく知らない熊沢。
──池添と福永はちゃっかり、スタメン入りしてやがる……。
ぐぐぐと、歯を食いしばる堅太郎。
「どわぁあっーーっ! やっぱり納得いかねえーーっ!」
堅太郎が手のひらを広げて、虚空をわなわなと揉みしだいていた。
すると、
「喜多島先生、ご無沙汰しております」
朝日実業の監督、大間が試合前の挨拶にやってきた。大間が一悶着おこしている堅太郎を一瞥してから、
「今年も意気のいい新入生がいるみたいですね……」
と苦笑いを浮かべる。
「ほっほっほ。個性は尊重してあげませんとね」
喜多島が穏やかな口調で返す。
「いやはや、なんと言いますか、指導者としましてはやりにくい時代です」
大間が意味深な言葉をかける。
「ほっほっほ。大間監督、我々指導者は、彼らが目覚めるのをただ見守ってあげるのみ、──ですよ」
「……見守るですか……? はあ──、それでは喜多島監督、今日はお手柔らかにお願い致します」
大間は深いため息をついてから、頭を下げるとその場を後にした。
──うん?
なんだあの監督。妙に哀愁が漂っていやがるな?
堅太郎は去り行く大間の背中を見送り、憂さを晴らすように、勢いよくベンチに腰掛けた。
朝日実業ベンチ──、
「ふぅ」
挨拶を終えた大間は小さく息を吐く。
そしてガシガシと髪の毛を掻きむしる。
「──なんで、あいつはまだ来ていないんだっ──」
うな垂れる大間の横で、
「あっれぇー、横山さんまだ来てないんすっか? ラッキー。だったら今日は俺がハットトリック決めちゃいますよ」
能天気な生徒の発言に、大間は再び、深いため息をついた。
「漢、藤田直道、横山さんのいない間に得点王は俺様が頂く!」
毛量の多い黒髪をビッチリと撫でつけたオールバックの男が、威勢よく息巻いていた。
喜多島監督同様、観測者としての大間のもとには、毎年、遺伝子保持者が送られてくる。そして、例外なく彼らは突出した才能と引き換えに、強烈な個性を持つ。
藤田 直道。二年、フォワード。彼もまた、遺伝子保持者である。
「ねえ、ねえ、監督、今日は俺のワントップのフォーメーションでいきましょうよ!」
──だあぁぁぁ、馴れ馴れしく監督に指図してんじゃねぇ──。
一昔前なら、ぶん殴ってでも言うことを聞かせてきたが、コンプライアンス問題が騒がれる昨今、そういうわけにもいかない。
「ねえ、ねえ、いいでしょ監督、今日は俺を主役にしてくださいよっ! 必ず期待に応えますからっ!」
「……あぁ、そうだな……、横山がくるまではお前のワントップでいこう……」
「よっしゃあーーっ! やりぃ。漢、藤田、俺様の実力を魅せつけてやるぜっ!」
──横山といい、藤田といい、どうしてそう自分勝手なんだ?
「監督、今日の戦術の確認なんですが……」
礼儀正しい口調でキャプテンが大間のもとに駆け寄ってきた。低姿勢で丁重な物腰。
朝日実業サッカー部キャプテン。丹内 一哉、三年。彼は遺伝子保持者ではない。
「おお、そうだな。今日は日頃から取り組んできたゾーンプレスを重点的に試す」
「はい。かしこまりました」
聞き分けの良い丹内は大間のお気に入りだった。丹内だけではない。遺伝子保持者ではないサッカー部員が大間は好きだった。
忠誠心があり従順。
大間が得意とするシステマチックな戦術サッカーは、彼らのような歯車になる人間こそが相応しかった。
それに比べて──、
「丹内さん、ディフェンスとかどーでもいいっしょ? 今日はこの漢、藤田が点をとってかあぁーーつ! バンバン攻めまくりましょうっ!」
──こ、こいつ。黙って聞いておけば……。
大間は才能にあぐらをかき、協調性を軽んじる遺伝子保持者が、大嫌いだった。




