十五話
──次の日。
「がはははっ! サッカー部の英雄、有馬堅太郎の登場であーーるっ!」
非常識極まりないオウンゴールを決めた翌日、堅太郎がサッカー部の練習に顔を出すと、見かけないおじさんがいた。
うん? 誰だあの小さなおっさんは?
──巷で噂の都市伝説の妖精か?
堅太郎は何度も目を擦って確かめる。
が──、たしかに目の前には小さなおじさんが実存している。
時代錯誤のパンチパーマに、やたらと鼻の穴が大きな、小さなおじさん。
すると、
「チィース」
次々とサッカー部員たちが小さなおじさんに頭を下げていく。
──誰だあのオヤジは?
堅太郎が首を傾げていると、
「喜多嶋 三郎太先生。優駿高校サッカー部の監督よ」
背後からかなえが声をかけてきた。
「えっ!? サッカー部の監督!? あの小さなおっさんがっ!?」
「喜多島先生は、あー見えて名門高校の監督を務めてきたサッカー界では有名な人なのよ」
「ほっほっほ。君が有馬堅太郎君かね?」
堅太郎を見つけた喜多島が近寄ってくる。
「げっ!? しゃべった──!?」
「当たり前でしょーがっ! 喜多島先生、申し訳ありませんっ!」
かなえがグイッと堅太郎の背中を押して、お辞儀を強要した。
「ほっほっほ。構いませんよ。それにしても、随分と背が高いのですね」
喜多島が堅太郎を見上げる。
──いや、お前が小さ過ぎるだけだろーがっ!?
にしても、鼻の穴だけはやたらとデカいな。……十円玉、何枚くらい入るのだろうか?
堅太郎が良からぬことを考えていると、
「全員集合っ!」
キャプテン川田の号令がかかり、サッカー部員が喜多島の前に集まった。
「ほっほっほ。川田君、今年も意気のいい新入生たちが入部してくれたみたいですね?」
「ええ、若干、手を焼く一年生もいますが……」
川田の冷たい視線が堅太郎に向けられる。
──俺? いや、俺はサッカー部の英雄でしょうがっ!
堅太郎が自分のことを指差して、きょとんとした表情をみせる。
「一年生たちの噂はかなえさんから聞いておりますよ」
喜多島が嬉しそうに堅太郎、福永、池添を視線で追った。
──うっ。か、かなえさん。やはり、俺の活躍を監督に報告してくれていたのですね?
堅太郎は、その言葉に涙を浮べて感激していた。
「ほっほっほ。そこで早速、練習試合を決めてきましたよ。朝日実業と──」
──朝日実業!?
上級生たちの顔つきが突如として強張る。
朝日実業──去年、地区大会の決勝戦で優駿高校を打ち破り、県大会を制した県内屈指の強豪校。
「朝日実業ですか……」
川田が低い声を漏らした。
「ほっほっほ。どうせやるなら、強いチームの方が学べることは多いですからね」
川田は拳を強く握り締める。
一年前の決勝戦。川田はたった一人の男に二ゴールを決められていた。
大会を通じて、川田の失点は二。無失点で迎えた決勝戦。唯一、川田から得点を奪った男。
朝日実業のエースストライカー。横山 従吾。
去年、三年生を主体としたチームのなかで、たった一人だけスタメン入りを果たした二年生エース。川田と同い年の横山も今年は三年生になり、最後の年を迎える。
名実ともに、間違いなく今大会のナンバーワンストライカーだ。
「ほっほっほ。川田君。横山君も今年は最後の年。お互いに悔いの残らない試合を期待していますよ」
「はいっ!」
──うん? 太眉木彫り人形のヤロウ、かなり気合いが入っていやがるな?
川田の殺気立った返事に、堅太郎が違和感を覚えて辺りを見渡すと、気合いが入っているのは川田だけではなかった。
副キャプテンの勝春を始めとした三年生、それに武までもが、体を小刻みに震わせて闘志を燃やしていた。
──うん?
なんで、みんなそんなに熱くなってるんだ?
状況を理解できない堅太郎にかなえが説明する。
「朝日実業は去年の優勝校よ。決勝で優駿が負けた相手。特にエースストライカーの横山さんは県内ナンバーワンのフォワードで、すでにプロ入りが確実視されている選手なの」
「フムフム。なるほどなるほど。要はこいつら全員、その横山ってヤツに負けたわけだな」
かなえの話を聞いた堅太郎が、声を荒げる。
「ぬっわっはっはっは。凡人諸君、安心したまえっ! 横山は優駿高校の英雄、この有馬堅太郎がぶったおーーすっ!」
上級生全員の鋭い眼光が、一斉に堅太郎を串刺しにした。
「──ぬ、わ、は、は……、は……、は、は、」
さすがの堅太郎も、常軌を逸した先輩たちの殺気に乾いた笑い声を飲み込んだ──。




