十四話
本気モードの武に再び、ディフェンスチームが対峙する。ヨシトミ、エダテル、堅太郎。三人で包囲網を張る。
「堅太郎っ! お前なにやってんだっ!?」
その光景を遠巻きで見ていたサイドのフルキチが怒号を上げた。
──なにって、武さん対策ですが……、
堅太郎は小便でも我慢するように、内股を小さく閉じて身構えていた。
「そんな体勢で動けるわけねぇーだろっ!」
フルキチの声に反応した、ヨシトミ、エダテルが揃って口を合わせた。
「バカヤロウ! 股抜き対策はな、身体を正面に向けず、斜めに構えるんだよ!」
──斜めに構える?
武の活躍を見守るギャラリーたちからドッと笑いが起きた。
ぐっ、ぐぐぐぐ──、
堅太郎は下唇を噛み締め、ゆっくりと内股を開く。
こんにゃろう……、次はぜってぇ止めてみせる──。
「さて、始めようか──」
武のドリブルを前にディフェンスチームが群がる。
堅太郎が素早く視点を動かして、カバーリングポジションを見定めた。武の動きに先輩たち二人が食らいつき、ポジションが目紛しく変わる。
敢然とボールを奪いにいくヨシトミが肩や両手を振って、激しく体をぶつける。その後ろで、エダテルが虎視眈々と突破口を阻もうとしていた。
──武、いや、武『さん』は個人技で切り崩してくるはず。パスはない。
堅太郎は動向を窺いながら、右に左にとステップを踏んで武の突破に備える。
武は左に進行方向をとってドリブルを試みた。ヨシトミが身体を合わせる。すると、武はアウトサイドターンで、右側に抜ける。
ヨシトミの身体がつんのめった。
しかし、すかさずエダテルが右側をマークする。エダテルと対峙した武は、アウトサイド、アウトサイドとボールを細かくタッチして、今度は直角にターン。ヨシトミとエダテルの間を抜ける。
その正面に堅太郎が立ち塞がる。
──身体を斜めにして迎え討つ。
注視するのは武の上半身ではなく下半身の動き。堅太郎は細かく動く武の足元を睨みつける。
すると、武の両足はボールを跨ぐように挟み込み、ボールを空中へと跳ね上げた。
──!?っ
ボールが堅太郎の視界から消えた。
そして、武の身体も──ズンッ!
急激に姿勢を低くして堅太郎の脇を突き抜ける──。
ボールはっ!?──、
頭が真っ白になる。正面には広がる視界、しかし──もぬけの殻。
そう思った矢先、ようやく、ボールが堅太郎の視界に現れる。首を動かしアゴを突き出す。
武は踵でボールを自分の背後から浮き上がらせて、堅太郎の頭上を越えさせようとしていた。ヒールリフト──、
堅太郎の目が捉えたボールは自分の頭上。
視線でボールを追うも、まさかの事態に身体に力が入らない。
武はすでに堅太郎の背後を走り抜けている。
ふわりと弧を描いた、山なりのボールが足元に落ちてくるのを背中で待っていた。
ぐぬぬぬぬっ──。
分かっているのに、力が入らないもどかしさに、堅太郎は奥歯を噛み締める。
伸びきった腱。足首、膝、腰。跳躍に必要な関節が左右の動きに備えていたため、反応できない。
浮遊するボールを無情にも、視線だけが追う。
──ふんがあぁぁっ!
堅太郎は、唯一、力が入る足の指だけで跳んだ──。地面を穿つように指先に力を込める。
余力のない身体が限界を越えて、空中に舞う。
そしてボールを額で跳ね除ける。
「ルーズボールっ!」
キーパーの川田が声を荒げた。
堅太郎の額に触れたボールがサイドを転がっていく。
予期しなかった不測の事態に、オフェンスチームもディフェンスチームも反応が遅れた。
川田が咄嗟にボールに向かって走り込む。
──ボールはまだ生きている──、
堅太郎は弾けるようにボールを追った。
そして誰よりも早くボールに辿り着くと、
振り向きざまに、ボールを蹴り込んだ。
ドゴーンッ!
ゴールラインすれすれの角度のない位置。
大気を薙ぐような一閃が、ゴールを抉る。
──!?っ
堅太郎が放ったのはクリアボールではなく、シュートだった。
「お、お前……、」
川田の頬を掠めて痛烈な弾道が、ゴールネットを揺らしていた。
「うおっしゃぁああっーーーーっ! 武も太眉木彫り人形も、まとめて撃破じゃあぁぁーーっ!」
堅太郎が雄叫びを上げて、拳を突き上げる。
──どうだっ!
両手を広げた堅太郎が飛行機ポーズでウイニングランを決める。
「……いや、それ、オウンゴールなんだけど……」
唖然とした武が、困った表情でこめかみを掻いていた。




