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英雄を継ぐ  作者: pink18
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十二話


 堅太郎がサッカー部に入部してから一週間が経ち──、

「ちょっとかなえさん、俺だけいつまで別メニューで基礎練習なんですかっ!?」

 堅太郎は繰り返される地味な練習に飽きていた。


「はいはい、文句言わないのっ!」

「そうは言っても、リフティングだって百回できるようになったし、トラップもドリブルも人並みにはできるようになったじゃないですかっ!?」

「あのねぇー、ちょっとくらい上手くなったってすぐに活躍できるわけじゃないからねっ!」

 かなえが口を尖らせる。

「いやあ、俺、シュート決めたいっす! ゴール決めたいっす!」

 聞き分けのない堅太郎に、かなえが呆れるように頬っぺたを膨らませた。


 すると──、

「おいっ! 堅太郎、こっちに来てミニゲームに参加しろっ!」

 親指を後方に突き立てたやさ男が歩み寄ってくる。


「うん!? ──誰だお前?」


「ちょっと、堅太郎君っ!」

 慌ててかなえが頭を下げる。

「ほらっ! 堅太郎君も謝ってっ!」

「かなえさん、この人、誰っすか?」

「副キャプテンの勝春かつはるさんよ」


「──ふ、副キャプテン!?」

 勝春かつはる智幸ともゆき。優駿高校三年。ミッドフィルダー。さらりとしたセンター分けの髪型に、歯並びの良い白い歯が清潔感を漂わせている。



「かなえ、頭を上げてくれ。こっちこそ挨拶が遅れてすまなかった。堅太郎とめんと向かって話すのはこれが初めてだったな」


「……だって俺、ずっと隅っこで別メニューだったし……」

 堅太郎が肩を落としてしょぼくれている。

「まあ、そう気を落とすな、川田キャプテンからの伝令だ。今からオフェンスチームとディフェンスチームに分かれてミニゲームを行う。お前もディフェンスチームに加わってくれとのことだ」


「凄い。やったじゃない堅太郎君っ!」

 かなえが肘で堅太郎を小突いた。

「ディフェンスチーム? い、いやだ。俺オフェンスチームがいい」

「なに言ってんのよ! チャンスじゃないっ!」

 かなえがぷりぷりと捲し立てる。

「堅太郎、お前の身体能力の高さは俺たち上級生も認めている。ただ、現状、今のお前にとって最適のポジションはフィジカルを最大限に活かしたセンターバックだと考えている」

 勝春が白い歯を覗かせて、グイッと親指を後方に仕向けた。その先には、上級生のディフェンスチームが手招きをして待ち構えていた。



「──あの人達は?」

「一番背の高いヤツが善村よしむら臣正とみまさ。通称──ヨシトミ。痩身のヤツが古田ふるた又吉またよし。通称──フルキチ。そして、坊主頭が江田乃えだの照康てるやす。通称──エダテル。三年生のディフェンダートリオだ」


「……なんか、地味っすね……」

「こらこら、先輩を地味とか言わないのっ!」

 膨れっ面のかなえが堅太郎を睨みつけた。

「──で、オフェンスチームが俺とあいつら」

 勝春の視線の先には、一年生の福永と池添。それに二年生の武がいた。


 ──武!?

 武の姿を見た途端、堅太郎の目の色が変わった。

「なるほど。そう言うことですか──。要するにあいつらをぶっ潰せばいいわけですね」

「……ぶっ潰すという表現はどうかと思うけど、まあ、そう言うことだ」

 勝春が一旦、眉間にシワを寄せてから頬を緩めた。


 ──武を倒す。

 武より俺の方が凄い。かなえさんが俺に惚れる──。

 堅太郎の頭のなかで、根拠のない方程式が組まれる。


「いいでしょう、勝春さん。そのケンカ買ってやりましょう!」

「いや、ケンカって……」

 かなえと勝春が不安に苛まれるなか、堅太郎は指をポキポキ鳴らして、勇み歩いていた──。

 


 堅太郎にとって初めてのチーム練習。

 オフェンスチーム四人。ディフェンスチーム四人。

 キーパーは川田。

 ハーフコートでのミニゲームが行われていた。左サイドバックにはフルキチ。右サイドバックにエダテル。中央のセンターバックにヨシトミと堅太郎がポジションをとった。


 ちょこんと池添がボールを蹴り出し、武に渡る。

 ──来やがれっ! 武遼平!

 太眉ふとまゆ木彫り人形の次はお前を倒して、俺がサッカー部の頂点に君臨してやるっ!


 堅太郎が血相を変えて身構える。

 武は堅太郎を前にすると、インサイドでボールを操ってから即座に、アウトサイドでボールを斜め前方に流した。

 ──!?

 堅太郎の脇をボールが走る。

 行先には池添が走り込んでいる。

 そしてすぐさま、池添が堅太郎の背後に回り込んだ武にボールを戻す。ワンツーリターン。


 なっ──!?

 一瞬の出来事。

 堅太郎は一歩も動けず、視線を泳がせるだけだった。

「なにやってんだっ! 堅太郎っ! もっとプレスを掛けやがれっ!」

 あっさりとかわされシュートを決められた堅太郎に坊主頭のエダテルが唾を飛ばしながら詰め寄ってきた。


 ──プ、プレス?

「お前の武器は強靭な肉体だろっ! もっと距離を縮めて当たっていかなきゃダメだろーがっ!」

 そう言って堅太郎の胸を小突く。

「……距離を縮めるっすか……」

「そうだ。ディフェンスの基本はゾーンプレスだ。今の場合、お前が中途半端な位置にポジションをとるからボールホルダーは左右どちらにも選択肢が取れる。間合いを詰めてプレッシャーをかけることで選択肢を消すんだ。右を防げば左側にしか進路がなくなるだろ? そこを味方がカバーする。一人でボールを奪おうとするなっ!」


「──選択肢を消す……」

「分かったか? 次は気を抜くなよ! よし、再開だ!」

 今度は、武がボールを蹴り出す。

 それを池添が運ぶ。

「堅太郎! プレス!」

 エダテルの掛け声に堅太郎が詰め寄ってガシガシと足を削る。体の大きい堅太郎に当たられて、池添が体勢を崩した。

 よろめいた池添がたまらないとばかりに、サイドにパスを流す。


 すると──、

「いただきっ!」

 パスコースを予測していたフルキチがボールを奪取した。


「ナイス、インターセプト!」

 両手を叩きながら坊主頭のエダテルが近寄ってくる。

「堅太郎、ナイスプレスだ。今のフルキチのインターセプトはお前のプレスから生まれたものだ」

「ナイスチャレンジ! 堅太郎!」

 奪ったボールに足を乗せたフルキチが、そう言ってボールをオフェンスチームに蹴り返した。


「よし、交代。堅太郎、次は俺がチャレンジに回る。お前がカバーに入れ!」

 後ろから掛けられた声に振り返ると、同じセンターバックのヨシトミがのっそりと堅太郎の横に立っていた。


「チャレンジ? カバー?」

「そうだ。ゾーンプレスの基本はディアゴナーレと呼ばれるチャレンジ&カバーにある。一人がボールを奪いに行くチャレンジ。もう一人がスペースを埋めるカバー。今、お前がやったのがチャレンジだ。今度はカバーをやってみろ!」


 堅太郎に指南したヨシトミがオフェンスチームに立ち向かった。

 福永がボールを運び、ヨシトミが体を当てる。その背後で堅太郎が二人を観察する。


 ──ヨシトミさんが右側からプレッシャーをかけている……? 福永の選択肢は左しかない。それを警戒して……。

 チラリと視線を動かすと左側には、武がいる。しかし、フルキチさんがマークに付いている。なるほど。


「福永っ!」

 勝春さんが右側に回り込み福永のフォローに入った。すると、その動きに連動して、エダテルさんが勝春さんのマークに付く。


 ──て、ことは……。

 エダテルさんが動いたことにより、右側にスペースが開く。俺がカバーしなければいけないのは、──そこだ。


 堅太郎は咄嗟に、走り込んでいた。

 エダテルの裏のスペース。

 福永がボールを流し、池添が飛び込む。

 福永と池添のライン上に、堅太郎の長い足が伸びる──、

 パシッ!

 福永からのスルーパスは池添に渡ることなく、堅太郎の足元に収まっていた。


「ナイスカバー!」

 ディフェンスチームの三人が声を揃えて、駆け寄ってくる。

 パン、パン、パン。

 順に堅太郎とハイタッチを交わす。

「……あざっす」

「いいぞ堅太郎っ! ナイススライドだっ!」

「スライド?」

 聞き慣れない言葉に堅太郎が困惑していると、

「オフェンスの動きを見ながら、カバーに入るポジションを変更することさっ!」

 エダテルが得意げに言った。

「なるほど、勉強になりますっ!」

「お前、見かけによらず飲み込みが早いなっ! 筋がいいぞっ!」


 ──うん? 

 見かけによらず? 

 それってもしかして、ディスってます?


 堅太郎は一瞬、疑問を抱いたが、褒められていることには違いない。手ほどきをしてくれた三人の先輩たちに感謝を込めて、


初心者向けの指導(チュートリアル)先輩、ありがとうございますっ!」


 満面の笑みで声を張り上げた。

 エダテル、フルキチ、ヨシトミの表情が固まる。

 三人は視線を交錯してから、

「誰が、初心者向けの指導(チュートリアル)先輩やねんっ!」


 声を揃えてツッコんだ──。



 

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