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英雄を継ぐ  作者: pink18
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十一話

 

 その日の帰り道。

 堅太郎はかなえと一緒に河川敷の土手を歩いていた。

 かなえと出会った記念すべき場所。


「やっぱり堅太郎君って運動神経いいよねっ!?」

「…………」

「初めてのリフティングで九十九回もできちゃうんだからっ! さすが、私が見込んだ男だけあるわっ!」

 隣りではしゃぐかなえに対して、堅太郎は口を閉ざしたまま悶々としていた。


 武を見つめるかなえの横顔が脳裏をよぎる。

 あれはまさしく恋する乙女の表情──。

 得体の知れない臓器が、くっきりとした輪郭をかたどって胸を締めつける。


「──どうしたの? さっきから浮かない顔しちゃって……」

 かなえが見上げるように堅太郎の顔を覗き込んだ。

 うっ──。可愛い。

 飲み込まれるような引力に思わず、息が詰まる。

 吐き気にも似た動悸がさっきから喉元を行ったり来たりしていた。


「か、かなえさん、つ、つかぬ事を、お、お聞きしますが……」

「なあーにっ?」

 夕風が吹き抜けて、かなえの髪をなびかせる。乱れた前髪を耳に掛けたかなえは、スポーツバッグを持った両手を後ろに組んで体を傾けた。


「あの……、その……、なんだ……、ほら、あの──、」

 しどろもどろと口籠る堅太郎に、

「真剣な顔しちゃって、らしくなあーいっ!」

 遠心力を加えたスポーツバッグを堅太郎の腰に横殴りでぶつける。

 ──んごっ!?

 不意に訪れた衝撃につんのめり、堅太郎は素っ頓狂な声を漏らした。

「ちょっと、かなえさん、なにすんっすかっ!?」

「だって堅太郎君がらしくない顔するから──」

「──らしくないっすか……」

 堅太郎がポリポリとこめかみを指先で掻いて視線を泳がせる。


 しばらく沈黙がながれて、

「……あの、武とはどういう関係なんですか……?」

「──えっ!? ……武君……?」


 かなえが一瞬、表情を消して黙り込んだ。

 焦点の定まらなかった堅太郎の視線が一点を見据える。

 風が途絶えて、自然とみぞおちに力が入る。


「──武君かぁ……」

 かなえから発せられた言葉は以外にも短いものだった。

 堅太郎は次の言葉を待ったが、かなえは視線を夕陽に飛ばして、何も言わずに歩き出した。

 膝をを曲げず、直角に伸ばした足を、関節のないロボットのようにテクテク、尺を取るような歩行。


「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ、かなえさんっ!」

 堅太郎が後を追う。


 ──武君かぁ……。

 ふくみを持たせたかなえの言い方に、堅太郎は不安に駆り立てられていた。

 何も言えず、うつむき加減のかなえの横を歩く。


 ふと、かなえが立ち止まったかと思いきや、ぴょんと跳ねるように、かなえは堅太郎の前に躍り出た。突然、目の前に現れたかなえに堅太郎の背筋が伸びる。ゴクリ。堅太郎の喉が小さく鳴った。


「──武君は、──私の夢なの──」

 つとめて優しく微笑むかなえに、堅太郎はたじろぐ。

「……夢っ? すかっ……?」


「──武君と私は同じ養護施設出身なの……」

「養護施設?」

 想定していなかったフレーズに堅太郎は気まずさを覚えて、視線を外すことが出来なくなった。


「そう、養護施設。私も武君も孤児だったのよ。で、小学生にあがる頃、お互いに里親が決まってね、偶然にも同じ地域だった」

 そこでようやく、堅太郎は目線を外した。


「幼い頃から武君は運動神経が良くて、サッカーが上手だった。私は運動神経が悪いから、サッカーで活躍する武君を自分のことのように応援したの。中学は違ったんだけどいつも武君の試合を観に行ったりして。スカウトの人たちなんかもたくさん来てて、武君の試合は凄かったんだから!」

 かなえの話に相槌あいづちを打ってもいいのかと堅太郎は戸惑う。



「……だからあ、──、武君はぁ、──私の夢っ!」


 眩しいほどの笑顔が夕陽に照らされて、赤く染まっていた。


「……彼氏とかじゃなくて……?」

「か、彼氏──!? いや、そんなんじゃないからっ! 家族っていうか、兄妹っていうか、私自身っていうか──、それに武君は私のことなんて全然見てないからっ! 武君が見てるのはプロのサッカー選手になって、ワールドカップで優勝することだからっ!」


「ワールドカップで優勝?」

「そう、サッカーの世界大会──、で、それを応援するのが私の夢なのっ!」


「──俺じゃあ、……ダメっすかっ?」

「──えっ!?」

「そのワールドカップ優勝ってやつ、……俺じゃあ、ダメっすかっ?」

 かなえが目を見開く。


「俺がかなえさんをワールドカップ優勝の舞台に連れて行ってあげますからっ!」

 固まっていたかなえの表情が和らぐ。

「……言ってくれるじゃない! 初心者のくせにっ!」

「ふふふっ。なんせ俺はサッカー部の英雄ですからっ!」

 ドンッ。堅太郎が誇らしげに自分の胸を叩いた。


「よしっ。英雄っ! そこまで言うなら、明日はリフティング百回成功させてみよっ!」

「楽勝っすよ! 今日だって、かなえさんが……」

 堅太郎は言葉を飲み込む。

「私がなんだって?」

「いや、なんでもないっす!」


 堅太郎の夢。ワールドカップ優勝。

 そして、かなえを──。

 不純な動機のサッカー少年がここに誕生したのだった──。



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