第七話 予想外
イリアスによって放たれた爆炎により、怪物の上半身が覆い隠された。
五等級冒険者による得意魔法の完全詠唱、それを超至近距離受ければただでは済まないはずだ。
放った彼女の経験上、相手は運が良くて致命傷、最悪の場合体が消し飛ぶほどの威力が発揮された。
しかし
「——」
「!?」
「チィッ!!」
未だ半身を炎に包んだ怪物は、何事もなかったかのように腕を動かし、イリアスの方へと伸ばした。
”生きている”、そう真っ先に認識したルシアンは即座に剝き出しになった怪物の肋骨を掴む。
全体重を後ろに倒し、勢いに乗せて腕を振り怪物を放り投げた。
投げられた怪物はバランスを崩して倒れ、それを見たイリアスは杖を地面にトンッと突き立てた。
「——『ディノーヴァ』——」
彼女がそう唱えると、杖からは奇怪な文字列が発散されて宙に浮かび上がる。
すぐにそれらは杖に収束に、杖は再び熱と魔力を帯びた。
そして彼女は再び怪物に向けて杖を振るう。
「『エスフィアンマ』!!」
また爆炎が杖から放たれ、今度は怪物の全身覆い隠した。
爆炎の規模は詠唱を省いたにも関わらず、一度目に全く劣らない威力だった。
放った当人は大量の汗をかき、息を切らして杖に体重を預けている。
「はぁ......はぁ......」
イリアスが二つ目に使用した魔法『ディノーヴァ』は、最後に発動した魔法を過程を省略して再発動させることができる補助魔法だ。
デメリットは補助魔法にしては大量の魔力を消費する上、再発動する魔法の魔力も当然要求される。
つまり彼女はこの短時間で、大技を三度、それも連続で使用したことになる。
それは魔力消費だけでなく、心身にも大きな負担がかかる行為だ。
「はぁー....はぁ......」
「ありがとうイリアスちゃん。もう休んで。帰還魔法分の魔力は残しておかないと」
「はぁ、はぁ......はい......わかり......ケホッ......ました......」
アリエルはイリアスの体を支えて指示を出した。
ダリオが彼女を預かり、地面にゆっくりと座らせる。
「リーエンちゃん、ダイの容態は?」
「肋骨が数か所折れています! 内臓も損傷しているかもしれません! 私の奇跡では回復に時間がかかります!!」
「そうか......ルシアン、君は大丈夫なの?」
「多分俺も肋骨が数本折れたが......問題ない」
「そうか......そうか......」
仲間の状況を把握したアリエルは眉間にしわを寄せた。
炎の方を見ると影がまだ動いている。
怪物はまだ死んでいない。
彼女はいつの間にか戻ってきていた光輪を変形させ、剣の形にするとそれを握りしめた。
そして、各々に支持を出す。
「リーエンちゃんはそのままダイの回復、イリアスちゃんはしんどいだろうけど帰還魔法の準備をお願い、ガレオは三人の護衛、ルシアンは......私と一緒にあの化け物の相手」
その指示に皆が頷いた。
戦闘能力だけでなく、この即座の状況判断と的確な統率能力こそが彼女が三等級冒険者たる所以なのだ。
「なぁアリエル、その光る剣もう一本増やして貸せたりできないか? 俺の剣、さっき蹴り飛ばされたときに瓦礫に挟まれて粉々になったんだ」
「......貸すこと自体は出来るけど......変形させた光輪は同族以外が持つと焼け爛れるよ。熱した鉄みたいな物と思ってくれればいい」
「......素手で頑張るかぁ」
「だったらこれを使え」
ガレオはそういうと自分の盾をルシアンに差し出した。
「いいのかよ? これがなかったらお前......」
「......実を言うとさっきの奴の攻撃で両腕の感覚が鈍くなってるんだ。盾も損傷してる」
確かに盾の表面を見ると、小さなヒビがそこらかしこに入っている。
この盾はガレオがこの数年間、毎日欠かさず手入れをしていた愛用の物だ。
彼らはこれまで幾度も敵の攻撃から仲間を守ってきた。
彼は最後に盾を一瞥すると、ルシアンにそれを託す。
「盾があろうがなかろうが、次に奴から攻撃されれば俺は防ぎきれない。だがお前なら役立てるはずだ! ......いざとなったら使い捨ての鈍器として使ってくれ」
「......ああ、わかった」
ルシアンは盾を受け取ると、備え付けられたナイフを抜き取って怪物の方を向き直る。
怪物は出現させた水でまとわりついた炎を消化し、水蒸気の中から現れたその姿はこれといった外傷がなかった。
「くるよ」
アリエルのその言葉の直後、怪物が彼らに向かって走り出す。
迎え撃つために二人も駆けた。
怪物は接近すると同時に鋭い突きを放つ。
二人はそれを左右に避けると、各々が持つ武器で同時に斬り付けた。
手ごたえはない。
アリエルは返す刀で怪物を斜めに斬りつける。
怪物は両腕を振り回し、ルシアンはそれを盾で斜めに受け、アリエルは体を倒して回避した。
——体表が無理なら!!
アリエルはそのまま体制を低く維持し、剣を素早く弓矢に変形させる。
そして下方向から腹筋のない前側の腰にめがけて矢を放つ。
矢は少し突き刺さるが、これといって怪物は痛がる様子もない。
怪物は足を上げると、態勢を低くしているアリエルを潰そうと踏み抜いた。
彼女はとっさに体を回転させて難を逃れた。
ルシアンはそれと同時に怪物の胸、その筋肉の隙間にナイフを突きつけた。
切っ先が少し食い込んで固定される。
さらに押し込むために、ナイフの柄の底に前蹴りを叩き込む。
しかし刃はそれ以上食い込まず、逆に真っ二つに折れてしまう。
——すまんガレオ!!
怪物のヘイトがルシアンに向く。
彼の頭上から拳が振り下ろされた。
体を逸らしてそれを躱すと、盾を持つ位置を裏の持ち手から側面に持ち替えた。
そして前に出た怪物の頭部向かって、盾の縁を力いっぱい振り上げてめり込ませた。
「——?!」
カウンター気味に入ったその一撃で怪物が少しふらつく。
間髪入れずに振り上げた盾を振り下ろし、再度怪物の側頭部に叩きつけた。
アリエルもそれに乗じて背中を一瞬で三度斬り付ける。
それを見ていたガレオは二人の戦いぶりに唖然とした。
——凄まじいな......
巨大な盾を片手で振り回して戦うルシアン。
後衛寄りと言いながらも並の前衛冒険者を優に超える動きをみせるアリエル。
あの怪物相手取る二人の姿を見て、自分たちとのレベルの差をひしひしと実感せざる負えなかった。
——だがこの均衡も長くは持たない......!
何度も二人が攻撃を与えているのにも関わらず、怪物は特にダメージを負った様子はない。
このままでは先に二人の体力が尽きてやられる。
イリアスの帰還魔法だけが望みだ。
そう思いガレオは彼女の方を見た。
しかし彼女は何か慌てたような、絶望したような様子で帰還魔法のスクロールを見ていた。
「どうした? イリアス?」
「ガレオ......」
ガレオの方を見たイリアスの声はいつもの毅然とした様子とは程遠い、今にも泣きそうな子供のように震えていた。
「帰還魔法が発動しない......」