第六話 瓦解
ここから話が大きく動きます!
「なんだ……あれ」
絞り出したダイの言葉と概ね同じ感想を抱いた。
ただひとり遅れて目にしたリーエンも、その光景を見ると思わず小さな悲鳴をあげる。
広間の中心に蹲る人型。
全身が青黒く、そして筋肉質。
体躯はおよそ二メートルと少しといったところだろう。
体の節々を光沢のある鱗が覆っており、腕や背中の中心には魚のようなヒレがあった。
「半魚人……?」
ガレオが最初に抱いた答えはとある魔物の名前だった。
ここにいる全員が実際に見たことはないが、海辺には半分魚、半分人間の魔物がいるという。
目の前の正体不明の生物の特徴がその説明に当てはまった。
そして微かに香る潮の香り。
六人は目の前のそれが半魚人であるとほぼ確信した。
「なんで半魚人? がこんな内陸に?」
「やはり、このダンジョンのどこかが、海につながっている、かも」
「魚人や人魚の可能性はないですよね? 少し魚の部分が少ない気がしますし」
「こいつが他の魔物を上の階層に追いやった張本人ってことでいいのかな」
「半魚人ってそんなに強かったでしたっけ? 図鑑でしか見たことないですが、群れで狩りをする生態だったような」
「そもそも生きてるのか?」
「……確かめるしかないか」
各々が考えを述べる中、ルシアンの言葉に皆が唾を飲む。
しかしクエスト内容がダンジョン内の魔物の一掃である以上、それは避けては通れない。
結果、前衛のダイとルシアンが推定半魚人に接近して生死の確認を行う。
アリエル、イリアス、リーエン、そして彼女たちを守るガレオは後方で戦闘態勢に入りながら待機することとなった。
役割を決めると配置につき、前衛二人は左右から挟み込む形で恐る恐る近づいていく。
「……」
「……」
全員の間により一層の緊張が走る。
ダイは剣を片手に、もう片方の手で松明を待つ。
水生生物にとって炎は非常に有効だからだ。
ルシアンも剣を抜き、動きがあれば即座に首を切り落とす覚悟で近づいた。
二人が半魚人に手が届くほどに接近した。
どんやら呼吸はしていない、というよりは呼吸特有の体の上下運動が見られない。
彼らはお互いの顔を一瞥して、また半魚人に目を向けた。
「呼吸してないってことは、死んでるのか?」
「そもそも水生生物だろ? 鰓呼吸じゃないの? 半々なら両方か?」
「俺は鯨とかイルカみたいな水棲哺乳類を想像して——」
ダイが持論を述べながら松明を近づけたその時。
振り向いた半魚人と二人の視線があった。
「「!!?」」
視線とはいったが彼らの目の前の怪物には顔がなかった。
頭部の前から生えた触手が後頭部へと流れている。
当然のことだが、彼らが知る半魚人の姿とは非なるものだ。
偽半魚人——怪物は一瞬で立ち上がると、すぐさま拳を握り締めて、ダイのみぞおちに突き出した。
突然の出来事だった。
頭で考えて動いたわけではない。
彼はすぐさま松明から手を離すと、剣の腹を拳と体の間に滑り込ませて両手で固定して、完璧な防御耐性をとる。
全て反射的な行動ではあるが、これも五等級冒険者の技術と経験がなせる技だろう。
だが——
「ガハッア!!?」
怪物の不恰好な拳はその防御を意図も容易く突き破り、へし折った剣ごとダイの腹に打ち込まれた。
鈍い音を鳴らしたダイの身体はそのまま後方へと吹っ飛び、後方にいるガレオ達の目の前に転がった。
「ダ——!!」
ルシアンが叫び終えるより先に、怪物の剛脚が彼を襲う。 一瞬反応が遅れた。
咄嗟に頭部を腕でガードするも、怪物の脚は彼の脇腹に直撃する。
そのまま彼の体は広間の壁まで吹っ飛び、叩きつけられた。
古くなった壁は崩れ、音と砂埃をたてながら彼に覆い被さる。
「ルシアン!!」
「ダイ!!」
アリエルとガレオが彼らの名を叫ぶ。
ガレオは意識がないダイの体を自分の後ろに引き摺る。
リーエンはすぐに自身の奇跡で彼の治療を試みた。
アリエルはルシアンに駆け寄ろうとするが、あの怪物が自分たちに目掛けて走り寄ってくるのを見ると足を止めた。
「クソッ!」
アリエルはすぐさま頭上の光輪を変形させて弓を作り出すと、怪物の頭部目掛けて一矢を放つ。
だが怪物は失速することなく突き進むと、その矢を軽々と片手で掴み取った。
「ッ!?」
「『カルド』ッ!!」
続けてイリアスが詠唱を終えて火球を放つ。
今度は怪物の頭部に直撃したが、煙から現れた姿は全くの無傷だった。
「嘘……」
「全員俺の後ろに!!」
そう叫んでガレオは二歩前に出た。
盾を構え、全体重でそれを支える。
怪物は拳を構え、そのまま盾の中心目掛けて振り抜いた。
ガレオはその直後に盾に刻み込んでいた防御術式を発動する。
ダイ、そして以前まで駆け出しながらも一目置いていたルシアンすら一撃で沈める怪物の攻撃。
今回はそれに加えて速度と全体重が乗せられている。
生半可な覚悟では受け切ることが出来ないのは必然。
発動させた防御術式は盾本体の強度を高めるとともに、その使用者の肉体と魔力を活性化させる。
……やれる準備は全て整えた。
あと必要なのは。
「こい!!」
覚悟だけだ。
ゴンッ! と轟音が広間に鳴り響く。
盾と拳に火花が散り、ガレオの足場は抉れて数歩分後方に下がった。
腕と盾からは何かが割れるような音がする。
「ぐっ、うぅぅぅぅッ!!」
しかし彼は耐え切った。
静止した拳は盾の表面から離れる。
そして、その掌をガレオ達に向けた。
「ッ!?」
その時、彼らは初めて怪物の全身を見た。
顔の無い頭部。
血管のような管が巻き付いた首。
分厚い胸部とは対照的に、腹部の筋肉は削ぎ落とされて肋骨が剥き出しになっている。
首から背中にかけて、両肩、両手首、両足首、腰回りには巨大な腹が生えている。
そして今向けられた掌には、子供の拳大の穴が空いていた。
その穴からは水が流れ出て、下に落ちることなく宙で漂うと、球状に圧縮されて静止する。
そして今、怪物はそれをガレオ達に放とうとしていた。
「まだ……っ!!」
ガレオは仲間の命を背に、まだ痺れが残る両腕で再び盾を持ち上げた。
水球が放たれる寸前、一つの人影が怪物の腕に掴み掛かり全体重を乗せて腕の向きを彼らから逸らした。
水球は標準を誤り、彼らの横を通り過ぎて少し後方の地面に衝突した。
けたたましい爆発音と水飛沫が舞い上がり、衝撃はそのまま止まらずに向かいの壁を破壊した。
「なんつー威力だよ!?」
腕を逸らしたのはルシアンだった。
彼はすぐさま怪物の腕から離れる。
怪物は彼に向けて拳を振り上げるが、突如現れた三つの光輪が体に絡みついて動きを封じる。
ルシアンが目線をずらすと、アリエルが険しい表情で怪物に向けて手をかざし、何かを握り込む動作を行っていた。
「イリアスちゃん!」
イリアスはガレオの後ろから姿を現し、怪物の前に立つと杖の先を怪物に触れるギリギリの場所に構えて指した。
その間、常に彼女の口からは詠唱が紡がれていた。
先ほどとは比べ物にならないほどの魔力が、そして熱が杖の先に集まる。
詠唱を終えると同時に、彼女は魔法名を唱えた。
「——『エスフィアンマ』!!」
怪物の上半身が、巨大な爆炎に飲み込まれた。