第五話 不穏
六人が辿り着いた次なる階層は、ひたすらに下に続く広い空間、その空間の壁に備え付けられた螺旋状に続く階段だった。
先頭のダイが松明を掲げ、足を踏み外さないように注意して進む。
「すごく広いですね。どこまで続いているんでしょかう?」
リーエンが階段から顔を出して下を覗き込む。
しかしそこすら見えないあまりの深さに恐怖を感じ、すぐさま顔を引っ込めた。
「最下層が一番広いダンジョンは珍しくないが……にしてもここまで縦に広いのも珍しいな」
「俺たちが降りてきた位置より上にも階段が続いているぞ。もしかしたらこの階層から地上まで直通なんじゃないか?」
「地上と最深部が繋がっているダンジョンも割とあるよ。基本的に到底見つけられないような場所に出るか、或いは内部から一方通行しか出来ないかのどちらかだけど」
ダイとガレオが辺りを見渡しながら言う。
その会話にアリエルも同調した。
誰もが思っていたことだが、彼女の光輪はこういった暗い場所での視界の確保に非常に役に立つ。
反面隠密行動にはとことん向いていないだろうが。
「それだと帰りはかなり楽。体力的にキツくても、『帰還魔法』を使う必要が、ない」
イリアスが言う帰還魔法とは、ギルドからダンジョンクエストかそれに準ずる閉鎖空間のクエストを行うパーティーに貸し出しされるスクロール型の魔道具だ。
あらかじめダンジョンの入口にマーキングを施し、中から引き返す際に体力的余裕がない場合や緊急事態とにおける脱出手段だ。
しかしこれもそう都合のいいものではない。
魔道具であろうと複雑な術式を読み込み、発動させるには時間の猶予と魔力、そして魔法に対する知識が必要である。
そのためダンジョンクエストには一定以上の実力を持つ魔法使いが必須級であり、その魔法使いもクエスト中は帰還魔法を念頭に入れて魔力の管理を行わなければならない。
そして何より、この魔道具は使い捨て故に非常に高価だ。
もし大した成果を上げられずにこれを使ってしまえば、ギルドに払う金額で最悪赤字になる可能性すらある。
出来ることなら帰還魔法は使いたくない。
いや、使う必要のない状態でクエストを終えたい。
「どうしたルシアン? さっきからダンマリだな」
会話に混ざらないルシアンにダイが問い掛けた。
それに対してルシアンは鼻を啜りながら答えた。
「いや、なんか変な匂いしないか? なんというか生臭い感じ」
「生臭い? するか?」
ダイは振り返って仲間に答えを求めた。
皆は顔を見合わせながら首を横に振る。
「まじで? なら俺の勘違いか」
「いや……確か君は人より感覚が鋭かったよね」
「ん? ああ、まぁ一応な。獣人ほどではないけど。夜目もそれなりに効くし」
アリエルの言われたように、ルシアンの五感は他の者より、少なくとも平均的な人間のそれよりは優れている。
アリエルさそれを確認すると、ルシアンに問い掛けた。
「生臭いって、具体的にはどんな感じ?」
「どんな感じ……なんだろうな……生魚みたいな?」
「生魚……海……潮の香りかい?」
「海に行ったことないから分からん」
「海に行ったことないから分からん」
「海行ったことないのかお前! ……そういえば小さい頃は病弱だったんだっけ? 今のお前を見れると信じられないな」
「いや、病弱とはまた違うな。別に体は昔から頑丈だったけど、とにかく外には出られなかったんだ」
「どうして外に出られなかったんですか?」
イリアスの何気ない質問に対しルシアンは、そういえばこのことはギルド内ではダイとアリエルくらいにしか話していなかったことを思い出した。
いい機会だと思い、彼は答えることにした。
「——陽の光に当たると肌が焼き爛れるんだ。吸血鬼みたいにな」
その後、会話を交わしながら階段を降り続けること数分。
ようやく最後の段を踏むことが出来た。
松明で照らしながら辺りを見渡すが、この暗闇ではお互いの姿以外何も目に映らない。
「何か見えないのか? ルシアン」
ダイの質問と同時に皆がルシアンを見た。
「見えない。流石にデカいか動き回る奴がいれば見つけられるが、少なくともそういう奴はいないな。こっちに気付いて動く気配もない」
「そうか」
「ただ……」
「ただ?」
「潮の香り? が強くなった」
彼がそういうと、皆が鼻を動かした。
言われてみると確かにこの空間には潮の香りが漂ってくる。
「海と繋がってるのかな? 結構内陸に位置すると思うけど」
「まぁ考えても仕方ないですよ。リーエン」
「はい」
ダイに呼ばれたリーエンが前に出た。
金属の杖を両手で握り締め、目を閉じる。
そして言葉を紡ぐ。
「天におわします我らが主たる神々よ、ねがわくば、どうかその導きの光で、我らの行く末をお照らしください」
それは詠唱ではなく、祈り。
聖職者の彼女が神に祈りと信仰心を捧げ、その見返りとして奇跡を与えられる。
祝詞を言い終えると、彼女の体が光に包まれる。
その奇跡の名は。
「——『ホーリーライト』」
その言葉と同時に、彼女を中心に半径数メートルに光が満ちた。
「「「「「!?」」」」」
視界が広がり、未だ目を閉じるリーエン以外の全員がその光景に目を見開いた。
石造りの円形の広間。
その中心には、青黒い肌を持つ人型の”なにか”がうずくまり、座り込んでいた。