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コメディ系短編小説

レジ打ち最強選手権・想定外部門

作者: 有嶋俊成

【登場人物】

・『スーパースーパー従業員頂上決戦』の出場者

 小秋大こあき・だい(40・♂)

主人公。スーパー「アキコ」経営者。スーパー一筋22年のベテランスーパー経営者。


 浦賀玄次うらが・げんじ(20・♂)

スーパー「スエヒロ」アルバイト従業員。初出場で決勝まで進んだダークホース。東京都港区出身。


 薄田すすきだヒロ子(30・♀)

スーパー「津張」パート従業員。初出場で決勝まで進んだ。


 草彅直樹くさなぎ・なおき(35・♂)

スーパー「トクヤス」バイト従業員。フリーター。過去三回の決勝進出歴がある常連組。昨年の決勝進出を逃して以来の復活を果たした。


 柴田睦しばた・むつみ(40・♂)

スーパー「ゴー・ロク」店長。決勝常連。小秋とは同世代で同じスーパー経営者であることもあって良きライバル関係。


・『スーパースーパー従業員頂上決戦』の審査員、他

 伊藤いとう

審査員の一人。


 大栄だいえい

審査員の一人。初代優勝者。


 角越かくえつ

審査員の一人。


 司会者

司会者。


 スーツの男

 ―俺の名前は小秋大(こあき・だい)。スーパー一筋22年のベテランスーパー経営者だ。


「それではお待たせしました。『スーパースーパー従業員頂上決戦』決勝戦開幕です!」


 ―司会者のオープニングコールが響いた。今日は全国のスーパー従業員の頂点が決まる「スーパースーパー従業員頂上決戦」の会場に来ている。俺はもちろん出場者だ。


「今年も開催されておりました。『スーパースーパー従業員頂上決戦』。本日はその決勝戦です。会場は既に全国の予選を勝ち抜いてきたスーパー従業員たちの熱気に包まれております!」


 ―俺がスーパーで働き始めたのは18歳の時。高校卒業後に地元のスーパーでアルバイトを始めたのが最初だ。


「審査員の伊藤さんどうですか今回の『スーパースーパー従業員頂上決戦』。」

「予選も見させていただいたのですが今年は例年と比べると本当にレベルが高い印象がしましたね。」


 ―そこでは顔見知りのお客さんや頼りがいのある店長、信頼できる同僚たちに支えられながら大学卒業までの4年間を過ごした。その時の経験が俺の人生を決定づけた。


「それでは初代優勝者の大栄(だいえい)さん今年の『スーパースーパー従業員頂上決戦』はどう見ますか?」

「今年はレベルが高いですけれども、だからこそダークホースの活躍がすごいのではないかと。」


 ―俺も自分のスーパーを作りたい! と心からそう思った。そして多くの人々の助けも借りながら俺はスーパーの経営者として成長し、今、この場にいる。


「それでは『スーパースーパー従業員頂上決戦』、最初の出場者に参りましょう!」


 ―さあ、いよいよ開戦だ。俺は今まで世話になった全ての人のために必ず勝者の称号を持って帰る!


「それではエントリーナンバー800! スーパー『スエヒロ』港区店から参戦! 浦賀玄次(うらが・げんじ)!」


 ―浦賀玄次…聞かない名前だ。それもそのはず、奴こそが今年の大会決勝戦のダークホースだ。『スエヒロ』は日本全国に店舗が分布している一大スーパーだ。大きなスーパーであるだけあって実力派も多く揃っている。しかしあいつはそれを抑えて初出場でいきなり決勝進出を果たした。天性の実力者であることは間違いない。


「いらっしゃいませ。」


 ―端正な顔立ちに透き通った上品な声…こいつまさかビジュアルでここまで来たのではないだろうな? と思わせられるほどに接客者として完璧な雰囲気と立ち振る舞いを持ち合わせている。プロフィールには〈・2004年生まれ ・東京都港区出身 ・アルバイト従業員〉と記されている。弱冠二十歳のアルバイトの若造がここまで上り詰めてくるとは…金持ちの町・港区出身というだけあってやはりマナーに関する教養も高いのだろうか?


「300円が一点・・・140円が一点・・・660円が一点・・・」


 ―丁寧だ。上品で丁寧だ。しかし、丁寧過ぎるあまりに遅すぎる! あれでは後ろに並んでいる客たちが次々と隣のレジに奪われていく! 丁寧さを極めるだけではレジ打ち技術は向上しない! 素早さも身に付けなければ!


「合計で3800円です。」


 ―客役の演者が現金で支払いを終えレジを後にした。浦賀はその背中に丁寧な礼をして見送った…


「浦賀玄次さんありがとうございました!」


 ―終了のファンファーレと共に司会者が出てきた……待て! これであいつのパートが終わりだと⁉


「審査員の方々のお話を聞いてみましょう。伊藤さんいかがでしたでしょうか?」

「非常に丁寧な接客で上品さが群を抜いて凄かったですね。」


 ―審査員たちは褒めている場合なのか? あいつは丁寧だがあまりにも仕事が遅すぎるんだぞ? その上、例年注目されているクレーム対応や客からの質問といった出場者への仕掛けが何一つなかったんだぞ⁉


「それでは大栄さんいかがでしたでしょうか?」

「物凄く丁寧でした。あれだとお客さんも爽やかな気持ちでお帰りに慣れますよ。」


 ―審査員たちは“丁寧”しか言わないじゃないか⁉ もっと他に言うべきところがあるだろ! 悪い所も例年言ってるだろ!


「それでは続いて参りましょう!」


 ―出来れば辛口審査員の感想も聞いて欲しかった。というよりも聞くべきだ。


「エントリーナンバー・440! スーパー『津張(つばり)』から参戦! 薄田ヒロ子(すすきだ・ひろこ)!」


 ―薄田ヒロ子…またしても聞かない名前だ。プロフィールによると〈・1994年生まれ ・茨城県水戸市出身 ・パート従業員〉とのこと。ジャスト三十歳となると決勝進出者の中ではまだ若い方だ。決勝進出者の多くは三十代半ばから四十代前半が多い。


「ぃらっしゃいませー」


 ―清楚な黒髪美人である反面、客への挨拶は商店街のおっさん店主が言いそうな「らっしゃい!」みたいな言い方だった。しかしその抑え気味の声が接客への熱意を感じる。これは期待できそうだ。


「なんかこの店臭いね。」


 ―ドシンッ、と客を演じる初老の演者が商品が大量に入ったカゴを台に置いた後、開口一番にそう言った。


「それは大変失礼致しております。」

「もう本当に臭いよ? 本当に。臭いよ。」


 ―どうやら薄田への仕掛けは「クレーマー客」のようだ。しかしながら過剰に反応せず受け流すような対応、これは一本取ったな。


「どうにかなんないの? この臭さ。」

「本当に申し訳ございません。以後対応致しますので。」

「それじゃもう遅いよ。ほら嗅いでごらん? 匂いついちゃってる。ほら。」


 ―客役の演者はセーターの袖を薄田の顔に近づけた。演技とわかっていてもどこかイラつかせる。しかしこれまでこの大会でここまで酷いクレームの仕掛けをしたことがあっただろうか? さあ彼女はどう対応するのか?


「あーはい。大変ご迷惑をお掛けしております。どうか腕をお収め下さい。」


 ―腕を顔に押し付けられた薄田は商品のネギを握りしめたまま対応する。クレーマーが増えてきたこの時代、こういう客もいるのだろうか。一応、大会なので本物のクレーマーではないのだが、なんだか彼女が可哀想に思えてきた。


「おうおう。そう言うならお金で誠意を見せてください。」


 ―本当に嫌な客だ。しかししつこい。こんなにクレームのトラップが長引くことが過去の大会では少なくとも自分の記憶の中ではない。


「お客様、この場ではお買い物以外の金銭のやり取りはお断りさせていただきます。」

「匂いが付いた服の弁償代と匂いによって生じた精神的被害の慰謝料と今後他の遠くのスーパーへ行くための交通費の支給。」

「全てお断りさせていただきます。」

「うーわ、優しくないなアンタ。」


 ―そう言ってクレーマー役は再び腕を薄田の顔に押し付けた。どれだけ酷いクレームをつけるつもりなんだ?


「お客様腕をお収め下さい。腕をお収め下さい。」

「激臭被害を受けました~お詫びをしてください~誠意を見せてください~」

「お客様~代金をお支払いください~」


 ―薄田の声から限界を迎えていることが感じてとれる。もうそろそろクレーマー役は引き下がってもいいと思うのだが。というかもう引き下がってないと前例的におかしいと思うのだが。


「いい加減にしろゴルァー‼」


 ―何何何何何何何何何何⁉


「さっきから調子乗らしとったらヨォ! 金金金金金金金金金しか言わんしヨォ! もうやるよ商品ほら全部ゥ! この乞食がよォ! こっちゃはした金で旦那と一緒に五歳児養っとんじゃオイ! どうせお前寂しい寂しい独り身だろうが! お前女ナメとんな! この『水戸の白虎』と呼ばれたアタイが地獄見せたるわその腕で‼」


 ―おーなんだこれは。前代未聞だ。客役に商品を投げつけ、カゴを蹴飛ばし、客役に虎の如く飛びつき胸ぐらをつかむとは…。でもああいうクレーマーが本当にいたらあれぐらい強く出た方が本当は良いのだろうな。


「す、す、す薄田ヒロ子さん、あ、あ、あ、ありがとうございましたー!」


 ―司会者も慄かせたあの女は涼しい顔をして舞台袖に去っていった。確実に元ヤンだ。「水戸の白虎」はヤンキー時代の異名だろう。「白虎」と呼ばれるくらいならそれなりに腕っぷしも良いのだろう。それにあの女、旦那と子持ちだったんだ。きっと普段は良妻賢母な強い女性なんだろうなー。


「どーど、どうでしたか? 審査員の角越(かくえつ)さん。」

「こーれはすごいですね。勢いがありますね。乱暴だけど店を守ろうという強い思いを感じましたね。すごい!強い!」


 ―審査員もちょっとビビってるじゃねぇか。言葉を選んでるよ。浦賀の時といい今回の審査員たちだいぶ弱気だな。


「というわけで続いての出場者に参りましょう! エントリーナンバー・665! スーパー『トクヤス』から参戦! 草彅直樹(くさなぎ・なおき)!」


 ―おお!草彅! 過去三回の決勝進出経験のある常連組だ。去年は予選で敗退したようだが今年になって無事復活したようだ。やはり実力は裏切らないのだろう。


「いらっしゃいませー。え?」


 ―エコバッグを肩に下げてきた客役はニット帽を被り、サングラスとマスクを身に着けた絵に描いたような不審者の恰好をしている。決勝常連の草彅が驚くのも当然。こんなシチュエーションは過去にあったことが無いからだ。


「200円が一点、330円が一点、190円が一点…」


 ―しかしそんな状況にもめげずにいつも通りの高いレジ打ち技能を発揮していく。手際も良く、商品の扱いも丁寧だ。見入っているといつのまにかレジ打ちをする商品は無くなり、支払いの場面に近づいていた。この間、特に目立った仕掛けが起きていない。まさか最後の最後でくるのか?


「お会計、5010円になります。お客様は現金のお支払いでよろしいでしょうか? ひっ…」


 ―思わず目を疑った。客役から出てきたのは質問でもクレームでもない。銀色に光る鋭い刃だ。


「え…え…なにこれ……お、お客…様……」


 ―異例のこの状況に大会であることすら忘れてしまっているのだろう。舞台袖のスタッフに向かって声を掛けている。更に草彅は条件反射によって両手を上げていた。


「レジの金全部出せ。このエコバッグに詰めろ。」


 ―やっぱりそれに詰めるつもりだったのか。出てきたところからもうなんとなくそんな気がしていた。


「そ…それは断る!」


 ―草彅! まさかの反撃の狼煙をあげた!


「お前死にてぇのか!」


 ―強盗が草彅に向かってナイフをちらつかせている。あ、でも偽物なのか。


「お前みたいな悪党にこのスーパーの大事な金を渡せるかよーっ!」

「貴様―!」

「おりゃぁぁぁぁぁぁっ‼」

「ぐわっ!何すんだゴラー‼」

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ‼」

「だぁっ!お前ェ!」


 ―草彅は商品を入れたカゴを持ち上げ5010円分の商品を強盗役に向かってぶちまけた。怒った演技をする強盗役は、偽物のナイフを振り上げる。草彅はそれをカゴで受け止める。そしてカゴを捻らせ、柔らかそうなナイフを床に落とさせた。


「クソッ!」

「待てー!」


 ―諦めた演技をする強盗役は舞台袖へ走って消えた。そして草彅は逃がすまいとカゴを掲げたままそれを追いかけていった。


「草彅直樹さん、ありがとうございました!」


 ―何故司会者はこの不可解な状況を見ても鋭い眼光で場を回すことが出来るのか。司会者にも何が起きるのかが知らされているのか? だとするとさっきの薄田ヒロ子の時にどもっていたのは彼女の気迫のヤバさに本当にビビっていたということか。


「審査員の皆さんにお話しを伺いましょう。大栄さんどうでしたか草彅さんは?」

「あれは強盗への対処としてはあまりにも危険ですね。他のお客様への影響も考えると適切ではありません。」

「そうでしたか。角越さんはどうでしたでしょうか?」

「緊急事態ではありますけどね。もう少し冷静に対処したほうが良いですね。商品も勿体ないですし。」


 ー浦賀や薄田の時と打って変わって急に辛口評価になったな。一体この人たちの判断基準は何なんだ? あと角越の商品に関するコメントはどこかずれているような気がする。


「それでは続いての四人目に参りましょう! エントリーナンバー・505! スーパー『ゴー・ロク』から参戦! 柴田睦(しばた・むつみ)!」


 ―草彅に続いてまたしても決勝常連だ。俺と同世代にして同じくスーパー経営者。お互いに良きライバルであり戦友だ。今年も良い勝負をしたいと思…ったがそうはいかないかもしれない。


「………」


 ―舞台上の柴田が直立不動になってしまうのは痛いほどわかる。客役として現れたのは、“猿”だった。“顔が猿みたいな人”ではない。正真正銘の“猿”が柴田の前に現れた。これでは客役として出てきたのかどうか怪しい。


「………」


 ―柴田はなおもこの状況を受け入れられていない。しかし猿はそんな彼を一切気に留めることも無く、小さな子どもが使うための小さなカゴからバナナを一房取り出し、無造作にそれをレジ台に置いた。


「………」


 ―柴田は台に置かれたバナナを無言で見つめる。表情は困惑の雲で包まれている。


「キキーッ!」


 ―沈黙を破ったのは猿だった。きっと「早くしろ!」と言っているのだろう。


「210円が一点。」


 ―柴田はゆっくりとバナナを拾い上げ、バーコードを読み取りカゴに入れた。猿は首から下げていたがま口財布の中から五百円玉を取り出し、それを柴田に差し出した。


「ご、500円お預かりいたします。290円のお返しです。ありがとうございました。」


 ―柴田! よくやった! よくぞやりきった! そして誰だ!こんな変なシチュエーションを考えた奴は! とっ捕まえて冷凍コーナーに陳列してやる!


「あ…あ……」


 ―動物客はまだいたようだ。現れたのは……“ラクダ”…だ。


「い…らっしゃい……ませ…」


 ―一体…なんだこれは…。こんなのドリフのコント以外で見たことが無い。もはやサーカスだ。動物がスーパーの客の真似のパフォーマンスをするサーカスだ…………がんばれ柴田!


「120円が一点…340円が一点…」


 ―商品はラクダのコブから紐で吊るされている買い物カゴの中に入れられている。四足歩行のラクダが自分でカゴを置くことが出来ないので柴田はカゴから直接商品を取り出していく。


「お会計2200円になります!」


 ―優勝がかかっている大会であることを思い出したのか。最後の接客のセリフはビシッと決める柴田。


「………こちらお預かりいたしますね。」


 ―ラクダはもちろん財布も自力では出せない。柴田はラクダのコブからぶら下がっているがま口財布から自ら現金を取り出す。本当に柴田は一体何をさせられているのだろう。そして何故今年の大会はここまでありもしない異様なシチュエーションが発生するのだろう。


「それでは丁度お預かりいたします!」


 ―少しでも気を抜くと調子が乱れてしまうのだろう。柴田はことあるごとに気を引き締め直しているようだった。


「ありごうとうございましたー!」


 ―柴田はラクダに向かって深々と頭を下げる。ラクダはそんな柴田には気にも留めずにゆっくりとスタッフらしき人に連れられて舞台袖へと消えていった。


「柴田睦さん、ありがとうございました!」


 ―淡々と進行を進めていく司会者が不気味に見えてきた。


「角越さんいかがでしたでしょうか?」

「ちょっと時間がかかり過ぎですね。それに心ここにあらずって感じでしたし。」


 ―そりゃそうだろ! 猿とラクダだぞ! スーパーに来る客の相場は人間だぞ! そんでなんでまた辛口なんだよ! 浦賀の時は丁寧、丁寧と並べていただけの癖に!


「それでは最後の出場者に参りましょう!」


 ―よーしいよいよ俺の番だ……俺の番かよ! 俺の番が来てしまった! まだ心の準備が出来ていない! 例年ならこの会場に入る前にとっくに準備なんて終わってたよ! 執拗過ぎるクレーマー、強盗、動物…あり得ない狂った状況に敢え無く撃沈していった戦友たちを見てどう平常心を保てというんだ!


「小秋さん準備お願いします。」


 ―スタッフに舞台袖まで案内される。今のところ舞台にはごく普通のレジ台だけが用意されている。頼む、このまま例年通りのシチュエーションであってくれ。肉や野菜、魚の知識は豊富だ。それだけでなくキャラクター関連の商品への対応力も磨いてきた。それが通じないと言うなら俺はもう俺らしさをこの場では捨てる! 薄田、草彅、柴田…お前たちの仇は俺が必ず討つ!


「それでは続いて五人目! 最後の出場者に参りましょう! エントリーナンバー・378! スーパー『アキコ』から参戦! 小秋大!」


 ―司会者に名前を呼ばれたら舞台へと歩を進め、レジ台の側に立つ。いつも通り背筋を伸ばし堂々と構える。しかし今日は足がわずかに震えていた。


「お願いします。」


 ―客役が姿を現した。外見から察するにごく普通の主婦を想定しているようだ。


「いらっしゃいませ。お預かりいたします。」


 ―俺はカゴを丁寧に移動させ、素早くレジ打ちを始める。


「498円が一点、298円が一点、798円が一点、198円が一点…」


 ―いいぞ、いいぞ。いい感じで流れてくぞ。値段が“キュッパ”ばかりなのは気になるが。


「あの~お聞きしたいことがあるんですけど…」


 ―来た! 客からの質問だ!


「はい。いかがされました?」


 ―食品の保存方法か? 下ごしらえの方法か? さあなんでも構わないぞ!


「ウワァーーーーー‼」〈ズダダダダダダダダダダダダダダダダ〉


 ―うわー何だー!


「ワァーーーッ!ワァーーーッ!」〈ズダダダダダダダダダダダダダダダダ〉

「キャーーーーーッ!」


 ―運営は一体何をトチ狂った! なんでスーパーにマシンガンで武装したヤツが乱入してくるんだ!


「全員動くな! 床に伏せろ!」〈ズダダダダダダダダダダダダダダダダ〉

「キャーーーーーッ!」


 ―レジの電子音だけが響くはずの会場は一気に銃声と悲鳴に包まれた。一応、銃声は効果音だが。


「ほらお前らも!」

「はい…はい…」


 ―顔を仮面で隠す武装男は銃口を俺達にも向けた。客役の女が怯える演技をしながらそれに従う。こういうヤツは下手に刺激すると何をしでかすかわからないと言う。俺は大人しくマシンガン男役の指示に従った。


「スーパー占拠完了。」


 ―何言ってんだコイツ。


「このスーパーは我々が占拠しました。これからここにいる皆さんには人質となってもらいます。」


 ―俺は何も考えずただじっとして地面にしゃがみ込むだけを貫く。もしもこれが立てこもり事件に巻き込まれた時の対処を評価するものなのであれば、間違いなくこれがベストな対処法だろう。


「あの…店員さん…」


 ―客役の女が震える声で俺を呼んだ。客を落ち着かせるのも従業員の使命ということか。


「ドラゴンフルーツって冷蔵庫で保存した方が良いですか? それともミカンやバナナみたいに常温保存で大丈夫ですか?」

「………ドラゴンフルーツは高温多湿を避けて冷蔵庫で保存するのが最適です。」

「そうですか、ありがとうございます。」


 ―俺は考えた。この状況でこの質問に答えるべきかどうかを。恐らく体感的には人生で一番長い思考時間だったと思う。この大事件の真っ只中、果実の保存方法を聞いてくる客の肝の座り方に畏敬の念を抱くとともに、この状況下でそれに適切な答えをする自分に少しの自尊を感じていた。


「あの店員さん、質問に答えて頂いたお礼と言っては何ですが…これを。」

「これは…」


 ―主婦がカバンから取り出した“スタンガン”に俺は目を奪われた。フッ…これか、俺に与えられる最後の試練は。今、仮面マシンガン男は俺達に背を向けている。


「うおーーーーーッ!」〈ビリビリビリビリビリビリビリビリ〉

「あーーーーーーーーーッ!」


 ―背中にスタンガンを当てられた仮面マシンガンは、悲鳴を上げてその場に倒れた。俺はすかず男に覆いかぶさり動きを封じる。


「警察を! 110番通報をお願いします!」


 ―俺は叫んだ。これで事件は解決した。俺はスーパーの従業員として、そして『スーパースーパー従業員頂上決戦』の出場者としての本分を全うした。そして終了を知らせるゴングが鳴り、司会者の進行が始まった。


「小秋大さん、ありがとうございました! いやー前代未聞のシチュエーションでしたねー。これは審査員の皆様のコメントも気になるところです! 伊藤さんいかがでしたか? 小秋さんの接客は。」

「接客自体は良かったですね。完璧でした。しかし表情。表情が終始固かった印象があります。もっと柔和な顔をすると良いと思います。」


 ―自身を持って言おう。それは圧倒的にこの大会運営のせいだ。


「大栄さんは?」

「お客様から質問を受けた時、答えるまでの間が広すぎますね。」


 ―おかしいのは間を開けた俺ではない。人質の分際でドラゴンフルーツの保存方法を聞いてくる空気の読めない客がおかしいのだ。


「角越さんはどうでしょう?」

「まず最後、マシンガンを持っている人物に立ち向かうのは危険過ぎます! それにお客様の前でスタンガンを持ち出すなんて! 犯人制圧の武器は刺股で十分です!」


 ―あの女がスタンガン渡したんだろうが! 運営も審査員も狂ってやがる…


「それではいよいよ結果発表に参ります! 出場者の皆様は舞台へお集まりください!」


 ―出場者は例年にもましてテンションが低い。そらそうだろう。あれほどのことをされれば。浦賀を除いて。


「それでは参ります! 『スーパースーパー従業員頂上決戦2024』優勝は!」


 ―ドラムロールが鳴る。正直もう誰が優勝しても構わない。そう思う自分が不思議と変だと思わなかった。


「浦賀玄次さんでーす!」


 ―周りに頭を下げ、感謝の意を示す浦賀。俺を含む他の四人の出場者は無表情で拍手を送る。感情は無く、ただパターンに従って手を叩いていた。


 *


 ―大会は終わった。観客が去り、すっからかんになった客席に一人うなだれていた。レジ台も撤収され完全に静まり返った舞台を一人眺めていた。


「小秋さん、今年もお疲れさまでした。」


 ―やってきたのは見知らぬ顔の男だった。高そうなスーツを身に纏っている。まさかこの大会のお偉いさんか? 本当ならいくつか文句を言ってやりたいところだがここは後先のことを考え、堪える。


「あ、お疲れ様です。」

「どうでしたか? 今年の『スーパースーパー従業員頂上決戦』は。」

「おーなんというか、例年にも増して難易度は明らかに高くなった印象はありますねー。ものすごくハイレベルな大会でした。」


 ―言葉を選びつつ、慎重に答える。堪えるんだ、俺。


「フッ、言いたいことは物凄くわかりますよ。小秋さん。」


 ―なんだこの男、何がしたい? 俺が頭の片隅に追いやろうとしていることを引っ張り出そうとしているようだ。


「今年の大会、接客シチュエーションがおふざけのようでしたよね? 中には接客のシチュエーションとは言えないものもあった。」


 ―その通りだ。実際俺は接客シチュエーションとは言えないものを仕掛けられた。


「やり過ぎなクレーマー、強盗、動物、武装集団によるスーパー占拠。小秋さんの言う通り、ハイレベルなものばかりでしたね。」


 ―なんだこの男、さっきから気持ち悪い笑いをしやがって…もう我慢ならない。


「本当になんだったんですか今年の大会。趣旨は外れすぎだし、審査員たちも甘いか辛いで両極端。出場者をなんだと思っているのか…」

「小秋さん、審査員が甘いと思ったのはどのタイミングですか?」

「それは…浦賀…浦賀っていう若い奴。そうだ、アイツの時だけシチュエーションがあまりにも簡単過ぎるし、審査員のコメントも甘かったですよ。丁寧なだけでレジ打ちは遅いのに…」


 ―俺はこの大会で思ったことを正直に全てぶつけた。大会がこんなんなら、もうこれで終わりにしてやってもいい。


「小秋さん、その浦賀玄次くんはね、一体どんな人だかご存じですか?」

「は?」

「浦賀玄次くんが勤めているスーパーは覚えていますか?」

「『スエヒロ』ですよね?」

「そうです。大手チェーンスーパーの『スエヒロ』です。因みに、その『スエヒロ』の創業者の苗字は、『浦賀』といいます。」


 ―俺はあまり知りたくない現実、知ってはいけない現実を目の当たりにしてしまったのかもしれない。


「それは…所謂…」

「ええ。八百長です。」

「なぜ、そんなことを?」

「こちらもスーパーを経営する様々な企業様に支えられていますからねー。その御曹司ともなれば大事に扱わなければ。あ、このことは一切“他言無用”に願います。では私は今回の大会の反省会がありますので。」


 ―スーツの男は立ち去っていく。反省する点はたくさんあるだろう。しかし、悪い点はあえて取り上げない、そこは目に見えている。しかし…



 ―なんで秘密なのに言っちゃうんだよ…



  ――終わり

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