番外編短編・悪い虫がつく前に
萩野太一はゲームクリエイターだった。
両親が死んで、10歳年下の妹と二人暮らしだった。友達には「何そのライトノベルみたいな家族!」と驚かれたりするが、妹の涼子はちっとも可愛くない。昨日は、「異世界アニメばっかち見てると馬鹿になるから一緒に筋トレしよう」と言ってきた。もう受験が終わり、都内の大学に進学が決まっているので、気が抜けているのだろう。趣味の筋トレばっかりやっていた。涼子は料理も好きなのだが、どちらといえばこっちの方を集中して欲しい。昨日の夕飯で出た野菜の炒め物なんかは、けっこう美味しかった。
「という事なんですが、稲村さんどう思いますか? 妹は異世界アニメ見るなって言うんです。妹とはいえ、酷いと思いません?」
ここは職場の休憩室だ。事務所を借り、ゲームを作っていたが、最近社員を雇い始めた。憧れだったゲームクリエイターの稲村祈である。身体は弱くて、病気も悪化。一時期はかなり衰弱していたが、手術が成功し、今は元気に働いていた。もうゲーム業界からは足を洗い、家業を継ぎたい等と寝言を言っていたので、口説き落として一緒に仕事をしている今に至る。リアルな五感で遊べるゲームは作っていないが、今はファンタジー舞台で中学英語を勉強するゲームを作っていた。
「あは、それは酷いね」
「だろう。妹なんてマジで可愛くない。とっとと嫁にでも行って欲しいわ」
そんな冗談を言いつつ、休憩室のテーブルに昼ごはんを出す。今朝、コンビニで買ってきたパンだ。昼ご飯は面倒でいつもこんな感じだった。
「あれ? 稲村さんは、弁当っすか?」
稲村は保冷バッグの中から弁当を広げていた。中は白米、唐揚げ、野菜炒めが入っている。この野菜炒めは見覚えがあった。昨日食べたヤツじゃん!
「これ? 今朝、涼子ちゃんから貰った」
「何で???」
涼子と稲村は、筋トレの話題で仲良くなっていた。稲村が病気から回復すると、涼子がスパルタになって指導していた。おかげで稲村は、病弱な繊細な青年という雰囲気がなくなった。むしろムキムキ筋肉派になっている。
「うん。筋肉の栄養になるからって」
「いや、良いけどさ」
複雑な気分だった。妹と稲村が付き合っても良いが、これは悪い虫かもしれない。
女は悪い男が好きだ。女性向けのエンタメを見ると、案外ヒーローが悪い顔をしてる。ヤクザとかヤンキーがヒーローの作品も人気だったりする。優しいだけの男性は女性に受けない事は、太一は身をもって知っている。この稲村は、そんな悪いタイプな気はする。外国人の血が入り、単純にイケメンでもあるが。
仕事から帰ったら涼子には説教だ。男はオオカミである事を教えなければ。稲村のような悪い虫がつく前に、兄として防いでおかないと。死んだ両親に怒られる。
「萩野さん、なんか悪い顔してますが、大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫さ。さ、昼ご飯食べたら仕事しような」
そんな気持ちは、稲村には見せず、コンビニのパンを口に入れた。